ベトナム南部の沖合、ホーチミンから飛行機で1時間ほどのコンダオ諸島に、夜だけ姿を見せる浜がある。母ウミガメが砂に上がって卵を産み、レンジャーの案内で数メートル先からそれを見守る。舞台となるバイカン島は、コンダオ国立公園のなかで最も多くのウミガメが産卵に集まる場所だ。ホーチミンを起点にしたコンダオやタイニンへの足を延ばす旅が広がるなか、この島の夜は季節を選ぶ希少な体験として知られている。
バイカン島に年600〜900匹のウミガメが産卵に上陸する
バイカン島は、コンダオ諸島を構成する16の島のうち2番目に大きい683ヘクタールの島だ。手つかずのサンゴ礁とマングローブに囲まれ、島の周囲にはウミガメが卵を産みに来る砂浜が点在する。国立公園によると、この島には毎年600〜900匹のウミガメが産卵のために戻り、多い年には1,000匹に達する。一晩のうちに最大30匹が浜に上がることもある。
島内で産卵が確認される浜はいくつかあり、900メートルにおよぶ砂州のカットロン浜、シーメン浜、サン浜が主な上陸地になっている。国立公園内には14か所の産卵地があるが、そのなかでバイカン島の上陸数が最も多い。
産卵シーズンは4月から9月、夏から初秋に集中する
ウミガメが浜に上がるのは4月から9月にかけて。水温が上がるこの時期に産卵が集中し、夜になると母ガメが砂を掘って卵を埋め、明け方までに海へ戻っていく。逆に言えば、この数か月を外すと産卵の場面には立ち会えない。8月31日に公開された現地の記録も、夏の盛りに浜が最もにぎわう様子を伝えている。
産卵は夜間に行われるため、観察は日没後から深夜、時に明け方までかかる。母ガメがいつ、どの浜に上がるかは決まっておらず、その日の潮や天候に左右される。何時間も浜で待って、ようやく一匹に出会えることもある。
夜のウミガメ観察は国立公園のレンジャーが案内する
この体験は自由に浜へ立ち入って見るものではなく、コンダオ国立公園の管理下で行われる。参加者はレンジャーに引率されて浜に入り、産卵の手順や保護の取り組み、観察中に守るべきことの説明を受ける。ウミガメの生態を知る職員が同行することで、母ガメを刺激せずに産卵を見守れる仕組みだ。
現地のツアーは夕方に船で島へ渡り、レンジャーの詰所で夕食をとってから夜の観察に入る流れが一般的だ。産卵を待つ間には、暗がりに現れる島固有のカニを探す夜の散策や、翌朝の子ガメの放流が組み合わされることもある。国立公園は保護と教育を兼ねてこの体験を運営しており、単なる見物ではなく保全活動の一部に加わる位置づけになっている。
島に泊まって観察する、宿泊は1日50人まで
産卵が夜から明け方に及ぶため、観察には島での宿泊がともなう。国立公園はバイカン島に泊まれる人数を1日50人に制限している。浜の環境と母ガメへの負担を抑えるための上限で、シーズン中は早くに埋まる。
宿泊といっても、島にあるのはレンジャーの詰所を中心とした簡素な設備だ。快適なホテルを期待して行く場所ではなく、自然のなかで一晩を過ごす前提で準備したい。参加枠が限られているぶん、日程が決まったら早めにコンダオ国立公園へ問い合わせて予約を押さえるのが現実的だ。
守るべきルールは低い声・白色光の消灯・距離を保つこと
母ウミガメは光と音にとても敏感で、産卵の途中で驚くと海へ引き返してしまう。国立公園は観察者に、声を落とすこと、白色のライトを消すこと、カメラのフラッシュを使わないこと、そして敬意ある距離を保つことを求めている。
スマートフォンの画面の明かりや懐中電灯も、母ガメの妨げになる。写真を撮りたくても、産卵に集中している間はフラッシュを切り、レンジャーの指示に従う。こうしたルールは観察の質を落とすためではなく、翌年もこの浜に卵が戻ってくるための約束事だ。旅行者一人ひとりの振る舞いが、産卵地の未来に直結している。
子ガメの放流と、産卵地を守る保護活動
コンダオ国立公園は、産卵の観察だけでなく卵と子ガメの保護にも力を入れている。2016年から2025年までの間に、20,800を超える巣が救出されて無事にふ化し、多くの子ガメが海へ戻された。浜に産み落とされた卵を安全な場所へ移し、ふ化した子ガメを海へ送り出す地道な作業の積み重ねだ。
放流の取り組みは今も続いており、2018年からのふ化事業でアオウミガメ3.5万匹超を放流した節目も伝えられている。国立公園は国際自然保護連合(IUCN)と連携しながら、産卵地としての価値を守り続けている。旅行者が夜の浜で見る一匹の母ガメの背後には、こうした長い保全の流れがある。
日本人旅行者のための時期・申込・持ち物
まず時期を合わせること。産卵を見られるのは4月から9月に限られ、それ以外の月に訪れても浜に母ガメは上がらない。夏休みや9月の連休を利用するなら、ちょうどシーズンの後半にあたる。
申込は、宿泊枠が1日50人と限られているため早めに動きたい。コンダオ国立公園への問い合わせや、島の観察を組み込んだ現地ツアーを通じて予約する形になる。持ち物は、赤色ライト(白色は不可)、虫除け、歩きやすい靴、長時間浜で待つための羽織るもの、そして雨具。夜の浜は思いのほか冷え、蚊も多い。
- 時期:4〜9月の産卵シーズンに合わせる
- 申込:宿泊枠は1日50人。国立公園または現地ツアーで早めに予約
- 光:フラッシュと白色ライトは禁止。赤色ライトを用意
- 装備:虫除け・雨具・歩きやすい靴・薄手の上着
- 心構え:産卵は自然次第。会えない夜もあると理解しておく
コンダオへの行き方と、合わせて訪れたい島の楽しみ
コンダオへはホーチミンなどから飛行機で渡るのが一般的で、離島ならではの静けさが残る。かつて流刑地だった歴史を持ち、島には旧監獄跡や国立公園の森が広がる。ウミガメの夜と昼の島歩きを組み合わせれば、1泊2泊の旅が組み立てやすい。
食の面でも島ならではの海の幸が待っている。朝市や漁村で味わうコンダオ島の珍しい海鮮は、観光地の相場より手ごろに楽しめることが多い。夜は浜でウミガメを見守り、昼は森と海を歩き、朝は市場で魚を食べる。季節を選んでこそ味わえるこの島の時間は、ベトナム旅行のなかでも記憶に残る数日になる。
