ホーチミン市1区、通称「日本人街」と呼ばれるタイヴァンルン通り(Thái Văn Lung)の路地裏に、外からはそれと気づきにくい一軒の日本居酒屋がある。店名はSakaba Sasuke。黒い暖簾(のれん)だけが目印で、常連はその一枚を頼りに扉をくぐる。現地英字メディアSaigoneerが2026年9月9日に伝えたこの店は、豚バラで巻いて焼いた串と、週替わりで中身が変わる蒸しつくねで、在住日本人と旅行者の双方を惹きつけている。海外で「本場の味」を探す人にとって、路地の一軒が持つ意味を考えてみたい。
暖簾一枚で見つける、日本人街の路地裏の居酒屋
店はタイヴァンルン通りの静かな一角、細い路地(ベトナム語でヘム)に面している。派手な看板はなく、入口に下がる黒い暖簾が唯一の合図だ。Saigoneerの書き手は、この暖簾こそが「店の存在を知る手がかりになっている」と記す。内装は木のカウンターとテーブルで20人ほどが座れる前室に、奥に個室的なテーブル席。壁を和風の装飾で埋めるのではなく、明るい照明と、串を焼くグリルや煮込みの鍋が見えるオープンキッチンが場の中心になっている。
店主は高村俊平(Shumpei Takamura)氏。数年前にベトナムへ渡り、店のすぐ近くにラーメン店Mutahiroのフランチャイズ店を立ち上げ、2019年にこのSasukeを開いた。店名も料理の芯も、かつて東京の「Sasuke」で働いた経験と、九州・福岡で覚えた串巻きの技術から来ている。店内に流れる矢沢永吉の音楽から「The Gather of Monkey Business」というタグラインまで、自分が「かっこいい」と感じるものだけで店を組み立てているという。日本語とベトナム語が飛び交い、客のおよそ三分の二が日本人。メニューは日本語・英語・ベトナム語の三言語だが、週替わりの特別メニューは日本語と英語だけで書かれることが多い。
豚バラの脂で味が変わる、看板の串と週替わりのつくね
この店の料理は、豚バラ肉の使い方に個性が出る。看板のひとつが野菜串巻き(yasai kushimaki)で、レタスや野菜を薄い豚バラで巻いて焼く。脂がしたたって具材に絡む瞬間に、素材の味がぐっと立つという趣旨の描写がSaigoneerにはある。牛肉と豆腐の肉豆腐は、小鉢ながら鍋から取り分けた豆腐を柔らかい牛肉の上にうずたかく盛って供される、この店の看板料理のひとつだ。
もっとも語られているのが、週替わりの蒸しつくね(mushi tsukune)だ。ひと皿に複数の鶏つくねが並び、それぞれ中の具が違う。木の台に載せられ、左から右へ順に食べるよう案内される構成で、書き手は十数回通っても同じ組み合わせに当たったことがないと書いている。高村氏はInstagramの投稿から着想を得ることもあるが、納豆を仕込んだ回は香りが蒸し器の中の四つ全部に移ってしまい失敗した、という逸話も紹介されている。他にも焼きそば串、ほうれん草とチーズの巻き物、カマンベール入りの巻き物、バター焼きのエリンギ、唐揚げ、焼売、揚げ出し豆腐と、居酒屋の一品が並ぶ。
主なメニューと店の要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 看板の串 | 野菜串巻き(豚バラで野菜を巻いて焼く)、焼きそば串 |
| 煮込み・小鉢 | 肉豆腐(牛肉と豆腐) |
| 名物 | 週替わりの蒸しつくね(中身が毎回変わる、左から順に食べる) |
| その他 | ほうれん草チーズ巻き、カマンベール巻き、エリンギのバター焼き、唐揚げ、焼売、揚げ出し豆腐 |
| 客層 | およそ三分の二が日本人。日本語・英語・ベトナム語の三言語メニュー |
「日本らしい飾り」がないのに日本人が通う理由
興味深いのは、この店が典型的な居酒屋の見た目をしていない点だ。提灯や大量の品書き札で埋め尽くすのではなく、装飾は最小限で、代わりに開いた厨房と焼き場が客の視線を集める。Saigoneerは、常連が一番好むのは「オープンキッチンの笑顔だ」と観察している。スタッフは、はにかんだ笑みと満面の笑みを使い分けながら接し、その空気が居心地の良さを作っているという記述がある。
海外で日本食を選ぶとき、私たちはつい「どれだけ日本らしく見えるか」で店を測りがちだ。しかしSakaba Sasukeが示すのは、内装のテーマ性ではなく、料理の作り込みと人の温度で信頼を築く方向だ。前室は肘が触れ合うほど賑わう夜もあれば、音楽をゆっくり味わう静かな隠れ家になる夜もある。最近は週7日の営業に移り、月曜から扉を開けるようになった。飾りではなく通う理由そのものが店の骨格になっている。
旅行者と在住者が、この一軒をどう使えるか
在住日本人にとって、この店は「外れがない安心の一軒」として機能する。一方で、日本食にそこまで詳しくない旅行者や現地の友人を連れて行く場としても強い。豚バラで巻いたレタスや、順番に食べ比べる蒸しつくねは、説明しやすく、驚きがあり、会話が生まれる。三言語メニューがあるため、言葉の壁でつまずかずに注文できるのも同伴者に優しい。
この構図は、サイゴンの食を「発見」として楽しむ視点とつながる。屋台のバインミーの数倍の値でも行列が続く店を取り上げたサイゴンで2030円の鉄板バインミー、屋台の6〜10倍でも行列が続くで見たように、価格ではなく体験に人が集まる流れはこの街に確かにある。Sakaba Sasukeの魅力も、安さではなく「ここでしか出会えない一皿」に宿る。元記事のSaigoneerは価格に触れておらず、この記事でも金額は記さない。予約はFacebookのメッセージで受け付けている。
もうひとつ補って考えたいのが、店と人の距離感だ。メコンの家庭の法事に外国人が招かれ、その人情に驚く様子を描いた法事の宴に招かれる旅、メコンの人情が外国人を驚かせると並べると、ベトナムでの食の記憶は料理そのものより「誰とどう過ごしたか」で残ることが分かる。カウンター越しに焼き手の手元が見えるSakaba Sasukeは、そうした記憶が生まれやすい設計になっている。地元の食文化そのものに触れたいなら、老舗とミシュラン掲載店に朝から列ができたハノイのフォー、国慶節の朝に老舗とミシュラン店へ列が伸びたのような一杯と、こうした在住日本人の居場所を行き来すると、この国の食の幅が立体的に見えてくる。
訪れる前に押さえておく実用情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | Sakaba Sasuke(サカバ・サスケ) |
| 住所 | 8A/A22 Thái Văn Lung, Bến Nghé Ward, District 1, ホーチミン市 |
| エリア | 1区タイヴァンルン通り(日本人街)の路地裏 |
| 営業時間 | 17:30〜23:00(現在は週7日営業) |
| 予約 | Facebookのメッセージで受付。少人数でも早めの連絡が無難 |
| 目印 | 入口の黒い暖簾。派手な看板はない |
席数が多くないため、賑わいを避けたいなら開店直後の17時台か平日を選ぶとよい。逆に活気ある雰囲気を楽しみたいなら、常連が集まる夜遅めの時間帯が向く。
次にサイゴンで一夜を過ごすなら
Sakaba Sasukeが教えてくれるのは、海外の日本食を「本物っぽさ」で選ぶ必要はない、ということだ。豚バラの脂で立ち上がる野菜の味、毎回違う蒸しつくね、焼き場の笑顔。この三つがそろえば、看板や装飾がなくても人は路地の奥まで通う。次にサイゴンで夜の予定を立てるなら、まずFacebookで一席を押さえ、肉豆腐で口を開き、野菜串巻きと週替わりのつくねを頼んでみてほしい。旅行者なら現地の友人を、在住者なら日本から来た客人を連れて行くと、この店の良さがいっそう伝わるはずだ。
