デンバーの「リトルサイゴン」を40年守った家族――5人姉妹が親の食堂跡地で新店“Re Tre”を開業

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コロラド州デンバー、フェデラル通り640番地に5姉妹の新たな物語が始まる

アメリカ・コロラド州デンバーのフェデラル通り。1975年のサイゴン陥落以降、ベトナム難民が集まり形成された「リトルサイゴン」地区のど真ん中に、2026年夏、新しいベトナム料理店「Re Tre(竹の根)」がオープンする。場所は、かつて両親が約40年間営んだ「New Saigon」と同じ建物。グエン家の5人姉妹――トア、トゥー、アン、タオ、そしてもうひとりの妹――が、親から受け継いだレシピを現代的に解釈し、ブランチとディナーの二部構成で再出発する。

New Saigon――デンバーで2番目に古いベトナム料理店の記憶

父タイ・グエンと母ハー・ファムが1987年にフェデラル通りで開いた「New Saigon」は、デンバーで2番目に古いベトナム料理店だった。アラメダ通りからミシシッピ通りまでの約1.6キロの区間は、2014年に「リトルサイゴン・ビジネス地区」として正式認定されたが、その商業圏の中核を担っていたのがこの店だ。フォー、バインミー、揚げ春巻き。ベトナム系スーパーと肩を並べ、難民コミュニティの食卓を支え続けた。

2017年に店舗を売却。その後も別のオーナーのもとで営業を続けていたが、2024年に閉店。建物だけが残った。

5姉妹それぞれのキャリアと合流点

グエン姉妹は全員、食の世界で独自のキャリアを築いてきた。

長女アン(An)はNew Saigonでサーバーからスタートし、最終的にはウォック(中華鍋)シェフにまで昇格。2019年に「Savory Vietnam」を独立開業したが2023年に閉店。翌2024年には妹タオ(Thao)と共同で「Dan Da」をオープンし、2025年にはコロラド・レストラン協会から「シェフ・オブ・ザ・イヤー」に選出された。

次女トア(Thoa・36歳)はフランスで製菓を学び、2022年にオーロラ市で「Banh & Butter Cafe」を開業。コロラド州屈指のベーカリーとして評価されている。

この2人の実績と、残る姉妹たちの経験が合流し、Re Treという器に注ぎ込まれる。

グエン家とRe Tre の歩み

出来事
1975年 サイゴン陥落後、グエン家を含むベトナム難民がデンバーに移住
1987年 父タイ・グエンと母ハー・ファムが「New Saigon」をフェデラル通りに開店
2014年 フェデラル通り一帯が「リトルサイゴン・ビジネス地区」に正式認定
2017年 New Saigon を売却
2019年 アンが「Savory Vietnam」を開業
2022年 トアがオーロラ市で「Banh & Butter Cafe」を開業
2024年 旧New Saigonが閉店。アンとタオが「Dan Da」を開業
2025年 アンがコロラド州「シェフ・オブ・ザ・イヤー」受賞
2026年夏 5姉妹が同じ建物で「Re Tre」を開業予定

姉妹と地元関係者の声

トアはRe Treの動機をこう語る。「私たちはルーツに戻る。親が築いたものを、自分たちのやり方で引き継ぐ」。40年前に両親が立った同じ厨房に、娘たちが戻ってくるという構図だ。

アンの料理哲学はシンプルだ。「現代的に仕上げるけど、食べたら子ども時代に戻る味」。彼女の看板料理「ボー・ルック・ラック(ベトナム風シェイキングビーフ)」はその象徴で、伝統的な味付けを守りながらプレゼンテーションを刷新している。

またアンは、シェフ・オブ・ザ・イヤー受賞について「両親に、私が十分にやれることを証明できた」と振り返っている。ベトナム移民の子どもが、親の期待と自分の夢の間で格闘してきた歴史が、その一言に凝縮されている。

日本のベトナム料理ファンへの示唆

日本でもベトナム料理店は増え続けているが、その多くは「フォーとバインミーの店」にとどまる。Re Treが試みる「ブランチ×ベトナム珈琲×ペストリー」の朝カフェ型と、「ファミリースタイル×季節の特別メニュー」のディナー型という二部構成は、日本のベトナム料理店にとっても新しいヒントだ。「伝統を守る」と「現代に合わせる」の間で揺れるディアスポラの台所事情は、日本で暮らすベトナム人コミュニティにも通じるテーマだろう。

リトルサイゴンの未来――ディアスポラ2世が描く新しい地図

フェデラル通りのリトルサイゴンは、全米各地にあるベトナム人街の中でも古い歴史を持つ。だが高齢化と地価上昇で、オリジナルの店舗は年々減っている。グエン姉妹のように、2世が親の場所に戻って再解釈する動きは、コミュニティの持続可能性を左右する。親世代が「生き延びるため」に作った味を、子世代が「表現するため」に作り直す。Re Treという店名――「竹の根」――は、地下で広がり続ける根のネットワークを暗示している。

Re Tre 基本情報

項目 詳細
店名 Re Tre(ベトナム語で「竹の根」)
所在地 640 South Federal Boulevard, Denver, Colorado, USA
開業予定 2026年夏
営業形態 ブランチ(ベトナムコーヒー・ペストリー)+ディナー(ファミリースタイル・季節メニュー)
運営 グエン家5姉妹(トア、トゥー、アン、タオほか)
関連店舗 Banh & Butter Cafe(オーロラ)、Dan Da(デンバー)
エリア リトルサイゴン・ビジネス地区(2014年認定)

まとめ――竹の根は、同じ土に戻る

1987年から約40年間、フェデラル通り640番地はベトナム難民の台所だった。その同じ壁の内側で、娘たちが新しい火を入れる。アンの「食べたら子ども時代に戻る味」という言葉は、ノスタルジーであると同時に、ディアスポラ2世の宣言でもある。親の味を守るだけでなく、自分たちの言葉で語り直す。デンバーのリトルサイゴンに、竹の根がもう一度、深く張ろうとしている。

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この記事を書いた人

ベトナム・ホーチミン在住3年目|旅行で来るだけでは知ることができない、現地にいるからこそわかるローカル情報を中心に発信していければと思いベトナム旅行の専門情報サイトを立ち上げました。

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