ここ数年、ベトナムの街を歩くと、見たことのない小さなアパレルブランドの服を着た若者に次々とすれ違う。海外の有名ロゴでも、昔ながらの民族衣装でもない。InstagramやTikTokで生まれ、独自の店舗すら持たないまま数万人のファンを集める——そんな新世代のローカルブランドが、いまベトナムのファッションを塗り替えている。
この記事は、その盛りあがりを「なぜ今なのか」という視点で読み解くレポートだ。市場の伸びに始まり、K-fashionの追い風、Z世代のSNS購買、独自サイトを持たないD2C生態系——この4つの角度から構造を押さえ、実際に伸びている新世代ブランドを事例で見ていく。旅行やベトナム好きの視点から読める形にしつつ、その裏で何が起きているのかまで踏み込む。

まず数字で。ベトナムのアパレル市場はどれくらい伸びているのか
体感の盛りあがりは、市場規模の数字にも裏づけがある。各種の市場調査によれば、ベトナムのアパレル市場はおおむね次のような水準で拡大している。(いずれも公開レポート由来の概算で、機関により幅がある点は前提として読んでほしい。)
| 指標 | おおよその水準 | 出どころ・注記 |
|---|---|---|
| 市場規模 | 約45億ドル(2024年)→ 約50億ドル(2029年予測) | 複数の市場調査の概算 |
| 経済成長率 | 年6〜6.8%(2025〜2026年見通し) | 所得の伸びが購買力を押し上げる |
| ビデオコマース | 2024年に取引13億件、うちファッション・アクセが約31%で最大 | TikTok Shop等の”見て即買い”が主戦場に |
| 女性の需要 | パンツ・シャツ・スカート・ドレスなど日常着が検索の8割超 | 特別な服より”毎日着る服”が市場の中心 |
ポイントは規模そのものより、伸びの「質」だ。所得が上がった都市部の若い世代が、日常着を、しかもスマホの動画から直接買うようになった。この構造が、大きな資本を持たない個人ブランドにも売り場を開いた。
見落とされがちなのが、需要の中心が「特別な服」ではなく「毎日着る服」だという点だ。女性のファッション検索の8割超をパンツやシャツ、スカート、ワンピースといった日常着が占める。派手なショーピースで勝負するのではなく、日常に溶けこむ服を自分たちの解釈でつくれば、小さなブランドでも戦える。新世代の多くがベーシックなアイテムを軸に据えているのは、この市場の形をなぞった結果でもある。
追い風① 韓国(K-fashion)からの熱が、ベトナムへ流れ込んでいる
新世代ブランドのデザインを見ると、韓国ファッションの影響が色濃い。ベトナムのZ世代のあいだでは「ストリート×ミニマル」が主流で、韓国アイドル風のレイヤードやゆったりしたシルエットがすっかり見慣れた光景になった。K-POPとK-beautyが敷いた”韓国的な美意識”の土台の上に、現地のブランドが自分たちの服を乗せている。
流れは一方通行ではない。2026年に入り、韓国ブランド自身がベトナムを主要な販売先と見て動きはじめた。韓国のファッション・ビューティー52ブランドが集まった「ハリュウ博」でW Conceptがハノイにポップアップを開くなど、韓国は「東南アジアへ売りに来る側」に回っている。ラグジュアリー各社がタイの俳優をアンバサダーに起用するなど、アジアのファッションで話題を集める先が、韓国から東南アジアへと広がってきた。その広がりのなかに、ベトナムのつくり手も立っている。
追い風② Z世代は「自分の価値観に合うか」で服を選ぶ
もうひとつの土台は、消費する側の変化だ。ベトナムのZ世代にとって、ファッションは「自分らしさ」を表す最も身近な手段になっている。ブランドの知名度や価格よりも「自分の価値観に合うか」を判断基準にする傾向が強く、無名でも共感できるブランドなら迷わず選ぶ。
効いているのは「近さ」だ。作り手の多くは古着転売や街の仕立て屋から始めた普通の個人で、モデルが着る憧れの服ではなく「自分でも着られる服」という親近感がある。この距離の近さが、共感をそのまま支持に変えている。
その舞台がSNSだ。Facebook・Instagram・TikTokで日々ファッションを発信し、動画で見つけた服をその場のリンクから買う。サステナブルへの関心もよく語られるが、実際に財布を動かすのは価格やトレンド、”みんなが良いと言っているか”という社会的証明で、環境配慮は選ぶ理由の上乗せどまりだ(「9割がサステナブルを選ぶ」式の数字は世界調査で、ベトナム限定ではない)。大手が広告費で押し切る構図ではなく、共感が数万フォロワーを生む構図に変わっている。
| 選ぶ基準 | 知名度・価格 →「自分の価値観に合うか」へ |
|---|---|
| 情報源 | 雑誌・店頭 → Instagram/TikTokの発信 |
| 買い方 | 店で試着 → 動画で見つけてリンクから即購入 |
| 刺さる要素 | 大手の広告 → 共感・世界観・作り手の顔 |
追い風③ 独自サイトを持たなくても、ブランドを始められる
3つ目は、始める側のハードルが劇的に下がったことだ。ベトナムは長くアパレル輸出を担ってきた”縫う国”で、シルク・コットン・刺繍レースの技術と職人が全国に集積している。個人デザイナーでも小ロットで質の高い服をつくれる土台がある。
売り方も身軽だ。多くの新世代ブランドは自前のブランドサイトを持たず、Instagramでの発信、通販モールのShopee、街のセレクトショップの組み合わせで販売を完結させる。大きな在庫や自社ECを抱えなくても立ち上げられるため、若いデザイナーが次々と参入し、シーン全体の裾野が一気に広がった。この「ローカルがローカルを支える」生態系を象徴するのが、ハノイのセレクトショップに複数ブランドが同居する光景だ。


事例で読む・伸びている新世代ブランド
この追い風が、実際にどんなブランドを生んでいるのか。SNSで数十万人規模のフォロワーを抱える新世代ブランドが、ここ数年で次々と現れている。まずは規模のわかる代表格を並べてみる。
| ブランド | 拠点 | テイスト | IGフォロワー | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Fancì Club | ホーチミン | コルセット等のデザイナーズ | 約48.6万 | 古着アップサイクル出身。海外セレブ着用で世界へ |
| She by Shi | ホーチミン | 女性カジュアル・ガーリー | 約46.6万 | 手頃な”シティガール”服。独自EC+越境発送 |
| Nhà kho Liti | ホーチミン | 韓国風トレンド | 約23万 | Instagram起点のミドルプライス |
| Ssstutter | ハノイ・ホーチミン | メンズ・ミニマル | 約20.9万 | 男性向けスマートカジュアル |
※フォロワー数は2026年7月時点のInstagram公表値(各ブランド名からアカウントに移動できる)。このほか、ベーシック路線で若年層に支持を広げる usthebasic なども20万人規模とされる。

SNSが生んだ、数十万人フォロワーのブランド
She by Shi(ホーチミン)は、鮮やかな色柄の手頃な女性カジュアルで”シティガール”層をつかんだ代表格。独自ECを持ち、越境発送にも対応する。Nhà kho Liti(ホーチミン)は韓国風トレンドをいち早く取り込み、Instagramを主戦場に学生〜若い女性のミドルプライス需要を集める。波は女性向けだけではない。ハノイとホーチミンに店を構えるSsstutterは、ミニマルな男性向けスマートカジュアルで20万人超を集め、メンズの新世代を代表する。いずれも大手チェーンではなく、SNSの発信力で数十万人のファンを育てた点が共通している。旅行者にとっては、これらの名前を覚えておくだけで、街で見かける服の解像度が上がるはずだ。
無名から、世界へ飛び出すデザイナーズも
新世代のなかには、SNS発でありながら世界の舞台に届いたブランドもある。Fancì Clubは、古着のアップサイクルから始まったInstagramネイティブのブランドで、創業者Duy Tran氏のもと2018年にスタート。コルセットやカットアウトの大胆なデザインが、Bella HadidやBLACKPINKといった海外セレブに着用され、一気に国際的な知名度を得た。
K-POPとの接点が、そのまま追い風になった例もある。ホーチミン発のLSEOULは、BLACKPINKのJennieがスカートを着用したことをきっかけに、報道によれば在庫2,000点が約15分で完売したという(VnExpress)。韓国スターがベトナムのローカルブランドを着る——この記事の軸である「K-fashionとの接続」が、売上として跳ね返った瞬間だ。
そして、名前カード一枚から始まる小さな作り手の層
ここまでで、伸び方に二つの道があるのが見えてくる。ひとつは、セレブやK-POPアイドルが着て一気に跳ねる”憧れ”の道(LSEOULやFancì Club)。もうひとつは、日常着で共感を積み上げる”親近感”の道だ。「K-POPは憧れ、ベトナムは親近感」ときれいに分かれるのではなく、同じ新世代のなかに両方のレーンが併存しているのが、いまのベトナムの厚みだ。
その親近感の道の足元には、もっと小さな作り手の分厚い層がある。ハノイのセレクトショップの棚に、手書きの名前カード一枚で並ぶようなシルクのワンピースやレースの下着のブランドたちだ。この裾野の広さこそが、次のFancì ClubやLSEOULを生む土壌になっている。現地の一室で起きていることは、別記事のルポで詳しく紹介している。
現地の店で意外だったのは、扱っているのが服だけではないことだ。ある棚には香り付きのボディウォッシュが並び、ボトルには「Couture House」「Tokyo Hotel」「Another Dream」といった名前がついていて、一つずつ試せるよう、手書きのラベルを貼った小さなグラスに中身が注がれていた。ワンピースの隣にレースの下着、そのまた隣に香り——新世代のブランドは、服そのものより「どんな空気をまとうか」という世界観を売っている。市場データやK-fashionという大きな話の手前に、こうした一つひとつの手ざわりがあることを、店に立って実感した。
この先どうなるか、そして旅行者はどう出会えるか
市場の伸び、K-fashionの追い風、Z世代のSNS消費、身軽なD2C生態系——この4つがそろっている限り、ベトナムの新世代ブランドはしばらく増え続けるだろう。課題は、無名ブランドが乱立するなかでどう生き残るかだ。参入が簡単なぶん似た韓国風のデザインもあふれており、トレンドを追うだけのブランドは埋もれやすい。そのなかで、シルクや刺繍レースといった現地の素材や手仕事、あるいはFancì Clubのように尖った世界観を持つブランドが、着実にファンを厚くしている。
もう一歩先を読むなら、注目したいのは「越境」だ。LSEOULやFancì Clubが示したように、SNSと海外セレブの着用があれば、ホーチミンの小さなブランドが一夜で世界の目に触れる時代になった。K-fashionが東南アジアへ広がったのと同じ経路を、今度はベトナム発のブランドが逆向きにたどりはじめている。
旅行でこの熱量に触れたいなら、複数ブランドが集まるセレクトショップが近道だ。ハノイやホーチミンのコンセプトストアを一室のぞくだけで、今のベトナムの気分がまとめて伝わってくる。気になったブランド名はその場でInstagramを検索すれば、在庫やサイズも確認しやすい。
よくある質問
- ベトナムのファッションが今注目されているのはなぜですか?
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市場の拡大、韓国(K-fashion)からの追い風、Z世代のSNS・動画での購買行動、そして独自サイトがなくても始められるD2C生態系という4つの要因が重なっているためです。無名の個人ブランドでも短期間でファンを集められる環境が整っています。
- 新世代のベトナムブランドはどんなデザインですか?
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韓国ファッションの影響を受けた「ストリート×ミニマル」が主流で、ゆったりしたシルエットや落ち着いた色合いが多く見られます。シルクや刺繍レースなど現地の素材・手仕事を生かしたブランドも増えています。
- どこで実物に出会えますか?
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各ブランドは独自の路面店を持たないことが多いため、複数ブランドが集まるセレクトショップが効率的です。ハノイやホーチミンのコンセプトストアで、気になった名前をその場でInstagram検索すると在庫やサイズを確認しやすくなります。
- 価格帯はどのくらいですか?
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ワンピースでおよそ100万〜150万VND(約6,000〜9,000円)前後が目安です。手縫いやシルクなど手のかかる商品はやや高くなります。為替や時期、コレクションで変わるため目安として捉えてください。
