2026年7月、ハノイの象徴・ホアンキエム湖周辺の旧市街に、これまでとは違う夜が訪れています。ハノイ市が7月1日に開始した「低排出ゾーン(LEZ)」の試行により、金・土・日の19時から24時まで、中心部の12通りへの車両乗り入れが禁止されました。バイクの奔流で知られたあの通りが、週末の夜だけ、公務・緊急車両などを除いてほぼ歩行者のものになります。在住者にとっては移動ルールの変更、旅行者にとっては旧市街の新しい楽しみ方。この記事では「違反しないための実務」と「歩行者天国になった夜の歩き方」の両面から、この変化を整理します。
金土日の夜、ホアンキエム湖周辺12通りから車が消えた
VnExpressの報道によると、ハノイ市は7月1日からホアンキエム地区で低排出ゾーンの試行を開始しました。第1フェーズ(2026年7月1日〜12月31日)の柱は、地域1に指定された12通りで、金・土・日の19時から24時までバイク・自動車を含む車両の乗り入れを禁止する措置です。実際の運用は7月3日の金曜夜からスタートしました。
対象となる12通りは、ホアンキエム湖の東岸から旧市街の心臓部にかけてのエリアです。チャンティエン、ハンカイ、レタイトー、ハンダオ、ハンガン、ハンブォム、マーマイ、ハンバック、ハンマム、グエンフーフアン、リータイトー、ゴークエンの各通りが含まれます。ナイトマーケットが立つハンダオ〜ハンガンの縦軸、旧家やバーが並ぶマーマイ・ハンブォムといった、旅行者が夜に歩く定番ルートとほぼ重なります。
週末の歩行者天国自体は以前からありましたが、今回の枠組みは「にぎわいづくり」ではなく大気汚染対策としての制度化です。導入前の計画段階については旧市街の車両制限計画を読み解いた記事で紹介しましたが、それが7月頭から現実に動き出した形です。
違反しないための実務——どこからどこまで、何時から、どの車両か
在住者・出張者がまず押さえるべきは「自分の移動がどの規制に当たるか」です。第1フェーズの規制は次のように整理できます。
| 区分 | 対象エリア | 時間帯 | 規制内容 |
|---|---|---|---|
| 地域1 | チャンティエン、ハンカイ、レタイトー、ハンダオ、ハンガン、ハンブォム、マーマイ、ハンバック、ハンマム、グエンフーフアン、リータイトー、ゴークエンの12通り | 金・土・日の19時〜24時 | バイク・自動車を含む車両の乗り入れ禁止 |
| 地域2 | チャンティ、トーニュオム、ハンボン、フンフン、ファンディンフン、ハンダウ、チャンニャットズアット、チャンクアンカイなど周辺の通り | 毎日6時〜9時、16時〜19時30分 | 16人乗り以上の観光バス・大型バスを制限(スクールバスは除外) |
| 貨物車 | ゾーン内 | 車格により夜間限定など | 3.5トン超は21時〜翌6時のみ通行可などの時間制限 |
例外として、国防・公安など公務車両は時間帯にかかわらず通行できます。罰金額について現時点の報道では具体的な運用は確認できず、初週末は取り締まりよりも誘導が中心でした(後述)。ただし「罰則がないから入ってよい」ではなく、警察官が各入口に立って物理的に進入を止める運用です。
地域1内に自宅や店舗がある人はどうするのか。初週末の運用では、警察官に事情を説明したうえでバイクを降りて押して歩くよう案内されました。エンジンを切って押せば歩行者扱い、という整理です。配車アプリはゾーン境界の外で乗降することになるため、金土日の夜に旧市街内のホテルへ向かう場合は、荷物を持って数百メートル歩く前提で計画してください。
初週末の現場——拡声器の誘導と、戸惑うドライバー
7月3日〜4日の初週末について、DTiNews(ザントリ英語版)が現場の様子を伝えています。警察は罰則の適用ではなく周知を優先し、各交差点で拡声器を使って迂回を呼びかけました。おおむね順守されたものの、初日の夜は戸惑いも目立ったといいます。
報道に出てくる反応を拾うと、現場の温度感が見えてきます。
- 配達中のGrabドライバーは進入を断られ、「ゾーン内への配達が完了できなかった」と困惑を語った
- 地域内に住む28歳の住民は規制自体に賛成しつつ、「住民が新しいルールに慣れる時間が必要」とコメント
- 警察側は「初期段階は取り締まりではなく案内と周知を優先する」と明言し、住民にはバイクを押しての通行を認めた
要するに、立ち上がりは「ソフト運用」です。ただしこれはあくまで移行期の措置で、市民が慣れた段階で運用が厳格化していくのはベトナムの他の規制(ヘルメット義務化や飲酒運転厳罰化)でも見てきたパターンです。
対象エリアはこう広がる——段階計画の読み方
今回の週末夜間規制は、より大きなロードマップの入口にすぎません。現地報道(VietnamNet)が伝える段階計画は、対象エリアを段階的に広げると同時に、フェーズが進むごとに排ガス基準による車種規制も強めていく設計です。
| フェーズ | 期間 | 主な措置 |
|---|---|---|
| 第1フェーズ | 2026年7月〜12月 | 地域1で金土日夜間の全車両乗り入れ禁止、地域2で大型バス制限 |
| 第2フェーズ | 2027年 | ホアンキエム区・クアナム区(14通り)へ拡大。Euro4相当の排ガス基準を満たさない車、配車アプリのガソリンバイク、3.5トン超トラックを規制 |
| 第3フェーズ | 2028〜2029年 | 環状1号線(Vành đai 1)内側の9地区へ拡大。排出基準レベル3を満たさないガソリンバイクを規制 |
| 2030年以降 | — | 運用評価と拡大の検討を継続 |
並行して受け皿の整備も動いています。環状1号線内では2026年7月1日から1年間、路線バスの運賃が無料になりました(詳しくはハノイ中心部のバス1年無料化の記事で解説しています)。VnExpressによると、貧困世帯への電動車両購入支援(最大2,000万ドン=約12万円)、44カ所・456台のレンタサイクルステーション、10カ所のパークアンドライド施設の計画も進行中です。「規制で締める」と「代替手段を用意する」を同時に走らせる設計になっています。
在住者と旅行者、それぞれの動き方
在住者にとっての実務は3点です。第一に、金土日の夜に地域1を通り抜ける移動ルートを持っている人は、平日と別ルートを今のうちに確立しておくこと。ホアンキエム湖東岸のリータイトー通りやゴークエン通りが対象に入っているため、湖の東側を南北に抜ける週末夜の移動は影響を受けます。第二に、フードデリバリーや店舗の仕入れなど商用の移動は、19時前に完了させるか、境界での手渡しに切り替える必要があります。初週末にGrabドライバーが立ち往生したのはこの調整がまだ効いていなかったためです。第三に、中長期の話として、2027〜2028年の排ガス基準規制を見据えると、これからハノイでバイクや車を買う人は排ガス基準の適合レベルを確認しておくべき局面に入りました。買い替えるなら電動という選択肢が現実味を帯びています。
一方、旅行者にとってこの規制は制約というより恩恵です。金土日の夜のホアンキエムは、バイクのクラクションと排気ガスから解放された、東南アジアでは希少な「歩ける旧市街」になります。おすすめの歩き方は、19時すぎにチャンティエン通りのオペラハウス側から入り、湖畔のレタイトー通りを北上、ナイトマーケットのハンダオ〜ハンガンを冷やかしてから、旧家の残るマーマイ通りとハンブォム通りでバーやカフェに落ち着くルートです。車道の真ん中から撮る旧市街の夜景は、これまでバイクの波で不可能だった構図です。ハノイのカフェは音楽著作権料の問題でBGM事情が変わりつつあるという話も別の記事で書きましたが、静かになった通りと朗読の流れる店内という組み合わせは、今のハノイでしか味わえません。
宿選びにも影響します。地域1内のホテルに金土日に到着する場合、タクシーはゾーン境界まで。スーツケースを引いて石畳を数百メートル歩くことになるため、大きな荷物がある場合は境界の外側(ハンボン通り方面やチャンクアンカイ通り方面)に宿を取るか、19時前のチェックインを組むのが現実的です。逆に「夜の静かな旧市街を満喫したい」なら、あえて地域1内に泊まる価値が生まれました。
もう一段引いて見ると、これはロンドンやミラノが先行してきたLEZ(低排出ゾーン)のアジア新興国版という位置づけです。欧州のLEZが課金や罰金で排出の少ない車へ誘導するのに対し、ハノイは「観光の目玉になる歩行者空間づくり」と「排ガス対策」を一体で進めているのが特徴で、規制が観光資源を生む珍しい構図になっています。バイク保有率が世界最高水準の都市でこの計画がどこまで進むかは、ホーチミン市や他のアジアの都市の政策にも波及する試金石です。
実用情報とまとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 規制場所 | ハノイ・ホアンキエム地区の地域1(12通り、ホアンキエム湖東岸〜旧市街) |
| 規制日時 | 金・土・日の19時〜24時(2026年7月3日夜から運用開始) |
| 対象 | バイク・自動車を含む車両(公務車両は例外、住民はバイクを押せば通行可の運用) |
| 旅行者への影響 | タクシー・配車はゾーン境界まで。ゾーン内ホテルへは徒歩移動 |
| 組み合わせたい施策 | 環状1号線内の路線バス無料(2026年7月1日〜2027年6月30日) |
次のアクションとしては、まず週末にハノイへ行く予定がある人は、金土日の夜を旧市街の徒歩観光に充てる前提で旅程を組み直してみてください。バス無料化と合わせれば、中心部の移動コストはほぼゼロにできます。在住者は、自分の週末の移動と2027年以降の車両規制への備えを一度棚卸ししておく時期です。試行は12月末まで続くので、当サイトでも運用の厳格化や対象エリアの拡大があれば追って取り上げます。
