フエの路地で60年続く食堂バーチ(Ba Chi)で、いま客の大半が外国人観光客だという。名物はバインラムイット(bánh ram ít)。カリカリに揚げた餅ともちもちの餅を重ね、エビと豚を包んだ一口サイズの軽食だ。米在住クリエイターの実食動画が広まり、各店で1日2,000個超が売れ、観光客は3〜4倍に増えた。現地で1皿約180円のローカル菓子が、なぜ海を越えて外国人を本場フエまで引き寄せるのか。ベトナム在住者にも、これから中部を旅する日本人にも、SNSで見た一皿を目当てに現地まで足を運ぶ「食探訪ツーリズム」の実例として追ってみたい。
1日2,000個・客3〜4倍——フエの老舗バーチで起きたこと
VnExpress(2026年7月26日)によると、フエ市で60年続く食堂バーチのオーナー、チャン・ティ・クイン・ロアン氏は、観光客が3〜4倍に増え、各店舗で1日2,000個超のバインラムイットが売れていると話す。以前は地元客と少数の旅行者が中心だった小さな店で、いまは客の多くが外国人だという。
バインラムイットはフエの宮廷料理を出自に持つ庶民の一皿で、揚げた「バインラム」の食感と、蒸した餅「バインイット」のもちもち感を一皿で味わう。ヌクマム、ネギ油、干しエビの粉をかけて食べる。フエにはバーチのほかにも、グエン・ビン・キエム通りのバー・ドー(Bà Đỏ)など、この一皿で知られる店が点在する。硬さと柔らかさが一口に同居する構造そのものが、いまの拡散の主役になっている。
きっかけは米在住クリエイターの咀嚼音動画、再生290万回
火をつけたのは、カリフォルニア在住のコンテンツ制作者が投稿した実食動画だった。揚げ餅を噛んだときの「クランチ音」と、内側のもちもちした食感の対比を前面に出した映像が反響を呼び、クリエイターのジュリア・ヴオン氏の紹介動画は約290万回再生に達したと報じられている。
音と食感を主役にした短尺動画は、言葉の壁を越えて拡散しやすい。料理名を知らなくても「この音を確かめたい」という動機が生まれ、それが検索と来店に直結する。海外で撮られた実食動画が先に火を付け、その熱が本場フエへの関心を呼び戻す——この流れが、地方都市フエの一皿を国境の外の食べ手にまで届けた。視聴者の反応を2つ挙げると、Christineさん(米国・30代)は「硬さと柔らかさが一口に共存するのが最大の魅力」と語り、Bichev Aleksandrさん(ロシア・40代)は「揚げた土台のカリッとした音がとにかく心地いい」と話している。
現地約180円が北米で2,000円超、10倍超の価格差が旅の動機になる
拡散を「消費」に変えたのは価格差だ。フエでは1皿5個で約30,000VND(約1.2ドル/概算で約180円)。同じ皿が米国のベトナム料理店では12〜16ドル(1ドル≒155円換算で概算約1,860〜2,480円)で提供される。為替は目安で、断定はできないが、10倍以上の開きがある計算になる。北米で高い金額を払って食べた人の中には、「本場ではいくらで、どんな味なのか」を現地で確かめたくなる人もいる。海外での高価格が、逆に現地への「巡礼」を後押しする構図だ。
| 項目 | 現地(フエ・バーチ) | 北米 |
|---|---|---|
| 1皿(5個)の価格 | 約30,000VND(約1.2ドル/概算約180円) | 約12〜16ドル(概算約1,860〜2,480円) |
| 1日の販売数 | 2,000個超 | 米カリフォルニアの一例で300〜400皿/日(提供開始2週間で) |
| 客数の変化 | 観光客が3〜4倍 | カリフォルニア・ラスベガス・カナダの店で予約満席の報告 |
数値はVnExpressの報道に基づく。金額換算はいずれも執筆時点の概算で、実際のレートや店ごとの提供数量とは差が出る。
バインミーもマグロの目玉も——ベトナム食が海外でバズる共通点
この現象はバインラムイットに限らない。歩きながら食べる姿を映した「Stand banh mi」の動画群がバインミーを世界に広げ、旅行者が現地の名店に列を作った。ホイアンでは1日6個食べ歩く動画が話題になり、値段つきで店を巡る旅の記録が読者を集めている(1日6個完食が話題、ホイアンのバインミー名店を値段つきで巡る)。フーイエンでは、在住イタリア人が撮ったマグロの目玉煮込みの実食動画が150万回再生を超え、地方の一皿が観光の動機に変わった(マグロの目玉煮込み「海のヘッドライト」、在住イタリア人の実食動画が150万再生)。
今回の3例に共通するのは、外国人が撮り手であること、音や見た目のインパクトが強いこと、そして現地価格が驚くほど安いことだ。作り手ではなく食べ手が発信の起点になると、「同じ体験を自分もしたい」という模倣が連鎖する。こうした庶民食では、この三条件がそろいやすい。フエのバインラムイットは、その最新版だ。
日本人がフエで食べるなら、2店を押さえ昼を外して現金で
実際にフエで食べに行くなら、まず場所はフエ旧市街の食堂で探すのが早い。バーチのほか、バー・ドーなど地元に根づいた店を軸にすると失敗が少ない。混雑は動画拡散後に増しているため、外国人客が集中する昼どきを外し、開店直後や夕方前を狙うと待ち時間を抑えやすい。価格は1皿5個で約30,000VND(概算約180円)が目安で、屋台や食堂では現金が確実。少額紙幣を用意しておくと会計がスムーズだ。
フエは同じ庶民食でも見どころが多い。名物ブンボーフエは4日間で記録づくりに挑むほど地元の看板になっており、菓子と麺を一日で回ると街の食文化が立体的に見える(300杯を一斉に、フエのブンボーフエがベトナム記録に認定された4日間)。日本からはダナン経由でフエへ入る動線が現実的で、ダナンからは車や鉄道で2〜3時間ほど。中部を数日かけて食べ歩く行程に組み込みやすい。バインラムイットは持ち帰りにくい揚げ立てが身上なので、店で食べる前提で予定を立てるとよい。
