ハノイ旧市街ハンディウ通りの朝は、うなぎ春雨(ミエンルオン)の湯気で始まる。ミシュラン・ビブグルマンに2023年から2025年まで3年連続で選ばれた「ミエンルオン・ドンティン」を築いたのは母だ。米国でネイルサロンを営んでいた娘はその店を閉じて2025年初めに帰国し、母から味を学んでホーチミンに新店を開き、家業を南へ広げた。ダントリ紙が2026年9月9日に伝えたこの一皿は、味の評価と家族の継承が同じ器に盛られている点で、ベトナムの食を旅する読者にとって見逃せない朝食になる。
米国のネイル店をたたみ、娘が家業を継いで南部に店を開いた
この味を40年以上守ってきたのは母のクアック・キム・ズン氏(68歳)。1979年にハンブオム通りの料理店ミーキンで働き始め、飲食の経験を積んだのが原点だと記事は伝えている。ハノイ旧市街ハンディウ通りの本店は40年を超えて営業しており、ビブグルマンに3年連続で選ばれたのはこの本店だ。
転機は世代交代にある。娘のレー・ラン・フーン氏(43歳)は米国でネイルサロンを経営していたが、2025年初めに夫と4人の子どもを連れてベトナムへ戻り、家業を継いだ。ホーチミンに店を開くと決めてから母のもとで味を学び直し、うなぎの下ごしらえを一工程ずつ家族から直接教わったと記事は伝える。うなぎは黄金色に揚げて香りと歯ごたえを立て、春雨に入れても崩れない食感を残すことが、この店の味の核だ。海外で築いた別業種の事業を手放し、湯気の立つ鍋の前へ戻る選択が、ミシュラン評価と重なった。
ビブグルマン3年連続が支える「安くて外さない朝食」
ミシュランのビブグルマンは、星とは別枠で、価格に対して満足度の高い料理を出す店に贈られる区分だ。日常の食卓に近い価格帯で味の水準が認められた印であり、3年連続の掲載は、単発の話題ではなく評価が定着したことを示す。ハノイの朝食で列が伸びる店の背景には、こうした第三者評価の裏づけがある。国慶節の朝にハノイの老舗とミシュラン店へ行列が伸びた様子はハノイのフォー食べ歩きでも記録されており、フォーとうなぎ春雨は「朝に評価店へ並ぶ」という同じ行動様式を共有している。
見落とせないのは、ビブグルマンが観光客向けの高級化ではなく、地元の生活動線に根ざした店を拾い上げる点だ。南部に開いた新店では、周囲の店がまだ閉まっている朝5時半に厨房が動き出し、6時半に最初の客を迎える。ピーク時には店内がすぐ埋まる。通勤前の地元客を主軸にした時間帯そのものが、旅行者に地元の一日の始まりへ乗る入口を与えている。
確認できた会計と朝の時間帯を数字で押さえる
記事で確認できる具体的な価格は、ホーチミンの新店を訪れたニャチャン出身の来店客ホアン・ヴー氏が妻とともに注文した際の会計で、ミエン・チョン(和え春雨)とミエン・サオ(炒め春雨)の2品で合計16万ドンだった。1品あたりの単価は記事に明示がないため、ここでは伏せる。為替は概算で1万ドン=約57円(2026年9月時点)として換算すると、2品で約910円になる。以下は記事から裏が取れた数値のみをまとめたものだ。
| 項目 | 内容(原文表記) | 補足・換算 |
|---|---|---|
| ミシュラン評価 | ビブグルマン 2023・2024・2025 | ハノイ本店・3年連続 |
| 確認できた会計 | 2品で160.000 đồng(ホーチミン新店) | 約910円(1万ドン=約57円で概算) |
| 南部新店の営業 | 5時30分に仕込み・6時30分開店 | ピーク時に満席 |
| 創業者の起点 | 1979年・ミーキン(ハンブオム通り) | 母クアック・キム・ズン氏 |
| 本店の営業年数 | 40年超(ハンディウ通り) | ハノイ旧市街 |
物価の上昇局面では、この「価格が読める朝食」の価値が相対的に上がる。9月に家庭用ガスが値上がりし自炊コストが動いた件は家庭用ガス値上げの中身で扱ったが、光熱費が上がるほど、外で確実な一杯を食べる選択の合理性は増す。ビブグルマンの店は、その「外食の合理性」を担保する目印として機能する。
ミシュラン・遠方客・後継者、三方向から評価が重なる
この店をめぐる評価は、性格の異なる三つが同じ結論を指している。まず、ミシュランガイドという制度的評価が3年続けてビブグルマンに置いた事実。次に、記事が伝えた実際の来店客——ニャチャンから南部の新店を訪れたホアン・ヴー氏夫妻が2品を注文したという、開業まもない店にも遠方から客が足を運ぶ実例。そして、米国で事業を営んでいた娘自身が帰国して厨房に立つという、家族の側からの評価だ。外部の格付け、遠方客の足、継承者の決断が一致している店は、評価が一過性でないことを内側からも裏づけている。
ここでは検証できない伝聞やSNSの感想は持ち込まない。記事に載った事実だけでも、この三点が同じ方向を向いていることは読み取れる。
日本の老舗が学べる味の継承と別業種Uターン
日本の飲食・食品事業者にとって、この事例は味の話にとどまらない。まず、味の連続性をどう次代へ渡すかという視点だ。ビブグルマンを3年連続で得たのは母が築いた本店の水準であり、娘はその味をホーチミン出店にあたって母から学び直し、うなぎの下ごしらえを一工程ずつ家族から直接教わった。言語化しにくい揚げ加減を家族内で手渡す仕組みが、離れた土地の新店でも同じ味を出す支えになっている。属人的な技術をどう移すかは、日本の老舗が抱える課題とそのまま重なる。
次に、海外経験者のUターンが店の資源になり得るという視点だ。米国でネイルサロンという別業種を経営した娘が戻ってきたことは、接客・衛生・多言語対応といった知見を家業へ持ち込む余地を生む。日本でも、海外在住経験者が地方の食を継ぐ動きは静かに進んでいる。地元の味を守りながら海外顧客への窓口を広げたい事業者は、この「別業種経由の継承」を採用のヒントにできる。
三つ目は、価格をどう語るかという視点だ。ビブグルマンが評価するのは高級化ではなく、価格に見合う満足である。サイゴンで屋台の6〜10倍の値でも行列が続く鉄板バインミーを2030円のバインミーで取り上げたが、あちらは付加価値で高価格を成立させる型、こちらは生活者の価格帯で味の水準を保つ型と、方向は逆でも「どの価格帯で何を約束するか」を明確にする点で共通している。日本の食品メーカーが海外の食を商品化する際も、価格の位置づけをどう説明するかが差別化の起点になる。
ホーチミンに新店、北部の朝食が南へ広がる
ドンティンは2026年8月ごろ、ホーチミン市のコンクイン通りへ支店を出した(記事時点で開業から1か月未満)。ハノイの朝食文化を南部の大都市へ持ち込む動きで、地方の名店が全国ブランドへ広がる経路をたどっている。ミシュラン評価という共通言語を得た店は、地名に縛られず横展開しやすい。うなぎ春雨は北部の食という印象が強いが、支店を通じて南部の食卓にも入り込む余地が生まれた。
食品輸出や海外OEMの観点でも、この動きは読みどころが多い。地域の伝統食が国内で都市間展開に成功すると、次の段階として冷凍・レトルト化や海外店舗という選択肢が具体的に見えてくる。ベトナムの朝食が地域限定の体験から持ち運べる商品へ変わる過程を、外食の現場から観察できる事例になっている。
ホーチミン店は6時半開店、訪問前に押さえること
南部の新店を訪れるなら、6時半の開店に合わせて早い時間に入るのが要になる。以下は記事から確認できた範囲の実用情報で、番地など裏の取れない詳細は載せていない。ハノイ本店の開店時刻は記事に記載がないため空欄とした。現地で最新の営業状況を確かめてから向かってほしい。
| 項目 | ハノイ本店 | ホーチミン支店 |
|---|---|---|
| 場所 | 旧市街 ハンディウ通り | コンクイン通り |
| 開店 | 記事に時刻の記載なし | 5時30分に仕込み・6時30分開店 |
| 混雑時間 | — | ピーク時に満席 |
| 看板の一皿 | うなぎ春雨(揚げうなぎの食感が核) | 同系メニュー |
| 会計の目安 | 確認できた例はホーチミン新店で2品16万ドン(約910円) | |
評価を受けた本店はハノイ旧市街、いま娘が厨房に立つ新店はホーチミンにある。旅程に朝食を組み込むなら、どちらの街でも開店直後の時間帯に足を運び、揚げうなぎの歯ごたえが春雨の中で残るかを自分の舌で確かめてみるとよい。フォーの食べ歩きと合わせれば、ハノイでは「朝に評価店へ並ぶ」一日の始まりを二重に体験できる。
