ホーチミン市フーニュアン区の路地に、80年以上続く麺屋台がある。カンボジア由来の米麺料理フーティウ(hủ tiếu)を出す「Hủ Tiếu Nam Vang 69」。祖母の代から数えて4代目にあたる店主が、いま鍋の前でスマホを構える。スープをおたまですくう「カチャン」という音や、湯気の立つ厨房の手元を撮ってTikTokに上げる。旅行者にとっては、行列や英語メニューよりも先に、こうした短い動画で「どんな店か」が伝わる時代になった。老舗が世代交代でどう生き残るかは、ベトナムの食を目当てに訪れる人にとっても店選びの手がかりになる。
4代目がスマホを構える老舗
店を継いだのはグエン・ティ・ミー・ヴァンさん。地元メディアの紹介では、彼女は毎日の仕込みや調理の一場面を自分で撮影してTikTokに投稿している。派手な演出ではなく、スープを寸胴からすくう音や、麺を湯がく手元といった日常の断片が中心だ。こうした動画の一部には数十万件の「いいね」が付いたと伝えられている。
フーティウ・ナムバンはプノンペン(ナムバン)由来とされる麺料理で、豚骨や干しエビでとった澄んだスープに、平たい米麺、豚肉、エビ、内臓、香草を合わせる。この店の看板は、スープを別添えにしてタレでいただく「フーティウ・コー(hủ tiếu khô=汁なし)」だ。濃いめのタレと具の多さで知られる。
起点は「継ぐ」という選択
元になった記事が描くのは、味を守りながら時代に合わせて店を開いていく老舗の姿だ。伝統を捨てて今風にするのではなく、伝統の延長線上にデジタルを置く。若い世代が撮影や発信、店のデザインを担い、親世代が厨房を守る――そんな役割分担で家業をつないでいく。近くで紹介されている別の老舗「Tiệm Mì Chú Cao」(創業60年近く)でも、デザイナーの娘たちが店オリジナルのTシャツを作り、壁画で店内を刷新したという。
なぜ今、老舗が発信するのか
背景にあるのは、外食の店選びに短尺動画を使う人が増えたことだ。ベトナムはSNS利用が生活に根付き、若い層は店の評判や雰囲気をTikTokで確かめてから足を運ぶことが多い。老舗にとって、看板や口コミだけでは新しい客に見つけてもらいにくい。一方で、80年分の歴史や職人の手つきは短い動画で見せやすい。寸胴から立つ湯気、麺を湯がく手元、席の埋まり具合――作り込んだ広告よりも、そうした素の場面のほうが旅行者の判断材料になりやすい。
もう一つの後押しがキャッシュレスだ。ベトナムでは電子ウォレットが屋台にまで浸透し、現金やお釣りのやり取りなしで会計が済む。老舗の側も、財布を出さずに食べて帰れる手軽さを取り込むことで、若い客や旅行者の来店ハードルを下げている。
一杯の相場と店の位置づけ
公式サイトや口コミサイトの情報を突き合わせると、この店の一杯はおおむね5万〜6万VND(1円=約162VNDとして約340〜370円)が目安になる。フーニュアン区という中心部からやや外れた立地ながら、80年の歴史と汁なしの看板メニューで名を知られてきた。
| 項目 | Hủ Tiếu Nam Vang 69 |
|---|---|
| 料理 | フーティウ(カンボジア由来の米麺) |
| 看板メニュー | フーティウ・コー(汁なし) |
| 一杯の目安 | 約5万〜6万VND(約340〜370円) |
| 歴史 | 80年以上・4代続く家業 |
| 発信 | 4代目店主がTikTokで日々の調理を投稿 |
数字はいずれも公式サイトと複数の口コミサイトで確認できたものに絞った。TikTokの再生数やフォロワー数は媒体ごとにばらつきがあるため、ここでは具体値を断定していない。
旅行者にとっての読みどころ
この店が旅の役に立つのは、味だけでなく「行き方の情報が動画で先に手に入る」点だ。店の雰囲気や盛り付け、混み具合を出発前に確かめられる。汁なしのフーティウ・コーは、スープ麺が続いて重く感じてきた旅の中盤に、味の変化をつけたい人に向く。カンボジア由来という背景を知って食べれば、フォーとの違いも舌で追いやすい。
会計でモバイル決済が使えるのも便利だ。小額紙幣やお釣りのやり取りが減り、店によってはキャンペーン期のキャッシュバックが付くこともある。店は中心部から少し外れるので、ホーチミンの交通事情(車とバイクを縦に積む、ホーチミンの駐車難に効くタワー4基)も踏まえ、Grabなどの移動手段を先に決めておくと動きやすい。
老舗の発信がもたらす波及
4代目のTikTok活用は、一軒の集客術にとどまらない。物価高のなかで消費を見直すベトナムの若い世代は、値段だけでなく「物語のある店」に価値を見いだし始めている(YOLOから節約志向へ、物価高で越Z世代の消費が変わった)。80年続く一杯は、その文脈にちょうど合う。発信がうまくいけば、後継ぎのいない老舗が「継ぐ理由」を得るきっかけにもなる。
日本の飲食店にとっても示唆がある。長く続く店ほど、磨いてきた手技と歴史という素材を持っている。それを短尺動画で見せるだけで、広告費をかけずに新しい客層へ届く余地がある。後継ぎ探しに悩む店でも、積み重ねた歴史そのものが発信の材料になりうる。
食べに行くための実用情報
| 店名 | Hủ Tiếu Nam Vang 69 |
|---|---|
| 所在地 | 69 Trần Huy Liệu, フーニュアン区, ホーチミン市 |
| 営業時間 | 媒体により表記が異なる(5:00〜23:00など)。訪問前に確認を |
| 看板 | フーティウ・コー(汁なし) |
| 予算 | 1杯 約5万〜6万VND(約320〜350円) |
| 支払い | 現金+モバイル決済 |
| アクセス | ベンタイン市場から車・Grabで15分ほど |
| 公式 | hutieunamvang69.com |
まとめ
Hủ Tiếu Nam Vang 69は、80年続く味を4代目がTikTokで開いていく店だ。老舗の強みである歴史と手技を、短尺動画とモバイル決済という今の道具に乗せて、若い客と旅行者に届けている。ホーチミンで一食を選ぶなら、汁なしのフーティウ・コーを目当てに、朝か夜の空いた時間を狙って訪ねてみたい。出発前にお店のTikTokをのぞいて雰囲気を確かめ、決済アプリを一つ入れておけば、路地裏の一杯までの距離がぐっと縮まる。
