シンガポールで「漢方薬局の奥に隠れたレストラン」として知られる人気店のシェフが、サイゴン(ホーチミン市)で一夜限りの特別ディナーを開いた。手がけたのはシンガポール人シェフのEzekiel Tan氏。会場はホーチミン市1区のアートホテル内にあるレストラン「Únu(ウヌ)」で、テーマは「食で癒す」ウェルネスダイニングだ(2026年6月28日報道)。漢方の発想と東南アジアの食材を掛け合わせる料理は、薬膳や発酵に関心が高まる日本の食好きにとっても発見が多い。この一夜が投げかけた「二都市の食文化の対話」を読み解いてみたい。
漢方薬局の奥から来たシェフ、サイゴンで腕をふるう
Tan氏はシンガポール・サンテックシティにある「Synthesis(シンセシス)」のヘッドシェフだ。この店は表向き伝統的な漢方薬局の店構えで、生薬の引き出しが並ぶ棚の奥に、モダンなレストランとカクテルバーが隠れている。伝統中国医学(TCM)の考え方を料理とドリンクに落とし込む、シンガポールでも異色の店として知られる。
そのシェフが今回サイゴンで掲げたテーマが「シンガポールの食の遺産をたどる、癒しの料理の旅」。Tan氏は「食は人を癒し、養い、つなぐもの」と語り、シンガポールの多文化な食の記憶を現代の技法で再構成する姿勢を「Back to the Roots(源に還る)」と表現している。過去のレシピをそのまま守るのではなく、ハーブや香辛料に宿る「体を養う知恵」を出発点に新しい一皿を組み立てる、という考え方だ。
会場は「アートで味わうレストラン」Únu
迎えた会場のÚnuも、料理をアートの延長線上に置くことで知られる店だ。ホーチミン市1区、アートをテーマにしたブティックホテル「Anima Saigon」の1階とメザニン階に入っており、「Flavors Nourished by Art(アートに育まれた味)」を掲げている。地元の旬の食材と各地の食の記憶を、国際的な感性で仕立て直す方向性は、Tan氏の「Back to the Roots」と重なる部分が多い。
薬膳の発想を持つシンガポールのシェフと、アートを軸にするサイゴンのレストラン。出自の異なる二つの店が組むこと自体が、この一夜を「意外な業態同士の対話」にしている。単発のゲストシェフイベントという業態は、サイゴンのファインダイニングでは近年増えている手法で、旅行者にとっては「その日その場所でしか食べられない」希少な体験になる。
皿の上で出会う、漢方・東南アジア・中華の要素
コースには、Tan氏らしい越境的な一皿が並んだ。インド発祥のストリートフード「パニプリ」にイベリコ豚を合わせ、豆板醤と花椒の痺れる辛さ(マーラー)をきかせた前菜。生姜とねぎのソース(姜葱)をまとわせ、体を養うバランスを意識したというアンガスビーフ。そしてデザートには、雪梨(シュエリー)・白キクラゲ・なつめを組み合わせ、龍眼(ロンガン)のジェラートを添えた一品が用意された。
雪梨・白キクラゲ・なつめの組み合わせは、中華圏で「潤いを補う」定番のデザート素材として親しまれてきた顔ぶれだ。それをジェラートというモダンな形に落とし込むあたりに、伝統を出発点に現代へ翻訳するTan氏の手つきがよく表れている。インド、中華、そして東南アジアの要素が一皿ごとに切り替わる構成は、多民族国家シンガポールの食の記憶をそのまま映している。
「食で癒す」というテーマが今、東南アジアで響く理由
ベトナム語の記事タイトルにも使われた「ẩm thực chữa lành(食で癒す)」という言葉は、ここ数年の東南アジアの外食シーンでよく聞くキーワードになっている。派手なごちそうよりも、体をいたわり、心を落ち着かせる食体験に価値を見いだす流れだ。漢方の知恵を下敷きにしたTan氏の料理は、この空気にちょうど合っている。
日本の食好きから見ると、この動きは決して遠い話ではない。日本でも薬膳や発酵、体質に合わせた食事への関心は根強い。ハイランズコーヒー1000号店のように大衆的なチェーンが拡大する一方で、こうした少人数向けの「意味のある一皿」を売る店が同時に伸びているのが、いまのベトナム外食の面白さだ。旅の中で片方だけでなく両極を味わうと、この国の食の幅が立体的に見えてくる。
サイゴンで「ゲストシェフの夜」を楽しむための実用メモ
この種のコラボディナーは日程・席数ともに限られる。訪ねる際は、店の公式SNSやホテルのイベント情報を出発前に確認し、コース料理は事前予約が基本と考えておきたい。Únuが入るAnima Saigonは1区の中心部にあり、市内主要スポットからタクシーやバスで動きやすい立地だ。会場までの足として、7月から無料化されたホーチミンの路線バスを組み合わせれば、移動のコストを抑えつつ1区周辺をまわれる。
単発イベントは終了後に別のコースへ切り替わることが多いため、同じメニューを後日食べられるとは限らない。それでもÚnu自体は通年営業しており、アートを軸にしたカクテルと料理は普段でも楽しめる。「あの一夜」に間に合わなくても、店の世界観は十分に味わえるので、サイゴンで少し特別な食事をしたい旅行者の選択肢に入れておく価値がある。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ゲストシェフ | Ezekiel Tan(シンガポール「Synthesis」ヘッドシェフ) |
| テーマ | シンガポールの食の遺産をたどるウェルネスディナー(食で癒す) |
| 会場 | Únu Cocktails & Eatery(ホーチミン市1区・Anima Saigon内) |
| 料理の特徴 | 漢方の発想 × 東南アジア・中華・インドの食材を横断 |
| 報道日 | 2026年6月28日 |
よくある質問
ゲストシェフのディナーは、いつ行っても食べられますか?
今回のTan氏によるディナーは一夜限りの特別イベントで、常設メニューではありません。同種のコラボは日程・席数が限られるため、店やホテルの公式SNSで最新情報を確認し、事前予約をおすすめします。イベント期間外でもÚnu自体は通常営業しています。
会場のÚnuはどこにありますか?
ホーチミン市1区の中心部、アートをテーマにしたブティックホテル「Anima Saigon」の1階とメザニン階にあります。市内主要スポットからアクセスしやすい立地です。
「食で癒す(ウェルネスダイニング)」とはどんな料理ですか?
体をいたわることを意識した食の考え方で、今回はシンガポールの漢方(伝統中国医学)の発想を下敷きに、東南アジアや中華の食材を組み合わせた料理が提供されました。派手さより、素材の背景や食後の心地よさを大切にするのが特徴です。
参照元
Thanh Nien: Ẩm thực ‘chữa lành’: Hành trình từ di sản Singapore đến TP.HCM
