屋台料理に惚れたシンガポール人がミシュランを獲った話

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ホーチミン市の路地裏の屋台に通い詰めたシンガポール人シェフが、その味を磨き上げてミシュランの栄誉を手にした。2026年版『ミシュランガイド・ベトナム』で、Chris Fong氏率いる「NÔM Dining」がベトナムで初めて贈られた年間最優秀新店賞「Opening of the Year(年間最優秀新店)」を受賞したのだ。星の数や老舗の格付けではなく、外から来た料理人がベトナムの屋台文化を再構築した点が評価された——この事実は、ホーチミン市で次の一軒を探す日本人旅行者にとっても、現地の食文化に関わろうとする日本企業にとっても示唆に富む。

目次

外国人シェフが屋台の味でミシュランを獲った

受賞したのはホーチミン市タンディン坊の「NÔM Dining」。シンガポール出身のChris Fong氏が手がける店で、料理はすべてベトナムの屋台料理から着想を得ている。Fong氏はこれまで日本・中国・シンガポールで腕を磨いてきた経歴を持ち、母の家庭料理が自身の料理観の原点だと語っている。店を始めたきっかけは、ホーチミン市の屋台で出会った味への純粋な惚れ込みだった。

店名の「NÔM」は、かつてベトナム語を書き記すために使われた表語文字「チュノム(字喃)」に由来する。漢字をもとにベトナム独自の語を表現するために生まれた文字で、Fong氏はこの名に「創造性と、明確なアイデンティティを築きたいという志」を込めたと説明する。外国人でありながら、ベトナム固有の文化記号をあえて店の核に据えた選択は、受賞理由ともきれいに重なる。

「Opening of the Year」とは何か

ミシュランの「Opening of the Year」は、過去12か月以内に開業した飲食店のうち、創造的なコース構成と、現地の食シーンに影響を与えた料理アプローチを示したチームに贈られる賞だ。星の数とは別軸で「この一年で最も注目すべき新規開業」を選ぶもので、ベトナムではNÔMが初の受賞店となった。

審査側がNÔMで評価したのは、ベトナムの食の遺産を体験として再構成した点だ。各フロアがベトナムの地域を表し、コースは北部から中部へと食を巡り、最後に南部に着想を得たデザートで締める構成だという。伝統工芸の「ミニ博物館」を店内に配し、料理と物語を一体化させた没入型の設計が、屋台料理の素朴さを現代のファインダイニングへと引き上げている。

数字で見る2026年版ミシュラン・ベトナム

NÔMの受賞は、ベトナムのミシュランが厚みを増した節目の年に出た。2026年版の主な数字は以下の通り。いずれも複数の公開情報で裏が取れたものに絞った。

区分 2026年版の数
一つ星レストラン 11軒(うち新規2軒)
ビブグルマン 72軒(うち新規11軒)
グリーンスター 3軒(うち新規1軒)
セレクテッド掲載 110軒(うち新規9軒)
対象都市 ハノイ・ホーチミン市・ダナン

一つ星11軒は、2023年にベトナム版ミシュランが始まって以来の最多だという。星付きが二つ星・三つ星に届かない一方で、掲載総数とビブグルマンの裾野が広がっている点に、この国の外食シーンの現在地が表れている。背伸びした最高峰を競うより、「日常的に通える実力店」と「物語性のある新店」が同時に育つ局面に入ったということだ。

NÔMの客層が示す手応え

注目したいのは客層だ。元記事によれば、NÔMの来店客のうちベトナム人が3〜3.5割を占め、時に4割に達することもあるという。外国人観光客向けの「ベトナム風ファインダイニング」は珍しくないが、地元客が一定の割合で支持する店は本物とみなされやすい。屋台料理を出自とする店を、その味を知り尽くした地元客が選ぶこと自体が、再構築の説得力を裏づけている。

現地と業界の受け止めを整理すると、おおむね三つの論点に集約される。第一に、外国人シェフがベトナムの食文化を「消費」するのではなく「深掘り」して評価された前例ができたこと。第二に、チュノムや地域別フロアといった文化資源を体験設計に落とし込む手法が、ファインダイニングの新しい型として参照され始めていること。第三に、屋台という最も身近な食が、世界的なガイドの評価対象になり得ると示したことだ。Fong氏自身は、オーストラリアでベトナム料理店を営む知人から受けた「大事なのはどこから来たかではなく、どこへ行きたいかだ」という助言を繰り返し語っている。出自を問わず現地文化に踏み込む姿勢が、結果として評価につながった形だ。

日本人旅行者・日本企業への示唆

旅行者にとってのNÔMは「ホーチミン市で予約すべき新店」として明確に位置づけられる。屋台料理を出発点にしているため、ベトナム料理を一度は食べたことがある人ほど、見慣れた一皿がどう作り変えられているかという驚きを楽しめる。フォーや家庭料理を素朴な形で味わいたいなら、ハノイの洋館レストランを扱ったNgon洋館の記事や、鶏フォーの一杯を掘り下げたフエ系鶏フォーの記事と読み比べると、「素朴な屋台の味」と「再構築されたコース」の両端が見えてくる。家庭の味そのものを求める人には、サイゴンの家庭料理店を扱った家庭料理店の記事も補完になる。

日本企業にとっての含意はもう一段広い。外国人が現地の食文化を磨いて高評価を得た事例は、ベトナム市場で食に関わる際の姿勢を示している。テンプレート的な「日本式」や「高級路線」を持ち込むより、現地の素材・調理・文化記号を起点に据えて再構築する方が、地元客にも評価機関にも届く可能性が高い。OEMや商品開発でベトナム素材を扱う場合も、産地や調理文化の文脈をどう活かすかが差別化の核になる。

外食市場への波及

NÔMの受賞は、ベトナムの外食産業に二つの方向の刺激を与える。ひとつは、屋台・大衆食という自国の資産を磨けば世界の評価軸に乗せられるという確信だ。ビブグルマンが72軒まで広がった事実と合わせれば、「高級化」だけでなく「身近な食の精緻化」が成長エンジンになり得ると分かる。もうひとつは、外国人シェフ・投資家の参入を後押しする効果だ。出自を問わず現地文化への理解が評価されるなら、シンガポールや日本を含む域内の料理人にとってホーチミン市は挑戦に値する舞台になる。

NÔM Diningの実用情報

  • 所在地: ホーチミン市タンディン坊 Tran Nhat Duat通り53番地
  • 営業: 火〜日 17:00〜23:00(最終入店20:00ごろ)、月曜定休
  • 予約: 公式サイトの予約リンク、または電話(+84 375 302 053)から。コース中心の没入型ダイニングのため事前予約が無難
  • コンセプト: 各フロアがベトナムの地域を表し、北部から中部・南部へと食を巡る構成。伝統工芸の展示を組み合わせた体験型

価格帯は公開情報で確定できなかったため記載していない。訪問前に公式サイトと予約画面で最新の営業時間・料金を確認してほしい。

まとめ:次にとるべき一手

NÔM Diningの受賞は、ベトナムの食が「珍しい発見」から「自信のある目的地」へと移った象徴だ。ホーチミン市を訪れる予定があるなら、屋台で食べ慣れた一皿がどう再構築されているかを確かめに、コースの予約を一度入れてみる価値がある。日本側で食ビジネスに関わるなら、この事例を「現地文化を起点に再構築する」発想の参考材料として、自社の商品やサービスに当てはめて点検してみてほしい。屋台の味から始まった一軒が示したのは、出自よりも現地への踏み込みの深さが評価を決めるという、シンプルで再現性のある教訓だ。

参照元

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この記事を書いた人

ベトナム・ホーチミン在住3年目|旅行で来るだけでは知ることができない、現地にいるからこそわかるローカル情報を中心に発信していければと思いベトナム旅行の専門情報サイトを立ち上げました。

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