ホーチミン市の中心からサイゴン川を渡った東側に、観光客の多くが素通りする静かなエリアがある。タオディエン(Thao Dien)だ。並木道沿いに個人経営のカフェ・ブティック・ギャラリーが点在し、外国人居住者や若い家族、アーティストが集まる。喧噪のサイゴンとは別の時間が流れる「もう一つのサイゴン」として、滞在先・散策先の新定番になりつつある。
川向こうの「静かなサイゴン」
タオディエンは旧2区(現トゥードゥック市)に位置し、ホーチミン中心部の慌ただしさとは対照的に、西洋の郊外を思わせるゆったりとした空気をまとう。国際学校、欧米系レストラン、緑の多い通り、川沿いのアパートが揃い、欧米系の駐在家族に最も人気の居住エリアとして知られてきた。2024年12月に開業したサイゴンのメトロにタオディエン駅があり、中心部からのアクセスも改善した。
1区の個性派カフェとはまた違う、住宅街に溶け込んだ店の数々がこのエリアの魅力だ。
カフェ:路地と古い建物に潜む名店
スペシャルティコーヒーの先駆けとして知られるThe Workshop Coffeeは、古いアパートの一室にあり、通りの喧噪から切り離された空間でベトナム産豆のプアオーバーが味わえる。フエのコーヒー文化を持ち込んだHue Cafe Roastery、1970年代のヴィラを改装した川沿いのSatsuma Houseなど、建物そのものに物語がある店が多い。ダラットの天空カフェのような景観型とは対照的に、ここは「住む街のカフェ」の密度で勝負する。
ブティックとギャラリー
タオディエン市場周辺の路地には、個人経営の小さなファッション店・雑貨店・ライフスタイルショップが集まる。リネンの服、手作りのアクセサリー、陶器やラタンの工芸品が並び、地元デザイナーの作品が手に入る。100を超えるベトナム人デザイナー・小ブランドを扱うブティックOh Quaoや、フレンチヴィラの中庭に13のカフェ・レストラン・ショップが集まるSaigon Conceptなど、滞在型の複合スポットも増えている。
| スポット | タイプ | 特徴 |
|---|---|---|
| The Workshop Coffee | カフェ | スペシャルティの先駆け・古アパートの一室 |
| Satsuma House | カフェバー | 1970年代ヴィラ改装・川沿いの庭 |
| Oh Quao | ブティック | ベトナム人デザイナー100超を扱う |
| Saigon Concept | 複合施設 | フレンチヴィラに13店舗 |
| The Factory | ギャラリー | 現代美術の展示拠点 |
アートと体験
創作の街としての顔もある。現代美術のThe Factory Contemporary Arts Centre、Vin Galleryなどのギャラリーが点在し、ロッククライミングやトランポリンを楽しめるSaigon Outcastのような遊び場もある。買い物・カフェ・アートを1日で回遊できる密度が、このエリアならではの過ごし方を生んでいる。
「世界で最もクールな街」評価も
タオディエンは2025年7月にアンカイン区へ行政上は統合されたが、地名としてのブランドは健在で、海外メディアから「世界で最もクールな地区」の一つに挙げられたこともある。外国人コミュニティが育てた飲食・小売の層と、ベトナムの若い世代の感性が混ざり合うことで、「観光地化されすぎていない居心地のよさ」が保たれている。路地の小さなカフェに通うような滞在が似合う街だ。
日本の旅行者への影響
定番の1区・ベンタイン市場周辺に偏りがちな日本人の旅程に対し、タオディエンは「もう1泊延ばす理由」になる。ローカルデザイナーの雑貨や、住宅街の個人店でのコーヒーは、量産的な土産とは違う体験を提供する。家族連れや、二度目以降のホーチミン訪問者にとって、落ち着いた滞在先として有力な選択肢だ。
まとめ
サイゴン川を渡るだけで、街のテンポは大きく変わる。タオディエンは、観光名所を急ぎ足で回る旅とは別の、「住むように過ごす」サイゴンを提案する。並木道のカフェ、地元デザイナーのブティック、ヴィラのギャラリー──次のホーチミン滞在で、川向こうの一日を組み込んでみる価値がある。
