ベトナムの路上でしゃがんで麺をすする人、バイクを直す人、バスを待つ人——この姿勢には「ngồi chồm hổm(ンゴイ・チョム・ホム)」という名前がある。かかとを地につけたまま腰を深く落とすアジアン・スクワットのことで、ホーチミンの英字メディア Saigoneer が2026年7月30日、これを「誰でもベトナムに溶け込める一番手軽な方法」として取り上げた。旅行者や出張者にとっても、椅子ではなく低い姿勢で街に混ざるこの動作は、真似できて、しかもその日のうちに景色が変わる小ネタになる。ここでは背景と、屋台で実際に試すときのコツを整理する。
しゃがめるかどうかは体格でなく足首の柔らかさで決まる
Saigoneer の記事が最初に崩すのは「アジア人だからしゃがめる」という思い込みだ。深くしゃがめるかどうかを分けるのは民族的な骨格の差ではなく、主に足首の柔軟性(背屈の可動域)だという。子どもは誰でも自然にこの姿勢を取れるが、椅子とソファの生活を続けると足首とふくらはぎが硬くなり、かかとが浮いて後ろに転がってしまう。逆に、野菜を洗う、バイクを修理する、バスを待つ、床でゲームをする——そうした日常でしゃがみ続けるベトナムの人は、年齢を重ねても可動域を保っている。つまり「できない」のは血筋ではなく、単に使っていないから、という理屈になる。
医学的にも、かかとを着けた深いしゃがみは足首と股関節・膝を最大可動域まで動かし、関節の潤滑や下半身の柔軟性維持に役立つとハーバード大学の健康情報などが指摘している。ベトナムの街角では、この「健康にいい休息姿勢」がわざわざジムに行かなくても日常に埋め込まれている。
| しゃがみが今も自然に出る場面 | 椅子文化だと消えやすい動作 |
|---|---|
| 路上の低い椅子で麺・粥をすする | 床やしゃがみで食べる |
| 歩道でバイクを整備する/給油を待つ | 地面すれすれの作業 |
| 市場で野菜を洗う・選別する | 低い位置での家事 |
| バス停や店先で人を待つ | 立ちっぱなしを避ける休息 |
1950年代のサイゴンでサトウキビ売りがしゃがんでいた路上に、今も赤や青のプラ椅子が並ぶ
しゃがみはベトナムでかつて麺をすするときの標準的な姿勢だった。Saigoneer は、1950年代のサイゴンで露天のサトウキビ売りが路上にしゃがみ込んでいた写真に触れ、街の暮らしが地面すれすれの高さで営まれていたことを示している。その名残は今もはっきり残る。歩道の端に置かれた高さ20〜30センチほどの小さなプラスチック椅子——赤や青のあれ——は、しゃがみの延長線上にある「腰を落とす」ための道具だ。フランス統治期に広まった路上カフェ文化と結びつき、簡易テーブルと低い椅子が道端に並ぶ光景を作った。
床に近い高さで食べる文化は、椅子だけの話ではない。家庭では一枚の丸盆を囲み、上座も下座もなく床に座って食卓を分け合う習慣が今も生きている(上座も下座もない丸盆「cái mâm」、ベトナムの食卓を束ねる一枚)。しゃがみと低い椅子、そして丸盆は、地面に近い姿勢で人と食を囲むという一つの流れの上に並んでいる。
低い椅子に腰を落とすと、隣客との視線が数十センチまで近づく
路上の低い椅子には実用以上の働きがある。腰を落とすと視線の高さが下がって隣の客と近くなり、自然に会話が生まれる。プラ椅子の風景に惹かれた在住者は「小さな椅子はもう家具ではなく文化だ」と書く。食べる空間と人が一体になったこの距離感が、屋台の居心地を作っている。しゃがみも同じで、輪の中に低く入ると、立って眺めている旅行者と、腰を落として麺をすする常連との差が消える。
こうした「一つの動作が街との距離を縮める」現象は、しゃがみに限らない。メコンでは朝から晩までパジャマ状の đồ bộ を着て過ごす習慣があり、その一枚を知るだけで路上の暮らしが読めてくる(なぜ皆パジャマ姿? メコンで朝から晩まで着られる đồ bộ の話)。服装にせよ姿勢にせよ、現地の人が無意識にやっている小さな習慣をひとつ共有できると、観光客の枠から一歩外に出られる。
「田舎くさい」と避ける層が増え、しゃがめる人はむしろ減りつつある
一方で、この姿勢は静かに失われかけている。経済発展とともに椅子の生活が広がり、しゃがみを「貧しかった時代の、垢抜けない田舎のふるまい」と見て避ける人が増えているという。西洋式トイレのない時代の排泄の姿勢を連想させることも、後ろ向きなイメージを後押しする。Saigoneer の筆者——子どものころから親に止められてもしゃがみ続けてきた白人アメリカ人——は、それでも「chồm hổm こそが自分をベトナムに溶け込ませてくれるもので、どんな椅子より快適で便利だ」と書く。健康面の利点があり、街の記憶とも結びついた姿勢が、豊かさと引き換えに薄れていくというねじれが、この小ネタを単なる観光アトラクション以上のものにしている。
屋台の低い椅子で足首を試すと、路上飯の楽しみ方が一段変わる
旅行者が試すなら、いきなり路上で完璧にしゃがもうとしなくていい。まずは屋台の低い椅子に深く腰を落とし、かかとを浮かせずに座ってみる。足首が硬いと後ろに転びそうになるが、それが「日ごろ椅子に頼っている」というだけのサインで、少し練習すれば可動域は戻る。低い姿勢に慣れると、地面に近い高さで料理を受け取り、湯気ごしに店主や隣客と目線が合う——立って写真を撮るだけでは届かない路上飯の距離感が手に入る。
実際、同じ料理でも街や路地が変われば別物になるのがベトナムの路上飯で、低い椅子に座り込んでこそその違いが見えてくる(同じコムタムでも街が違えば別料理、アンザン発ロンスエン式の路地飯)。しゃがみや低い椅子は、その一皿を「観光の消費」から「街に混ざる時間」へ変えてくれる。値段も予約もいらず、必要なのは少しの足首の柔らかさと、腰を落とす勇気だけだ。
