車とバイクを縦に積み上げる。ホーチミン市が慢性的な駐車難への答えとして選んだのは、地面を広げることではなく空へ伸ばすことだった。市建設局は市内3カ所のバスターミナルに、自動制御式の立体駐車タワーを合計4基つくる計画を進めている。用地わずか250平方メートルに車50台とバイク120台を収める設計で、完成目標は2026年内。中心部に車で乗り入れて停める場所に困ってきた在住者や出張者にとって、街なかの「停められない」がどこまで変わるかを左右する話だ。
250平方メートルに車50台、機械式タワー4基の中身
計画を進めているのはホーチミン市建設局。設置先はチョロン・バスターミナル(チョロン坊、いわゆる中華街エリア)にA・Bの2基、サイゴン・バスターミナル(ベンタイン坊、中心部)に1基、タンフー・バスターミナル(タイタイン坊、北西部の外縁)に1基の計4基となる。1基あたり車50台とバイク120台を収容し、占有面積は250平方メートル。平面の駐車場なら数台分の広さに、垂直方向で大量の車両を積み上げる発想だ。
タワーはモジュール構造で、運転者が車を降りたあとは自動制御で所定の棚まで車両を運ぶ。ナンバープレートをAIで読み取る認識システムと、火災を抑え込む消火装置を内蔵する。総事業費は約800億ドン(約300万ドル、1ドル約155円換算で約4.7億円)。1基あたりは約200億ドン(約76万ドル)とされる。
計画の5分の1しか整わない、駐車場の慢性不足
この4基が出てくる背景には、ホーチミン市の駐車インフラが計画に大きく届いていない現実がある。市が整備できた駐車容量は計画の約5分の1にとどまり、目標とするおよそ1,200ヘクタールに対して900ヘクタール超が不足しているとされる。数年前に設計された地下駐車場4カ所は、結局どれも建設に至らなかった。
市は2025年に隣接する2省を編入し、人口1,400万人超のベトナム最大都市になった。人と車が集まる速度に、車を停める場所の整備が追いついていない。用地取得に時間と費用がかかる地下方式が頓挫してきたなか、狭い土地に短工期で立てられる機械式タワーは、行政にとって現実的な次の一手として浮上した。
| 設置先 | エリア | 基数 |
|---|---|---|
| チョロン・バスターミナル | チョロン坊(中華街) | 2基(A・B) |
| サイゴン・バスターミナル | ベンタイン坊(中心部) | 1基 |
| タンフー・バスターミナル | タイタイン坊(北西外縁) | 1基 |
いずれもバスターミナルに併設される点が、この計画の性格を示している。単なる駐車場の増設ではなく、自家用車やバイクをターミナルに預けて公共交通に乗り継ぐ「パーク&ライド」の受け皿という位置づけだ。
狙いは「停める」より「乗り換えさせる」
設置先が3カ所ともバスターミナルという事実は、市の意図をよく物語る。中心部まで車で突っ込ませるのではなく、外縁や結節点で車両を降ろしてもらい、そこからバスや地下鉄で都心へ入ってもらう。渋滞と駐車難を同時に緩めるための、乗り換え起点としてのタワーである。
この文脈は、ホーチミンが進めてきた公共交通の拡充と地続きだ。市内では路線バスの無料化が段階的に広がり、運用開始からわずか5日で132万人が利用し、利用者が約3割増えた実績が出ている。バスを無料にして乗客を呼び込む一方で、そのバスに乗り継ぐための車両置き場を整える。パーク&ライドは、その両輪の片側にあたる。
在住・出張の日本人に何が変わるか
都心に車やバイクで乗り入れて用事を済ませてきた在住者にとって、この計画は移動の組み立て方そのものを変えうる。中心部の路上や雑居ビルの隙間に停め場所を探す時間が、ターミナルに預けて公共交通で入る動きに置き換わる可能性があるからだ。とくにベンタイン坊のサイゴン・バスターミナルは中心部に近く、ここに預けて徒歩や短距離の乗り継ぎで商用エリアへ入るルートが現実味を帯びる。
出張者の視点でも示唆はある。空港やホテルからバスで市内に入り、目的地の近いターミナルで降りるという移動が、駐車インフラの整備とともに使いやすくなる。市内の路線網は7月に134路線が無料化されるなど間口が広がっており、車を持たない滞在者ほど恩恵を受けやすい。レンタルのバイクや車で動く人も、都心の駐車をターミナル起点に切り替える選択肢が増える。
都市の骨格づくりと同じ方向を向く
機械式タワーは、それ単体では小さな設備投資に見える。ただ、ホーチミンが描く都市交通の全体像に置くと位置づけがはっきりする。市は地下鉄2号線の駅前940ヘクタールを5つの新都市に開発する構想を打ち出しており、鉄道・バス・駐車を束ねて人の流れを都心一点集中から分散させる方向にある。駐車タワーは、その骨格に車とバイクを接続する末端の部品といえる。
4基だけで市全体の駐車難が解けるわけではない。900ヘクタール超という不足の規模に対して、タワー4基が埋めるのはごく一部だ。それでも、地下方式が頓挫し続けた市にとって、狭い用地に短工期で建てられる機械式は横展開しやすい。この4基が運用に乗り、乗り換え需要を実際に拾えれば、他のターミナルや幹線沿いへ同じ型を増やす布石になる。
使うときの心構え
現時点では計画段階で、料金や予約の仕組み、二輪と四輪の運用の分け方といった実務の詳細はこれからだ。完成目標は2026年内とされるが、ベトナムのインフラ整備は前後することも多く、実際に停められるようになる時期は運用開始の告知を待つのが確実だろう。当面は、チョロン・サイゴン・タンフーの3ターミナルが「車を預けて公共交通に乗り継ぐ拠点」に育っていく、という前提で移動を設計しておくと動きやすい。
都心の駐車を探し回る前に、目的地に近いターミナルへ一度預けてバスや地下鉄でアクセスする。ホーチミンの街は、その動線を選べる都市へ少しずつ形を変えつつある。次に市内へ入るときは、停める場所ではなく「どこで乗り換えるか」から考えてみたい。
