ハノイ中心部から西へ、トゥイ・クエ通り29番地の細い路地に、一皿15,000ドン——日本円でおよそ89円のバインクオンを出す夫婦がいる。妻は路地の入口近く、夫はさらに奥へ入った自宅前で、それぞれ蒸し器を構える。VnExpressが2026年9月10日に伝えたこの店は毎朝6時に開き、7時から8時半に客が集中する。同じ一皿が30,000ドン前後で出ることも多いハノイで、半額に近い値段がなぜ話題になるのか。旅行者が路地を一本奥へ進む値打ちと、食を売る側が受け取れる視点を合わせて掘り下げる。
妻は入口、夫は奥。二つの台で蒸す夫婦のバインクオン
切り盛りするのは、妻のグエン・ティ・トゥ・ハーさん(61歳)と夫のファム・ヴァン・チンさん(65歳)。バインクオンはチンさんの母が1950年代にラフォー坂(đầu dốc La Pho)で始めた一家の商売で、二人が1980年代半ばに引き継いだ。VnExpressはこの一家のバインクオンを「70年」と紹介する。いまはトゥイ・クエ29番地の路地に店を構え、ハーさんが入口から約50メートルの小さな台で、チンさんがさらに100メートルほど奥へ入った自宅前で、それぞれ蒸している。一軒の看板というより、夫婦が路地の二か所で受け持つ形だ。
バインクオンは、水で溶いた米粉の生地を、蒸し器に張った白い布の上へ薄く広げ、火が通ったところを細い竹の棒ですくって巻く。芯に入るのは、ハーさんが自ら炒めた豚肉ときくらげ。夫婦は毎朝4時に起きて仕込みにかかり、6時に店を開ける。機械を使わず、布と竹の棒だけで一枚ずつ蒸す手仕事が、この店の朝を回している。
なぜ15,000ドンで出せるのか
VnExpressは、伝統的なバインクオン一皿が15,000ドン、つけ合わせのチャー(豚肉のすり身を使った練り物)が5,000ドンと伝える。ハノイでは同じ一皿が30,000ドン前後で出ることが多く、記事はこの店を「ハノイで最も安い部類」と位置づける。ただし、なぜここまで安いのかを記事は説明していない。値段の背景は、店の作り方と客層から読み解くしかない。
雇わず、夫婦二人で仕込む商売
はっきりしているのは、仕入れから仕込み、蒸し、盛り付けまでを夫婦二人でこなしていることだ。人を雇わず、路地裏の小さな台で商う。広い客席や目立つ立地を持たないぶん、外へ払う費用は少ないと考えるのが自然だろう。もっとも、家賃も原価も利益率も公開されていない以上、「安さの内訳」を数字で断定はできない。ここでは、雇用と立地を絞った家族経営が低価格と両立している、という事実だけを押さえておきたい。
客の約7割が常連という土台
チンさんは「客の7割ほどが常連で、ほぼ全員の顔を覚えている」と語る。毎朝決まった顔ぶれが通う商売は、一見客を広く集める店とは値づけの前提が違う。安さが常連を呼んだのか、常連がいるから安く保てるのか、その因果はデータなしには決められない。それでも、価格と固定客が並び立っている点は、値段を客寄せの演出としてだけ見ないための手がかりになる。
相場30,000ドンのハノイで、89円の一皿はどう映るか
金額を円に置き換えると、この店の位置づけが見えやすい。為替は2026年9月10日時点の1円=約168ドンで計算した。
| 品目 | 価格(ドン) | 円換算(約) |
|---|---|---|
| バインクオン一皿 | 15,000 | 89円 |
| チャー(つけ合わせ) | 5,000 | 30円 |
| ハノイの一般的な相場 | 約30,000 | 約179円 |
日本の感覚では、朝食の一皿が100円を切る。外食の値ごろ感を測るとき、ハノイの暮らしのコストも一様ではない。たとえば9月には家庭用ガスが再び値上がりし、自炊のコストは上がった(9月から家庭用ガスがまた上がった)。同じ都市で暮らしまわりのコストが動くなかでも15,000ドンの一皿が成り立つことが、この店を目立たせている。
日本の飲食店や食品メーカーは何を受け取れるか
この一皿から引き出せるのは、「安くて旨い」という話にとどまらない。手間を省かずに低価格を成り立たせ、固定客との関係で商いを回している点だ。ここから先は店の事情そのものではなく、日本の作り手が自分の現場に置き換えたときの視点として読んでほしい。
安さを「値引き」ではなく「関係」で考える
日本の外食や食品づくりでも、原価が上がるたびに値上げか量目削減かで悩む場面は多い。この店のように固定客の比率が高ければ、誰にどれだけの頻度で買ってもらうかを見通しやすい。新規客を追う前に、通ってくれる人の顔を覚える——規模はまるで違っても、価格を数字合わせにしない発想のヒントにはなる。
手仕事を隠さず見せる
布と竹の棒で一枚ずつ蒸す工程は、効率だけを見れば機械化の対象になる。それでも客が路地の奥まで通うのを見ると、手作業を見せること自体が味と信用の説明になっているとわかる。日本の生産者や乾燥野菜・食品加工の現場でも、手間のかかる工程を隠さず伝えることは、価格の納得感につながりうる。安さと丁寧さは両立し得る、という一例として読める。
常連とレビューは店をどう見ているか
店の評判は、点数と声の両面に残る。VnExpressが紹介したGoogleの評価は、報道時点で5点満点の4.7。口コミでは値段に対する満足が高い一方、空間の狭さとアクセスの不便さを挙げる声もあるという。
- Googleの口コミでは、値段に対する満足度の高さが評価の中心になっている。
- 一方で、路地裏で場所が分かりにくく、席が狭いという不便さを挙げる声もある。
- 点数は報道時点のもので、口コミの数や時期によって上下する余地がある。
値段への満足と、狭さ・アクセスへの不満が同じ口コミに同居している点で、味だけの評判に偏っていない。弱点を抱えたまま高い点数が付くのは、価格と味への満足がそれを上回っているからだろう。
トゥイ・クエ29番地への行き方と注文のコツ
路地裏にあり、番地だけでは台にたどり着きにくい。入口側の台が妻のハーさん、100メートルほど奥が夫のチンさんと覚えておくと迷いにくい。混雑を避けるなら、開店直後の6時台か、ピークが引ける9時前後が動きやすい。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場所 | トゥイ・クエ通り29番地の路地(Ngõ 29 Thụy Khuê、ハノイ) |
| 売り場 | 入口から約50m=妻ハーさん/さらに約100m奥=夫チンさん |
| 営業時間 | 毎日 6:00〜11:00または12:00 |
| 混雑する時間 | 7:00〜8:30 |
| 目安の会計 | バインクオン15,000ドン+チャー5,000ドン(約119円) |
| Google評価 | 4.7 / 5(報道時点) |
朝食を一軒で終えず、食べ歩きの起点にする手もある。国慶節の朝に老舗とミシュラン店へ行列が伸びたハノイのフォー巡り(ハノイのフォー、国慶節の朝に老舗とミシュラン店へ列が伸びた)は特別な日の混雑を描いた記事だが、路地の安い一皿と名店の一杯を読み比べる材料になる。値段の対極を知りたいなら、屋台の何倍もの値でも行列が続くサイゴンの鉄板バインミー(サイゴンで2030円の鉄板バインミー)と並べると、ベトナムの外食が「安さ」と「付加価値」の両端に広がっているのが見えてくる。
次にハノイの朝、路地を一本入ってみる
15,000ドンのバインクオンは、値段の安さだけで語れる店ではない。1950年代から続く一家の手仕事と、顔の見える常連との関係が、円にして89円の一皿を支えている。ハノイで朝を迎える機会があれば、大通りの店に入る前に、トゥイ・クエ29番地の路地をのぞいてみたい。入口の台で一皿を頼み、チャーを添えても約119円。旅の初日の朝食を、ここから始める手はある。
参照元:
VnExpress「Hàng bánh cuốn vợ chồng bán giá 15.000 đồng trong ngõ ở Hà Nội」(2026年9月10日)VnExpress記事
為替レート:exchangerate-api(1円=約168ドン、2026年9月10日時点)
