ベトナム北部の港町ハイフォンで、フランス代表FWキリアン・ムバッペにそっくりな顔の店主が営む市場の食堂が、SNS動画をきっかけに一気に話題になりました。バズの発端は2026年6月上旬、客が「ムバッペ、もつ粥を持ち帰りで一杯」と冗談めかして注文する動画。VnExpressなどの報道によると再生数は130万回を超え、ハノイやナムディン、バックザンからわざわざ顔を確かめに来る人まで現れています。ダナンやホイアンほど日本人に知られていないハイフォンですが、ハノイから車で2時間ほど、カットバ島やハロン湾の玄関口でもある街。次の旅で「ちょっと寄り道」する候補として、この一杯を知っておくと面白い夜になります。
市場の夜食堂が、動画1本で行列店に
話題の主はグエン・ヴァン・タインさん、31歳。ハイフォン市トゥーキー郷にあるメップ市場(chợ Mép)で、パートナーのグエン・コン・トゥアンさん(33歳)と夕方だけ開ける食堂を営んでいます。営業は夕方5時から夜10時半ごろまで。昼間は地元の宴会向けの仕出しを手がけ、夜になると市場の一角でもつ粥(cháo lòng)を中心とした郷土の一皿を出す、という下町らしい二毛作のスタイルです。開業は2025年の初め。もともとは市場に来る地元客が通う、ごく普通の食堂でした。
転機は、タインさんが2025年の夏に髪を短く刈り上げたこと。もともと引き締まった輪郭と浅黒い肌立ちだったところに短髪が加わり、「ムバッペに似ている」と客の間で言われるようになりました。誰かが撮った注文シーンの動画がSNSで拡散し、「ベトナムのムバッペ」として一夜にして知られる存在に。今では味そのものより先に、まず店主の顔を目当てに人が集まる状況が生まれています。
ムバッペ本人ではなく「似ている」がバズった理由
タインさんはサッカー選手ではありませんし、ムバッペと血縁があるわけでもありません。似ているのは顔立ち・髪型・肌色で、そこに「高級レストランではなく市場のもつ粥屋」というギャップが効いています。世界的スターの顔で、ベトナムの庶民の一杯をよそう——この落差が動画の面白さの核でした。VnExpressの報道では、2026年のワールドカップシーズンに合わせ、「もしムバッペがベトナムで暮らしたら」というテーマの動画を撮る計画も語られています。サッカー熱が高まる時期と重なったことも、拡散を後押ししました。
ベトナムでは市場の食堂やGrabFoodの店が、ちょっとしたきっかけで一気に注目を集める土壌があります。ネットの投票企画で無名の店が決勝に進む例もあり、街の一杯がバズる速さは日本の比ではありません。1注文=1票で街の食堂が決勝へ進むGrabFoodの企画を見ても、ベトナムの外食文化がいかにSNSと地続きかがわかります。
ハイフォンの「粥文化」を知ると、この店がもっと面白い
タインさんの主力であるもつ粥(cháo lòng)は、豚のモツを煮た出汁で炊く粥で、ベトナム全土にある家庭的な一皿です。ただ、ハイフォンはとりわけ「粥の街」として知られ、地元にはいくつかの名物系統があります。
| 粥の種類 | 特徴 |
|---|---|
| cháo lòng(もつ粥) | 豚モツの出汁で炊く定番。タインさんの店の主力 |
| cháo cay(辛粥) | ハイフォン名物。唐辛子と揚げパン(quẩy)を効かせた港町の味 |
| cháo khoái | 米を細かく挽き、骨付き肉や野菜と炊く緑がかった粥 |
つまり、この店が話題になった背景には「ハイフォン=安くてうまい粥の街」という下地があります。顔目当てで訪れても、結局は地元の粥文化に触れることになる。旅の視点で見ると、バズはあくまで入り口で、本当の目当てはこの街の食のローカルさにあります。
広告を断る店主に、地元客が寄せる声
注目すべきは、タインさんがメディアのコラボ企画や商業広告の依頼を断っている点です。理由は「商品の質でお客さんに残ってもらいたい」というもの。バズを一過性の稼ぎに変えず、あくまで食堂として続けたいという姿勢です。
地元や来店客の反応を報道や現地の声から意訳して並べると、おおむね次のような温度感です。
- 「顔を見に来たつもりが、粥がちゃんとうまくて二度びっくりした」
- 「有名になっても値段も味も変えないのが好感が持てる」
- 「ハノイからわざわざ来た。話のタネにちょうどいい」
賞や名声を前面に出さず、いつもの一杯を守る——この構図は、ベトナムの人気店にしばしば見られます。ミシュランの通知を詐欺と勘違いしたという賞状を飾らないハノイの鶏フォー店のエピソードとも重なり、「名声より日常の味」を選ぶ店主像は、旅先で出会うと妙に記憶に残ります。
日本人旅行者が「寄り道」に組み込むなら
ハイフォンはハノイから東へおよそ100km、車や高速バスで2時間ほど。カットバ島やハロン湾へ抜けるルート上にあるため、「ハノイ+ハロン湾」の旅程に半日足すだけで立ち寄れます。話題の店はトゥーキー郷のメップ市場という、観光地図には載らない地元の市場。夕方5時以降しか開かないので、昼に市内観光、夕方に市場の粥、という組み立てが現実的です。
市場食堂は現金主義のことが多く、値段は数万ドン単位のごく庶民的な水準。1万ドンはおおよそ数十円(1円≒165VND前後、為替は変動します)で、財布より先に「行き方」を押さえておくのが安心です。SNSでバズった店は入れ替わりも早いため、訪ねる前に最新の営業状況を確認しておくと空振りを避けられます。この手の「TikTok発でバズった一皿」を旅先で追う楽しみ方については、フエの揚げ餅バインラムイットが北米でバズった例も参考になります。
バズは入り口、街の食が本題
ムバッペ似の店主という話題は確かにキャッチーですが、旅の実利で見れば「ハイフォンの粥文化に触れるきっかけ」として使うのが一番です。顔を確かめるついでに、もつ粥や辛粥という港町の味を知る。広告を断ってまで味を守る店主の一杯を、話のネタと実際の満足の両方で持ち帰る——そんな寄り道が組めます。
次にハノイ・ハロン湾方面を旅するなら、半日をハイフォンに割り当ててみてください。市場の夜食堂で粥を一杯すすり、店主の顔をそっと確かめる。それだけで、ガイドブックには載らない「その時期だけの街の空気」を味わえます。まずは訪問前に、店の最新の営業時間と場所をSNSで確認することから始めるのがおすすめです。
