ハノイの通りを歩いていると、「NGAN」と大きく書かれた赤い看板を、やたらと見かけます。読み方も意味も分からないまま、その日は宿の近くの一軒に入りました。理由は単純で、ビールが飲みたかったからです。
席につくと、まわりの人はみんな、揚げた肉をつまみにビールを飲んでいました。同じものを指差して頼みます。出てきたのは、にんにくをたっぷりまとった、香ばしい揚げ肉。ひと口食べて、これはビールが止まらないやつだ、とすぐに分かりました。
ただ、どうも様子がおかしいのです。アヒルの店だと思って入ったのに、出てきた肉は、私の知っているアヒルと少し違う。皮が薄くて、身が締まっていて、噛むと香りがはっきり立つ。おいしいのだけれど、正体がつかめませんでした。
実は、アヒルではありませんでした
後で調べて分かったのですが、この「NGAN(ガン)」というのは、日本語でバリケンと呼ばれる鳥でした。アヒルの仲間ではあるものの、種としては別もの。体が大きくて皮が薄く、脂が少なくて、身が締まっている。だから揚げても重たくならず、噛みごたえだけがしっかり残るのです。
面白いのは、私がこの鳥にほとんど出会ってこなかった理由でした。ふだんはホーチミンにいるのですが、南部ではこの鳥を vịt xiêm(ヴィット・シェム)と別の名前で呼び、料理の顔ぶれも変わります。「NGAN」の看板を掲げた専門店がずらりと並ぶ光景を見たのは、ハノイに来て初めてでした。ああ、これは北の鳥だったんだな、と一皿で腑に落ちた気がします。
ビール以外にも、いろいろ頼んでみた
揚げた ngan だけでも十分に満足でしたが、せっかくなので、ほかの料理も頼んでみました。
茹でた ngan(ngan luộc)は、味つけがほとんどされていなくて、とても淡白。物足りないかと思いきや、卓上のタレに付けると、これがまた止まりません。生姜や唐辛子で、自分好みに寄せていけるようになっています。
タケノコのスープ(canh măng)は、この日の料理のなかで、日本人がいちばん安心する味だと思いました。出汁が澄んでいて、ほっとします。ひとつだけ驚いたのは、黒っぽい塊が入っていたこと。血を固めたものだと聞いて一瞬ひるみましたが、これは加熱済みで、食感はレバーに近い。生の血を使う tiết canh とはまったくの別ものなので、そこは安心してください。
締めは、緑豆の春雨(miến ngan)。汁ありと汁なしが選べて、暑い日は汁なしをビールと合わせるのが、ちょうどよかったです。
言葉は通じないけれど、居心地はいい
この店、英語はほとんど通じません。店員さんも寡黙で、正直、最初は少し身構えました。それでも、指差しと簡単なベトナム語で、なんとかなります。
むしろ意外だったのは、テーブルの上が驚くほど整っていたことです。調味料も、箸も、酢も、唐辛子も、きれいに並んでいる。無愛想なのに居心地がいい、という不思議な店でした。地元でもよく知られているようで、昼どきはかなり混みます。ゆっくり飲みたいなら、時間を少しずらすのがよさそうです。
ビールが好きなので、ベトナムではどうしても「何をつまみに飲むか」で店を選んでしまいます。定番は ốc(貝)と揚げ豆腐で、ホーチミンにいると、だいたいこの二択に落ち着きます。ハノイでこの揚げ ngan に出会ってから、選択肢がひとつ増えました。にんにくをまとった揚げ ngan は、脂が軽いのに噛みごたえがあって、つまみとして本当によくできています。
もうひとつ、この店を気に入っている理由があります。ベトナムのビールだけでなく、中国のビールが置いてあることです。ベトナムの食堂ではめずらしく、旅行中に見慣れない銘柄を試せる。食事を済ませるための店というより、小さな居酒屋として使うのがちょうどいいのです。
正直に言うと、ホーチミンにもこういう店ができてほしい。南部で ngan を探しても、この食べ方にはなかなか行き当たりません。ハノイに来たときにしか飲めない組み合わせだと思うと、余計にビールが進んでしまいます。
また、ハノイに来たら
アヒルだと思って入った店で、知らない鳥に出会って、ビールが進んで、名前まで覚えて帰る。旅先の食事は、こういうのがいちばん記憶に残る気がします。ちなみに、南部で「貝で飲む」ほうの話は、ホーチミンの貝専門店の記事に書きました。よかったら、あわせてどうぞ。
お店は、ハノイ・ホアンキエム区の 65 Lý Nam Đế。「Quán Ngan Trăm Món Yến Phương」という、少し長い名前です。夜9時ごろまで開いていて、ひとり 1,000円ほどで、たっぷり飲んで食べられました。ハノイに来たら、私はまた寄ってしまうと思います。
行ってみたい人のためのメモ
ここから先は、実際に足を運ぶ人向けの補足です。ngan という鳥のこと、頼める料理の違い、お店の場所まで、ざっとまとめておきます。
そもそも ngan(バリケン)とは
ngan はバリケン、英語ではマスコビーダック(Muscovy duck)と呼ばれる鳥です。原産は中南米ですが、ベトナムには古くに入り、北部で広く飼われてきました。私たちがふだん「アヒル」として思い浮かべる vịt とは、同じ仲間でも種が違います。
| ngan(バリケン) | vịt(アヒル) | |
|---|---|---|
| 体格 | 大きくて、1羽が重い | ngan より小ぶり |
| 脂 | 皮が薄く、脂は少なめ | 脂がのりやすい |
| 肉質 | 締まっていて赤身が強い | やわらかくジューシー |
| 香り | 独特の香りがはっきり出る | ngan よりおだやか |
南部では、この ngan を vịt xiêm(シャム鴨)と呼びます。呼び名が違えば料理の顔ぶれも変わり、南部で同じ鳥に出会うのは bún măng vịt のような料理の中でのことが多いです。
頼める料理と、その違い
この店の看板は、1羽の ngan からいくつもの料理を作り分けるところにあります。代表的なものを並べておきます。
- 揚げ ngan(ngan cháy tỏi / chiên mắm tỏi):にんにくと魚醤を絡めた揚げ物。香ばしく、ビールに合います
- 茹で ngan(ngan luộc):味つけをせず、卓上のタレに付けて食べる。素材の味がいちばんわかります
- タケノコのスープ(canh măng):乾燥タケノコを ngan の出汁で煮た、澄んだスープ。ハノイのテト料理が源流です
- miến ngan / bún ngan:春雨(miến)か米麺(bún)の麺料理。汁あり・汁なしが選べます
スープや麺の具に、黒っぽい血の塊が入ることがあります。これは加熱して固めた tiết luộc で、生の血を使う tiết canh とは別ものです。
| tiết luộc(火入れ) | スープや麺の具になる加熱済みの血。食感はレバーに近い。安心して食べられます |
|---|---|
| tiết canh(生) | 生の血を固めた北部の伝統料理。加熱しないため、旅行者にはおすすめしません |
お店の基本情報とアクセス
| 店名 | Quán Ngan Trăm Món Yến Phương |
|---|---|
| 住所 | 65 P. Lý Nam Đế, Hoàn Kiếm, Hà Nội |
| 営業終了 | 21:00(ラストオーダーは早まることがあります) |
| 予算の目安 | 1人あたり 100,000〜200,000 VND(約590〜1,180円) |
| Googleマップ評価 | 4.3 / 358件(2026年7月時点) |
| 言語 | ベトナム語中心。英語はほぼ通じません |
※日本円換算は1円=170VND で計算した目安です。レートは変動します。Lý Nam Đế は軍関連の施設が多く「phố nhà binh(軍人街)」と呼ばれる通りで、観光の目抜き通りではありませんが、この通りの ngan は地元でよく知られています。昼どきは混むので、ゆっくり飲みたいなら時間をずらすのがおすすめです。
近くで食べ比べられる ngan の店
Lý Nam Đế からホアンキエム区内を歩く範囲に、ngan を出す店が点在しています。評価の高いところを食べ比べるなら、次のあたりが回りやすいです。
| 店名 | 特徴 | Googleマップ評価 |
|---|---|---|
| Đồng Xuân Quán | 旧市街(phố cổ)の ngan 名物店。フォーガーやブンタンも | 4.8 / 351件 |
| Ngan ngon Trâm | 件数・評価ともに安定した人気店 | 4.5 / 401件 |
| Bún Miến Ngan Minh Thu | 麺を軸にした構成。地元で長く親しまれている | 4.2 / 184件 |
1軒目を Yến Phương に置いて自分の基準を作ってから回るのがおすすめです。ハノイ全体の歩き方はハノイのエリアガイドに、都市ごとの性格の違いはベトナム17都市の比較にまとめています。
よくある質問
- ngan と vịt は何が違いますか?
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ngan はバリケン(マスコビーダック)、vịt は一般的なアヒルで、種そのものが違います。ngan のほうが体が大きく、皮が薄く、肉が締まっています。南部では ngan を vịt xiêm と呼びます。
- ngan は臭みがありますか?
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独特の香りははっきり出ます。ただし揚げ ngan はにんにくと魚醤で香りをまとめてあり、茹で ngan はタレで調整できるので、香りが苦手な方でも食べやすい形になっています。
- スープに入っている黒い塊は何ですか?
-
加熱して固めた血(tiết luộc)です。食感はレバーに近く、生の血を使う tiết canh とは別ものです。
- 日本語や英語は通じますか?
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ほぼ通じないと考えたほうが確実です。料理名をメモしておくか、写真を見せて注文すると早いです。
- 1人あたり、いくらくらい見ておけばいいですか?
-
1人 100,000〜200,000 VND(約590〜1,180円)が目安です。麺だけなら、もっと軽く収まります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
