「どこへ行っても助けてもらえる」。そう語るのは、フィリピン出身の画家サニーさん(26)だ。当初は4〜5か月ベトナムに滞在し、その後は東南アジアを回るつもりだった。ところが気づけば10か月近くをこの国で過ごし、ビザを3回延長した。7月22日付のダントリが伝えた彼の滞在記は、移住やロングステイを考える人に、観光ガイドには載らない「長く住む」という選択の手ざわりを伝えている。
都市ではなく北部山岳のサパ、少数民族の村で住民と同居
サニーさんが腰を据えたのは、ハノイでもホーチミンでもない、北部の山岳地サパ(Sa Pa)だった。なかでもイーリンホー(Y Linh Ho)やターヴァン(Ta Van)といった少数民族の村で、住民と同じ屋根の下に暮らす。サパはハノイから北西へ車や寝台バスで数時間の観光地で、標高が高く夏でも涼しく、雨季には霧が棚田を包む。モン族やザオ族が藍染めの衣装や段々の棚田で独特の風景を作る。多くの旅行者は一泊二泊で名所を回って去るが、彼は観光の動線から一歩外れた村に入り込み、住民の生活のリズムに自分を合わせた。この選択が、10か月という滞在の長さを支えている。
棚田を背景に個展を開いた——ホームステイ兼カフェで
彼の作品は大きく二つの系統に分かれる。ひとつは山と棚田を描いた風景画。もうひとつは「Life in Sa Pa」と名づけた連作で、背負い籠を担ぐモン族の女性や村の日常の一場面を写し取っている。注目すべきは発表の場だ。都会のギャラリーではなく、ターヴァンにあるホームステイ兼カフェで、棚田を背景に絵を並べて個展を開いた。作品が生まれた土地のただ中で見せる、移動しながら描く画家ならではの選び方が表れている。彼は絵を売るためだけに村にいるのではなく、英語を教え、地元の家族と畑に出て農作業を手伝い、トレッキングのガイドも務める。一緒に畑に立ち、同じ食卓を囲んだ人々を描くからこそ、背負い籠を担ぐ女性の一枚にも、通りすがりの観光客には撮れない距離の近さがにじむ。
居続ける理由は風景でも物価でもなく「ベトナム人のやさしさ」
なぜここまで居続けるのか。サニーさんが真っ先に挙げるのは、風景でも物価でもなく人だ。「ベトナムについて聞かれたら、いつもベトナム人のよさを話す。どこへ行っても助けてもらえる」。見知らぬ外国人に手を差し伸べる場面は各地で語られてきた。サイゴンでは、泣いていたバインミー屋の学生にカナダ人客が50万ドンを渡した話が広く共有された。方向は逆でも、通りすがりの親切が人を動かす構図は同じだ。サニーさんの10か月は、その「やさしさ」を受け取り続けた時間でもある。
一か所に沈み込むスロートラベルが、村との関係を変えた
「ひとつの場所に長くいると、人をより深く理解できる」。この言葉は、短い周遊では届かない領域を指している。数日で次の街へ移る旅では、村の朝の匂いも、季節ごとの畑仕事も、住民の遠慮や本音も見えてこない。同じ村に留まり、農作業を手伝い、言葉を交わすうちに、風景は「観光対象」から「生活の場」へ変わっていく。彼が英語を教え、畑に出て、ガイドをするのは、留まるために現地へ自分の役割を差し出しているからだ。こうした関わりは村の側にも意味を持つ。短期で通り過ぎるだけなら土産物の売上しか残らないが、住み込んで関わる人がいれば、英語を学ぶ子どもや、絵で村の暮らしが外に伝わる回路が生まれる。棚田を背景にした個展は、観光地サパの新しい見せ方の一例でもある。同じ気分で北部を旅するなら、通い続けて馴染む食スポットを持つ発想が近い。
長期滞在を左右するのは名所の数ではなく、地元との関わりとビザ
サニーさんの滞在記は、在住・移住を検討する日本人にも重なる。長期滞在の満足度を決めるのは観光名所の数ではなく、地元との関わりの深さだ。英語を教え、畑を手伝い、ガイドをするという「与える側」に回ることで、彼は村での居場所を得ている。もう一つは滞在資格だ。彼はビザを3回延長して滞在を伸ばしたが、制度は動いており、より長い在留の選択肢も整いつつある。長く住む計画なら、最長5年の新ビザ「UQ1」の対象を早めに確認しておきたい。サニーさんはこの先およそ2年はベトナムに留まりたいと話しており、それを支えるのは絵を売る収入だけでなく、教える・手伝う・案内するという村に根を張る関わり方だ。目的地を減らし、一か所に留まり、地元に何かを返す。そのうえでビザという現実の足場を固める。憧れを暮らしに変えるのは、この二つの掛け算だ。
