紹介状なしで大病院へ直行——7月からベトナムの健康保険はこう変わる

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7月1日、ベトナムで健康保険(BHYT)の改正法が施行されました。がんや心不全など62の疾病・疾病グループは、確定診断があれば紹介状なしで専門病院に直行できるようになり、スマホアプリのVNeID・VssIDが紙の保険証の代わりになります。ベトナムで現地採用や駐在として働く日本人の多くは、労働契約を通じてこのBHYTに加入しています。「給与から引かれているのは知っているが、使ったことはない」という人がほとんどではないでしょうか。今回の改正は、その眠っていた保険を重病時のセーフティネットとして使える存在に変えるものです。改正の中身と、外資系病院との使い分けまで整理します。

目次

7月1日から何が変わったのか——改正の3本柱

国営ベトナム通信系メディアのVietnamPlusによると、今回の改正のポイントは大きく3つです。

1つ目が62疾病の専門病院直行。対象疾病の確定診断を受けた患者は、紹介状(転院手続き)なしで最上位の「専門レベル」の医療機関を直接受診できます。この仕組み自体は2025年に保健省通達01/2025/TT-BYTで導入されたもので、公表時には旧リストから対象が20疾病増えたと現地で報じられました。その後、2026年1月9日付の通達01/2026/TT-BYTでリストが更新されています。

2つ目が電子保険証。チップ付き身分証(CCCD)、社会保険アプリのVssID、国民IDアプリのVNeIDのいずれかで、紙のBHYTカードを代替できます。3つ目が給付範囲の拡大で、紹介状なしで基礎レベルの医療機関を受診した外来にも、新たに50%給付が導入されました。また「1回の診察費用が基礎給与の15%未満なら100%給付」という仕組みは、7月1日の基礎給与引き上げ(月253万ドン=約1万5,000円、政令161/2026/NĐ-CP)に伴い、しきい値が37万9,500ドン(約2,300円)に上がっています(1万ドン=約60円で換算、以下同じ)。

背景には制度の急拡大があります。BHYTの加入者は9,765万人と人口の95.16%に達し、2025年の受診は1億9,510万件で前年から6.5%増えました。基金の支払いは166.4兆ドン(約1兆円)にのぼり、うち3割超が薬剤費です。給付を広げながら財政をどう保つかが、ベトナム医療政策の主戦場になっています。

62疾病リストの中身——「100%給付」の正確な意味

62疾病・疾病グループの範囲は、がん、血液疾患、心血管疾患、神経疾患、代謝異常、臓器移植後の管理など、長期かつ専門性の高い治療を要する領域が中心です。BHYT契約のある私立大手タムアン総合病院が公開している解説から、代表例を挙げます。

分野 疾病の例 備考
がん 膵臓がん、脳の悪性腫瘍 など 悪性腫瘍が広く含まれる
心血管 心不全 ステージ3・4など重症度の条件付き
神経 多発性硬化症、重症筋無力症、脳炎
代謝・内分泌 インスリン依存型糖尿病(合併症を伴うもの)
自己免疫・消化器 全身性エリテマトーデス、クローン病
先天性疾患 循環器系の先天奇形 手術や高度技術を要するもの等
その他 血液疾患、臓器移植後の管理 など

「100%」は自己負担ゼロとは限らない

現地報道では「BHYT 100%給付」と表現されますが、正確には「本人の加入区分に定められた給付率が満額適用される」という意味です。給付率は加入区分ごとに80〜100%と幅があり、外国人を含む一般の被用者は原則80%。つまり本質は、紹介状を飛ばして上位病院に行っても給付率が減額されないという点にあります。従来は正規の転院手続きを踏まずに上位病院へ行くと、給付が削られるのが原則でした。

適用は「その疾病の診療」に限られる

政府ポータルのQ&Aには、62疾病で登録済みの患者から「別の病気の受診でも専門レベルの給付を受けられるのか」という質問が寄せられ、当局は「特例が及ぶのはリスト疾病の診療に限られる」と回答しています。心不全のように重症度の条件が付く疾病もあります。一方で、専門病院で初めて62疾病の確定診断を受けた場合は、その受診から給付が適用されます。

スマホが保険証になる——VNeID・VssIDでの受診

受診時は、チップ付き身分証・VssID・VNeIDのいずれかを提示すれば、紙のカードは不要になります。ベトナム政府は行政手続きのVNeID集約を急速に進めており、入管手続きのVNeID一本化をはじめ、この夏だけでも適用範囲が一気に広がりました。健康保険もその流れに乗った形です。

ただし在住外国人については、窓口によって電子確認の運用に差が残る可能性があります。VNeIDのアカウント整備がまだの人も多いはずなので、当面は紙のBHYTカードか、社会保険番号のわかる書類を併せて携行しておくのが現実的です。

在住日本人とBHYT——加入条件・保険料・給付率

そもそも自分は加入しているのか、という点から確認しましょう。ベトナムでは、3カ月以上の労働契約で働く外国人はBHYTへの加入が義務です。保険料は月給の4.5%で、会社が3%、本人が1.5%を負担します。現地採用であればほぼ自動的に加入済みで、駐在員も現地法人と労働契約を結んでいれば対象になるケースが多くあります。給与明細に「BHYT」の控除があるかどうかが手掛かりです。

この7月は、所得税・年金まわりの改正産休の延長など、働く人に関わる制度変更が集中したタイミングでもあります。健康保険の給付拡大もその一環と捉えると、人事・労務担当が押さえるべき改正リストがまた1つ増えたことになります。

外資系病院との使い分けをどう設計するか

在住日本人の医療は、会社の民間医療保険を使って外資系・私立クリニックを受診するのが主流です。日本語や英語で受診でき、待ち時間も短い。一方のBHYT指定の公立病院は、言葉の壁と混雑から「行ったことがない」という人が大半でしょう。この構図自体は変わりませんが、今回の改正はBHYTの位置づけを「使わない保険」から「重病時の切り札」へと変えます。

考え方は二段構えです。日常の外来や健診は、これまで通り外資系・私立で速く済ませる。もし、がんや心疾患などの重い診断が出たら、62疾病リストに該当するかを確認し、該当すれば紹介状なしで、ハノイのバックマイ病院やホーチミンのチョーライ病院といった国立基幹病院の専門医療にBHYTでアクセスする——という流れです。長期・高額になる治療では民間保険の補償上限や日本への帰国治療と比較することになりますが、「現地で公的保険を使って専門治療を受ける」選択肢の使い勝手が上がったこと自体が、在住者のリスク管理を変えます。

私立側の動きも見逃せません。タムアン総合病院は「62疾病グループの人は転院手続きなしで自院で受診・治療できる」と患者向けに案内しており、「私立の快適さ×公的給付」という組み合わせが広がりつつあります。外資系病院とローカル公立病院の中間にある受け皿として、BHYT契約のある私立総合病院の存在感は今後増していくはずです。

企業側の視点では、駐在員向け民間医療保険の設計にも見直し余地が出ます。BHYTでカバーできる範囲が広がるほど、民間保険は日本語対応・個室・帰国搬送といった上乗せ部分に特化させる、という整理がしやすくなるからです。

現地の反応と、今日からできる確認

制度拡大への現地の関心は高く、具体的な問い合わせや動きが目立ちます。

  • 政府ポータルには「62疾病で登録済みだが、別の病気の受診でも専門レベルの給付を受けられるのか」という読者質問が寄せられ、当局が適用範囲を回答した
  • 私立のタムアン総合病院は、62疾病の患者は転院手続きなしで受診できると案内し、制度を患者受け入れの拡大につなげている
  • VietnamPlusは、2025年の受診件数が前年比6.5%増の1億9,510万件に達し、基金支出の3割超を薬剤費が占めると伝えており、給付拡大と財政のバランスを指摘する報道が続く
項目 内容
施行日 2026年7月1日(改正健康保険法)
62疾病リストの根拠 保健省通達01/2025/TT-BYT(2026年1月9日付の通達01/2026/TT-BYTで更新)
直行受診の条件 リスト疾病の確定診断(一部は重症度等の条件付き)。適用はその疾病の診療に限る
給付率 加入区分の規定給付率を満額適用(一般の被用者は原則80%)
保険証の代替 VNeID・VssID・チップ付き身分証
外国人の加入義務 3カ月以上の労働契約で加入義務。保険料は月給の4.5%(本人負担1.5%)

在住の日本人が今日からできる確認は4つあります。第一に、給与明細でBHYTの控除と自分の保険証番号を確認する。第二に、紙のカードの保管場所と、VNeID・VssIDのアカウント状況を整えておく。第三に、帯同家族の加入状況を勤務先の労務担当に確認する。第四に、会社の民間医療保険の補償範囲を見直し、BHYTでカバーされる部分との重複や穴を把握しておく。重い病気の診断は、いつも突然です。制度が広がった今のうちに、使える保険の全体像だけでも棚卸ししておきましょう。

参照元

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この記事を書いた人

ベトナム・ホーチミン在住3年目|旅行で来るだけでは知ることができない、現地にいるからこそわかるローカル情報を中心に発信していければと思いベトナム旅行の専門情報サイトを立ち上げました。

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