「値段はお気持ちで」――ハノイの元金融マン、伝統フィルター“Phinoi”でベトナムコーヒー文化を救う

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ハノイ発、1台VND2680万のチタン製コーヒーフィルターが波紋を呼んでいる

2026年1月21日、ハノイのコーヒーブランド「Phinoi」が発表した1台VND2680万(約16万円)のチタン製フィンフィルターが、ベトナム国内のコーヒー愛好家を二分する議論を巻き起こした。54台限定――ベトナムの54民族を象徴する数だけ生産されたこのフィルターは、航空宇宙にも使われるグレード23チタンで鋳造され、蓋には伝説の「九尾の馬」が刻まれている。コーヒーが滴るたびに馬の姿が浮かび上がるという仕掛けまで施された。創業者ヴー・ディン・トゥー氏の経歴と哲学をたどると、この製品が単なる高額ガジェットではなく、ベトナムのフィンコーヒー文化そのものを次世代に手渡す試みであることが見えてくる。

元金融マンがパンデミック中にコーヒーに目覚めるまで

トゥー氏はもともと金融業界の人間だった。コロナ禍で生活が一変し、友人から借りた小型焙煎機で自宅焙煎を始めたのがきっかけだ。27平方メートルの小さなスペースで豆の販売と学習会を始め、それが現在ハノイ市内で3店舗を展開する「Refined.」へと成長した。メニューの約70%はロブスタ種。アラビカ種に比べて「低品質」と見なされがちなロブスタを、適切な栽培と精製によって引き上げることがトゥー氏の信念だ。

さらにユニークなのが「値段はお気持ちで」の看板メニュー。ロブスタの代表的な一杯には定価をつけず、客が自分で決めた金額をカウンター上のフィンフィルターに投げ入れるシステムだ。これは初期の常連客が「無料では申し訳ない」とお金を置いていったことから自然発生した。

Phinoiフィルターの設計思想――「孫に受け継ぐフィン」

トゥー氏がPhinoiブランドを立ち上げた動機は明快だ。ベトナムの若年層がドリップやエスプレッソに流れるなか、フィン文化を「格好いいもの」として再定義する必要があった。カラフルでスリムなデザインのフィルターは2025年5月のWorld of Coffee ジャカルタで即完売。続くCafe Show Ho Chi Minh 2026でも注目を集めた。

そして今回の54台限定チタン版。デザインのモチーフはベトナムの伝説「山の神ソンティンと水の神トゥイティンが王女ミーヌオンの婚姻をかけて争う」物語だ。蓋に刻まれた九尾馬は、物語中の婚礼の贈り物。10カ月の研究開発を経て完成したという。

チタンフィルターの仕様と価格比較

項目 Phinoi チタン版 一般的なチタンフィルター アルミ製フィン(市販品)
素材 グレード23チタン(航空宇宙・医療用) グレード1チタン リサイクルアルミ合金
価格 VND 2680万(約16万円) 約VND 200万(約1万2000円) VND 2万〜5万(約120〜300円)
生産数 54台限定 小ロット 大量生産
容量 非公開 400ml前後 150〜250ml
特徴 九尾馬の透かし彫り・伝説モチーフ 軽量・耐腐食 安価・入手容易

賛否両論――コーヒー愛好家たちの声

この製品にはSNS上で3つの反応が渦巻いている。

まず懐疑派。「26万円のフィルターを見届けるまで長生きしてしまった」という皮肉交じりのコメントが象徴するように、実用品にこの価格は荒唐無稽だという声は根強い。「その金額なら質の良いグラインダーを買ったほうがコーヒーの味は確実に上がる」という指摘も的を射ている。

次に肯定派。カフェオーナーのホアン・ミン氏は「コレクターズアイテムとして見るべきだ」と語る。ジュエリーや腕時計と同じ土俵で評価すべきだという論理だ。

そしてトゥー氏自身は、安価な市販アルミフィルターに含まれる重金属リスクを指摘し、「家族の健康を守る道具として、世代を超えて使い続けられるものを作りたかった」と説明している。実際、すでに複数台が購入されたという。

日本のコーヒー好きが注目すべき理由

日本でもサードウェーブ以降、ドリッパーの素材や造形にこだわる文化が根づいている。有田焼や波佐見焼のドリッパー、銅製ポットなど「工芸品としての抽出器具」は珍しくない。Phinoiのアプローチは、ベトナム版のその動きだと言える。フィンフィルターに伝統工芸の文脈を付与し、若い世代がSNSで見せたくなるプロダクトに仕上げた点は、日本の器メーカーにとっても参考になる。

ベトナムコーヒーそのものへの関心も日本で高まっている。ロブスタ種の再評価、練乳コーヒーやエッグコーヒーの認知拡大と併走する形で、フィンフィルターという「淹れる体験」への注目はこれから加速するだろう。

フィンコーヒー文化の未来――業界への波及

トゥー氏の挑戦が示しているのは、コモディティ化した日用品を「文化財」として再パッケージする戦略だ。ベトナム国内では大手チェーンのテイクアウト文化が急拡大し、フィンでゆっくり淹れる時間は「非効率」と見なされつつある。その流れに対して、Refined.のカフェでは客に豆の焙煎から抽出までの全工程を体験させ、アプリコットやドラコントメロンなどベトナム産フルーツと組み合わせたオリジナルドリンクを提供している。

フィンフィルターをラグジュアリーカテゴリに押し上げることで、若年層に「フィンで淹れる行為」を再認識させる。54台のチタンフィルターは、その象徴的なフラッグシップにすぎない。

Phinoi・Refined. 基本情報

項目 詳細
ブランド Phinoi(フィノイ)
運営カフェ Refined.(ハノイ市内3店舗)
創業者 ヴー・ディン・トゥー(Vu Dinh Tu)
公式サイト phinoi.com
チタンフィルター価格 VND 2680万(約16万円)
生産数 54台(ベトナム54民族に対応)
看板システム ロブスタドリンク「お気持ち価格」制
主なイベント出展 World of Coffee ジャカルタ(2025年)、Cafe Show ホーチミン(2026年)

まとめ――コーヒーフィルター1台に込めた文化の継承

VND2680万のフィルターは、確かに突飛に聞こえる。だが、その裏には「安いアルミフィンで重金属を毎日摂取するリスク」への警鐘と、「フィンコーヒーは格好悪いものじゃない」というメッセージが重なっている。トゥー氏がRefined.で実践する「お気持ち価格」制は、コーヒーの価値を客自身に問いかける仕組みでもある。54民族を背負った54台のチタンフィルターが、ベトナムのコーヒー文化をどこまで揺さぶるか。その答えは、ハノイのカウンターに置かれたフィンの中で、いま静かに滴っている。

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この記事を書いた人

ベトナム・ホーチミン在住3年目|旅行で来るだけでは知ることができない、現地にいるからこそわかるローカル情報を中心に発信していければと思いベトナム旅行の専門情報サイトを立ち上げました。

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