夜のベトナム南部を飛行機で越えると、真っ暗な大地に無数の光の粒が浮かび、格子や渦の模様を描く。街灯でもイルミネーションでもない。正体はドラゴンフルーツ畑だ。省をまたいで広がるこの光景は海外メディアや旅行者の空撮で拡散し、ベトナムは「世界のドラゴンフルーツ首都」と呼ばれるようになった。その中心が、ファンティエットを抱える南部のビントゥアンである。
ムイネーの砂丘やビーチを目当てに南部を旅する人にとって、光る果樹園は海と砂に次ぐ第三の目的地になりつつある。なぜ畑が夜に光るのかを知ると、車窓の眺めが一変する。これはリゾートの飾りではなく、一年中実を採るための農法そのものだ。
なぜ畑は夜に光るのか
ドラゴンフルーツはサボテン科の植物で、放っておけば結実は雨季の5〜10月に集中する。日が長い季節にしか花をつけないためだ。農家はこの性質を逆手に取り、日没後の畑に電球を灯して「まだ夏だ」と株に錯覚させる。ビントゥアン省農業局副局長のファン・ヴァン・タン氏によれば、この照明で一つの畑から年に2〜3回の追加開花を引き出せる。収穫が雨季偏重から通年へ変わり、輸出や国内出荷を平準化できる。夜の光は観賞用ではなく、収益を左右する設備なのだ。
「首都」と呼ばれる産地の規模
数字にすると位置づけがはっきりする。ベトナム全体のドラゴンフルーツ年産は約100万トンで、生産国として世界を主導する。省別ではビントゥアンが突出し、タン氏は栽培面積を約2万7千ヘクタール、年産を50万トン超と説明する。栽培はハムトゥアンナム、ハムトゥアンバック、バックビンの各県に広がる。中国が最大の輸出先で、米国も供給の多くをベトナムやその周辺国に頼っている。通年で採れることは価格の面でも効く。他産地の実りが薄い時期に出荷できれば単価は上向きやすく、夜の電気代を上回る収益が見込めるからこそ、農家は畑を光らせ続ける。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| ベトナム全体の年産 | 約100万トン |
| ビントゥアン省の栽培面積 | 約2万7千ヘクタール |
| ビントゥアン省の年産 | 50万トン超 |
各数値は現地当局者の説明とVnExpressの報道に基づく概算。省の統計は年により幅がある。
1990年の偶然が変えた農法
この照明農法は計画されたものではない。1990年ごろ、ある農家が飼っていたアヒル小屋の近くで、明かりに照らされた株が季節外れに花をつけたことに気づいたのが発端とされる。以後、農家は白熱球から蛍光灯、そして消費電力の小さいLEDへと灯りを替えながら技術を磨いてきた。2023年9月には、旅行者ブラッド・スチュワート氏の空撮動画が1400万回以上再生され、この夜景が世界に知られるきっかけになった。
旅行者は光る畑をどう旅に組み込めるか
ビントゥアンはファンティエットとムイネーという海のリゾートを抱える。昼は砂丘やビーチ、夕方から夜に果樹園という組み立てが自然だ。同じハムトゥアンナム県の海沿いには120年の歴史を持つケガー灯台もあり、灯台と果樹園を一日でつなぐ小旅行が成り立つ。農園観光そのものは南部で珍しくない。メコンデルタのバクリウでは樹齢100年超の龍眼園を観光農園に整えた例があり、果樹と観光を結ぶ流れは各地に広がっている。ドラゴンフルーツ畑の強みは、収穫体験に「夜に光る」という他にない絵が加わることだ。
期待の擦り合わせも要る。あの空撮の模様は広大な産地一帯に畑が連なる眺めで、柵で囲われた一つの観光施設ではない。地上で立てば、見えるのは畝に沿って延々と並ぶ電球の列だ。上空の幾何学模様と地上の一株ずつの灯りは同じものの表と裏で、その落差を体感できるのがこの場所の面白さになる。テーマパーク的な演出を求めると拍子抜けするが、農業の現場に立つ旅として受け止めれば深く刺さる。
見学の実用メモ
- 場所: ハムトゥアンナム県ハムミー社の農園が見学を受け入れている。ムイネー/ファンティエット中心部から約30km。
- 時間帯: 光が主役なので日没後が狙い目。空撮の幾何学模様は上空からで、地上では畑を歩いて灯りの列に立つ体験になる。
- 季節: 照明はおおむね乾季に集中する。訪問前に農園へ点灯の有無を確認したい。
- 足: ファンティエットやムイネーを拠点にタクシーやバイクタクシーで向かう。夜間は帰りの車を先に手配しておく。
- あわせて: 果物狩りや産地の熱気が目当てなら、ダクラクのドリアン祭のようなイベントも南部・中部高原の選択肢になる。
まとめ
光る畑は写真映えのためではなく、通年出荷を支える農法の副産物だ。だからこそ景色に生産現場の理屈が透けて見える。ムイネーの海に一泊足すなら、夜のハムミーへ足を延ばし、灯りの列の中に立ってみたい。上空から見た模様が、地上では一株ずつの電球の集合だと分かる瞬間が、この旅の芯になる。
