ハノイの路地裏にある小さなセレクトショップの木の棚に、手書きのブランド名を印刷した白いカードが並んでいた。/ou'ba:d/、orié baie、àLinh、Label of Lace——ロゴらしいロゴもなく、発音記号やフランス語の一言だけが書かれたカードたちだ。どれもここ数年でうまれたベトナムのローカルアパレルブランドで、大きな路面店も広告もほとんど持たないまま、SNSで数万人規模のフォロワーを集める例も出てきている。
この記事は、そんなベトナムの若手アパレルがなぜ今おもしろいのかを、アジアのファッションの流れの変化という大きな視点から読み解き、実際にハノイの店頭で出会えるブランドを事例として紹介するレポートだ。結論から書くと、韓国が長く主導してきたアジアのトレンドに東南アジアの存在感が加わりはじめ、その流れのなかでベトナムのつくり手が静かに手を挙げている。
アジアのファッションで、東南アジアの存在感が強まっている
ここ十年、アジアの美意識はK-POPとK-beautyが引っぱってきた。韓国のアイドルが着た服が翌日には東南アジアのSNSで真似され、韓国コスメが各国のドラッグストアを埋めた。その構図が、2026年に入って明確に揺れている。
ひとつは、韓国ブランド自身が東南アジアを次の主戦場と見て動きはじめたこと。報道によると、セレクトショップ大手のMusinsaは台湾に拠点を構えて数年で十数店舗の展開を計画し、新世界系のStudio Tomboyはシンガポールに初の海外店を出した。ベトナムでも、韓国のファッション・ビューティー52ブランドが集まった「ハリュウ博」でW Conceptがハノイにポップアップを開いている(Seoul Economic Daily, 2026年7月)。韓国ブランドにとって東南アジアは、憧れの供給元から主要な販売先へと重みを増している。
もうひとつは、憧れの対象に東南アジアが割って入ってきたことだ。2026年秋冬(FW26)のファッションウィーク前後では、Dior・Chanel・Pradaといったラグジュアリーの周辺で、タイの俳優たちの露出が目立った(FW26での新規起用もあれば、以前からのアンバサダー起用が改めて注目された例もある)。あるメディア露出価値(EMV)の分析では、この一年でファッション界の話題量がタイ勢へ大きく振れたと報じられている(nss magazine)。アジアの視線を集める先に、東南アジアが確実に加わってきた。
| 時期・できごと | 起きていること | そこから見えること |
|---|---|---|
| 〜2020年代前半 | K-POP/K-beautyがアジアの美意識を主導 | 韓流がトレンドの中心にいた |
| 2026年 韓国ブランドの東南ア進出 | Musinsaが台湾、Tomboyがシンガポール、W Conceptがハノイのハリュウ博でポップアップ(韓国52ブランド参加) | 韓国にとって東南アジアが主要な販売先に |
| 2026年 FW26前後 | Dior・Chanel・Prada周辺でタイのOrm/Gemini/Winらの露出が目立つ | 話題の中心にK-POP以外の東南アジア勢が加わる |
| 同時進行で現地では | ベトナムの若手ブランドがSNSで台頭 | トレンドを発信する側に現地のつくり手も加わる |
タイが俳優やセレブでスポットライトを浴びる一方、ベトナムで起きているのは主役の交代というより「つくり手の裾野が一気に広がった」という現象に近い。有名人ではなく、無名の小さなブランドが束になって外の目に触れはじめている。
ベトナムのアパレルが伸びる、3つの構造的な理由
ベトナムのローカルブランドの盛りあがりは、一過性のブームではなく地力に支えられている。背景には次の3つがある。
① 世界有数の縫製・素材の基盤がある
ベトナムは長くアパレル輸出を担ってきた「縫う国」だ。シルク、コットン、刺繍レースの技術と職人が全国に集積しており、小ロットでも高い縫製品質を出せる。かつて海外ブランドの下請けで培われた技術が、いま自国ブランドの服づくりに回りはじめている。
② SNS世代の可処分所得と「ローカルプライド」
都市部の20〜30代は、可処分所得を持ちInstagramやTikTokで日々発信する世代だ。彼らは海外の有名ブランドを追うだけでなく、自国の小さなブランドを選んで着ることに価値を感じている。このローカルプライドが、広告費ゼロの無名ブランドを短期間で数万フォロワーへ押しあげる原動力になっている。
③ 小さく始められるD2Cの生態系
注目すべきは、多くのブランドが自前のブランドサイトを持たないことだ。そのかわり、Instagramでの発信、通販モールのShopee、そして街のセレクトショップに商品を乗せて販売が完結する。Shopeeには価格を公開して並べているブランドが多く、自前のECや大きな在庫を抱えなくてもブランドを立ち上げられる。この身軽さが、個人デザイナーの参入を後押ししている。
| 伸びる理由 | 背景 | アパレルへの効き方 |
|---|---|---|
| 縫製・素材の基盤 | 輸出で培ったシルク/コットン/レースの技術と職人が集積 | 小ロットでも高品質な服がつくれる |
| SNS世代とローカルプライド | 可処分所得のある若年層が自国ブランドを積極的に選ぶ | 無名でも一気にファンがつく |
| 小さく始めるD2C | Instagram+Shopee+セレクトショップで販売が完結 | 個人デザイナーが低コストで参入できる |
現場から——ハノイの小さなセレクトショップ「Lả Space」
この生態系を一望できる場所が、ハノイ・バーディン区の路地(52 Hàng Bún)にあるセレクトショップ「Lả Space(ラー・スペース)」だ。女性向けのローカルブランドとハンドメイド作家を集めたコンセプトストアで、ファッションからランジェリー、香り、雑貨までが一室に並ぶ。
特徴は、大きなロゴ看板ではなく、ブランドごとに小さな名前カードを立てて棚を分ける陳列だ。記事の冒頭で触れたカードたちは、この店の棚に並んでいたもの。ひとつの小さな店の中で、シルクのワンピースのブランドも、レースの下着のブランドも、プリーツの服のブランドも肩を並べている。「ローカルがローカルを支える」という、ベトナムの今のアパレルを象徴する光景だ。
| ブランド | 扱っているもの |
|---|---|
| orié baie | ヴィンテージ調のシルクワンピース |
| /ou'ba:d/ | プリーツを効かせたトップス・パンツ |
| Label of Lace | ハンドメイドのレース下着(ブラレット) |
| RedA | 力を抜いて着られるワンピース |
| àLinh(ポップアップ) | 刺繍レースのドレス・トップス |
| ほか | Emspace/Xcuu/Silent form/Mood com など |
| 店名 | Lả Space(ラー・スペース) |
|---|---|
| 住所 | 6 Ngõ 52 Hàng Bún, Ba Đình, Hà Nội |
| エリア | ハノイ旧市街の北西、バーディン区の路地の中 |
| 行き方メモ | Hàng Bún通り52番地の細い路地(ngõ)を入った先。Grabやタクシーは通り沿いまで、そこから徒歩で路地に入る |
| 訪問前に | 営業時間や在庫は変動するため、Instagram(@laspace.co)で最新を確認 |
以下では、この店に並ぶなかでも輪郭のはっきりした5ブランドを事例に、「何をつくっている店なのか」という製品の角度から紹介する。
事例で読む・注目の5ブランド
/ou'ba:d/(ホーチミン|2018年〜)
ブランド名がそのまま発音記号という、ひときわ目を引く存在。フランスの同名ランジェリーとは無関係で、ホーチミン発のレディースブランドだ。得意技は「プリーツ(タック)」で、トップスやブラウス、スカート、パンツ、ジャンプスーツに細かいひだを効かせる。白・黒・ネイビーを基調にした引き算のデザインで、派手さよりも日常の着やすさを狙う。ベトナムのファッションメディアがプリーツ特集で取りあげる程度には、国内で一目置かれる作り手になっている。
orié baie(ハノイ|2024年〜)
「ヴィンテージでタイムレスな装いへのラブレター」を掲げる、ハノイの新星。主力は光沢のあるシルクやシルク緞子を使ったワンピースで、90年代を思わせるレトロでフェミニンなシルエットが特徴だ。花柄やレースを効かせつつ、体型ではなく「好きな服を着る自信こそが美しい」という思想を第一コレクションから掲げる。2024年スタートながら、すでにInstagramで数万人規模のファンを持つ。
àLinh(ホーチミン|2025年〜)
プロフィールに「サイゴンの仕立て屋」と記す、2025年始動のごく若いブランド。コットンやシルクに刺繍レースを合わせたドレス・トップス・スカートを、ベージュやバターイエロー、ブラッシュピンクといった淡い色で展開する。一点ずつ名前を付けて仕立てる、メイド・トゥ・オーダーに近いつくり方で、「終わりのないロマンティックな気分」という世界観を打ち出す。現在はLả Spaceにポップアップという形で並んでいる。
Label of Lace(ハノイ)
5ブランドで唯一のランジェリー(下着)ブランド。旧名は「Lace The Label」で、2010年代半ばから続く古株だ。ワイヤーなし・パッドなしのレースのブラレットを、ハノイで手縫いでつくる。自然からとった淡い色合いと肌にやさしい素材で、華美すぎない上品なデザインが支持されている。創業者のHải Quỳnh氏(元スタイリスト)は、「体型にかかわらず誰もが心地よくいられること」を出発点にこのブランドを立ちあげたと語っている。
RedA(ホーチミン)
「Less effort, more confidence(力を抜いて、もっと自信を)」を掲げるレディースブランド。リラックスして着られるワンピースを中心に、ホーチミンのタオディエン地区に店を構えつつハノイのLả Spaceにも並ぶ。肩ひじ張らずに気軽に着こなせる、いまのベトナムの気分を映した一着を提案している。
5ブランドを横並びにすると、拠点も年齢もばらばらだが、「小さく・手をかけて・SNSで届ける」という共通の輪郭が見えてくる。
| ブランド | 拠点 | 始動 | 主力アイテム | 素材 | Shopeeでの価格目安 |
|---|---|---|---|---|---|
| /ou'ba:d/ | ホーチミン | 2018年 | プリーツのトップス・パンツ・ワンピース | コットン・混紡 | 約36万〜143万VND |
| orié baie | ハノイ | 2024年 | ヴィンテージ調ワンピース | 光沢シルク・シルク緞子 | ワンピース約119万〜129万VND |
| àLinh | ホーチミン | 2025年 | 刺繍レースのドレス・トップス | コットン・シルク・レース | 主にInstagram DMで確認 |
| Label of Lace | ハノイ | 2010年代半ば | レースのブラレット(下着) | レース | ブラ約24万〜26万VND/ショーツ約9万VND〜 |
| RedA | ホーチミン | — | リラックス系ワンピース | 混紡 | Shopeeで公開販売 |
※各ブランド名からInstagram公式アカウントに移動できる。価格は取材時点でShopee上に表示されていた範囲の目安で、為替や時期、コレクションによって変わる。1万VNDはおよそ58円(100万VNDで約5,800円)が換算の目安。àLinhは公開価格が見当たらず、Instagramのダイレクトメッセージで確認するのが確実だ。
このブランドたちを知ったのは、立派なショールームでも展示会でもなく、ハノイの路地の一室に立てられた手のひらサイズのカードだった。大きなロゴを掲げるでもなく、発音記号やフランス語の一言だけを刷ったカードが、木のラックにクリップで留められて並んでいる。レースの下着も、シルクのワンピースも、プリーツのパンツも、同じ小さな部屋で肩を寄せ合っていた。一つひとつは資本も店舗も持たない個人規模のブランドなのに、束になると「いまのベトナムの気分」がはっきり立ちあがってくる。派手なアイコンや有名人ではなく、無名の作り手が静かに積み上げている厚みこそが、このシーンのおもしろさだと現地で感じた。旅行のついでに一室のぞくだけで、その熱量は十分に伝わってくるはずだ。
旅行者は、この波をどう楽しめばいいか
では、ベトナムを訪れる旅行者はこの盛りあがりをどう味わえばいいのか。実用の観点で整理しておく。
実物に会うなら「セレクトショップ」が近道
各ブランドは独自の路面店を持たないことが多いため、複数ブランドを一度に見られるセレクトショップが効率的だ。ハノイならバーディン区のLả Spaceに複数ブランドが常設され、ホーチミンならタオディエンなどの地区に各ブランドの店舗や取扱がある。棚のカードを目印に、気になった名前をその場でInstagramで検索すると、在庫やサイズを確認しやすい。
買い方・持ち帰りの注意
価格はワンピースでおよそ100万〜150万VND(約6,000〜9,000円)前後、下着は20万VND台からが目安で、手縫いやシルクなど手のかかる品はやや高くなる。支払いはQRコード決済が普及しているが、小さな店では現金が確実な場面もある。サイズ表記はS/M中心でワンサイズ展開も多いため、試着できるならしておきたい。帰国後に追加で欲しくなったときは、多くのブランドがInstagramのDMやShopee経由で海外発送に対応している。
あわせて手に取りたい、ベトナムのものづくり
アパレルと同じ「手仕事」の系譜でいえば、バッグや刺繍小物もベトナム土産として相性がいい。
よくある質問
- ベトナムのローカルアパレルは日本で買えますか?
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現時点で日本の正規取扱や展示会出展は確認できていません。多くはShopeeやInstagramで販売しており、一部は海外発送に対応しています。確実なのは現地のセレクトショップで実物を見て購入する方法です。
- どこに行けば複数ブランドを実際に見られますか?
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ハノイ・バーディン区のセレクトショップ「Lả Space」に複数の女性向けローカルブランドが常設されています。ホーチミンではタオディエン地区などに各ブランドの店舗や取扱があります。
- 自前のブランドサイトを持たないブランドが多いのはなぜですか?
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Instagramでの発信、通販モールのShopee、街のセレクトショップの組み合わせで販売が完結する生態系ができているためです。自前のECや大きな在庫を持たずに始められるので、個人デザイナーが低コストで参入しやすくなっています。
- 価格帯はどのくらいですか?
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ワンピースでおよそ100万〜150万VND(約6,000〜9,000円)前後、下着は20万VND台からが目安です。手縫いやシルクなど手間のかかる商品はやや高くなります。為替や時期、コレクションによって変わるため、目安として捉えてください。

