ベトナムのSNSで今、ミルクティーでもコーヒーでもない一杯が話題をさらっている。生乳を温めて冷ますとできる薄い膜(váng sữa=ミルクの膜、乳皮)を、氷のように削った冷たい生乳の上にのせた「sữa tươi váng sữa」だ。中国の夜市で火がつき、ホーチミンなどの大都市に専門の小店が姿を見せ始めた。派手なトッピングも着色料もない素朴な見た目なのに、ひと口で懐かしさが押し寄せる——旅行者が現地で探すなら、いま最も旬な飲みものになりつつある。
「váng sữa」とは何か——正体はミルクの膜
váng sữaは、生乳を加熱してからゆっくり冷ますと表面に張る、濃厚なクリーム状の膜のこと。日本の家庭で温めた牛乳に張る「膜」と原理は同じで、それを人工的な添加物を加えずに集めたものが主役になる。器の底には、凍らせた生乳をなめらかに削った「ミルクの氷」が敷かれ、その上にとろりとした乳皮が重なる。シャリっとした氷と、口の中で溶けていく膜の食感差が、この一杯のいちばんの見どころだ。
味わいは「濃厚でクリーミー、それでいて甘さは控えめ」。搾りたての牛乳を思わせる素朴な風味で、子どもの頃に飲んだミルクの記憶を呼び起こす、というのが現地の若者の共通した感想になっている。工業的なミルクティーのタピオカやシロップとは対極にある、引き算の飲みものと言っていい。
作り方も飾らない。純粋な生乳を弱火で温め、表面に膜が張るのを待って丁寧にすくう。この手間のかかる工程を店先で見せることそのものがショーになっていて、SNSでは「膜をすくう瞬間」の動画が数多く出回っている。人工の膜やクリームで代用できないぶん、素材と手わざが味を決める。だからこそ、同じメニューでも店ごとに膜の厚みや甘みが違い、飲み比べる楽しさが生まれている。ベトナムの若者が競うようにレシピを教え合っているのも、この「家でも再現したくなる素朴さ」ゆえだ。
中国の夜市からベトナムへ——なぜ今バズるのか
発祥は中国。夜の露店市場で若者が列をなし、単なる飲みものを超えた「文化体験」として広まった。喉の渇きを癒すだけでなく、懐かしい感情に触れられる——そんな語られ方をされたことで、写真映えとチェックイン、レシピの共有がセットになってSNSを駆けめぐった。この流れがそのままベトナムに飛び火した形だ。
中国発の食トレンドがベトナムのSNSで一気に拡散する現象は、これが初めてではない。翡翠色の抹茶生地でゴイクオンの皮を巻いた抹茶バインチャンが中国SNS経由でバズった一件や、縁起物の海藻を使った「髪の毛ケーキ」こと髪菜スイーツの拡散と同じ回路をたどっている。共通するのは、素材が一つに絞られていて説明しやすいこと、そして「懐かしさ」や「意味」を背負っていること。sữa tươi váng sữaは、その両方をきれいに満たしている。
ホーチミンで飲むには——探し方と注意点
正直に言えば、現時点でホーチミンのどの店が何ドンで出しているか、という一覧はまだ固まっていない。専門店が続々と生まれている途中の段階で、価格や場所は日々変わる。旅行者が実際にたどり着くなら、TikTokやInstagramで「sữa tươi váng sữa」と検索し、位置情報のタグから最寄りの小店を探すのが確実だ。Googleマップでも同じキーワードでピンが増えつつある。
注文時に一つ知っておくと混乱しない点がある。ベトナムのスーパーで「váng sữa」と言うと、Monteに代表される乳幼児向けのカップ入り乳製品を指すことが多い。今回の飲みものは、それとは別物の「削った生乳+乳皮」の一杯だ。店頭では「sữa tươi váng sữa(生乳のヴァンスア)」とフルネームで伝えると間違いがない。価格帯は、市中で出回る同系統の生乳ドリンクを目安にすれば、おおむね数万ドン台に収まると見ておけばよい(1万ドン≒約60円)。実際の一杯の値段は店ごとに開きがあるため、現地で必ず確認したい。
懐かしさを売る一杯という文脈
この飲みものが刺さる背景には、無添加・素材そのものへの安心感を求める空気がある。原材料が生乳だけに近く、色も香りも「盛って」いない。健康志向と、飾らない味への回帰が重なったところに、ちょうどはまった。ホーチミンには、半世紀続く布フィルターで淹れる路地裏コーヒーのように、懐かしさそのものを売りにする一杯が根強く支持される土壌がある。sữa tươi váng sữaのブームも、一過性の映え狙いだけでなく、この「素朴さへの憧れ」という同じ鉱脈を掘り当てている。
ベトナム土産や食体験を探す日本の旅行者にとっては、屋台グルメの次の一手として覚えておく価値がある。真夏のホーチミンを歩き回ったあと、冷たい生乳の氷に乳皮がとろける一杯は、体を冷やす実利と、写真に残したくなる新しさの両方をくれる。専門店がどこまで定着するかはこれからだが、今この瞬間に現地で味わえるトレンドとして、チェックリストに入れておいて損はない。
