戦場跡で淹れる一杯が、ケサンの新しい看板になる
ベトナム中部クアンチ省のケサンといえば、ベトナム戦争で最も激しい攻防が繰り広げられた地名として記憶している人もいるだろう。その同じ土地が今、栽培開始から100年を数えるアラビカコーヒーの産地として、収穫から焙煎、抽出までを旅行者自身が体験できる観光地に姿を変えつつある。地元紙Thanh Nienが伝えたこの取り組みは、戦跡ツーリズムとコーヒー産地観光という、これまで別々に語られてきた二つの動機を一本のツアーにまとめた点で目を引く。歴史と食の両方に関心を持つ日本人旅行者にとって、ベトナム中部の旅の選択肢を広げる動きになりそうだ。
収穫・焙煎・抽出、最後は旧タコン空港跡で味わう
Thanh Nienによれば、この体験型ツアーは約3年前から育ててきた観光プロダクトで、流れはおおむね次の通りだ。シーズンには真っ赤に熟したコーヒーチェリーを摘み取り、選別と焙煎を体験し、ハンドドリップ・フィン(ベトナム式の金属フィルター)・エスプレッソといった複数の方法で淹れて飲み比べる。袋詰めまで自分の手で行い、最後は旧タコン(Ta Con)空港跡の史跡で、戦争の名残に囲まれながら淹れたての一杯を味わう。
コーヒーを観光資源に育ててきた関係者は「観光客はコーヒーを飲むためだけに来るのではない。この土地そのものを理解したいと考えている」と語る。淹れ方の技術を見せるのではなく、土地の物語を一杯に乗せて伝える。それがケサンのやり方だという。
フランス人植物学者が持ち込んだ9粒の種から100年
ケサンのコーヒー栽培は1926年にさかのぼる。フランス人植物学者ウジェーヌ・ポワラーヌ(Eugène Poilane)がわずか9粒の種を持ち込んだのが始まりと伝えられ、そこから2026年10月24日に栽培100周年を迎える。9粒から始まった営みが、いまや地域の基幹産業へと育った経緯そのものが、ツアーの語り口の核になっている。
戦争の記憶は、この物語に重い陰影を与える。ケサンの戦いは1968年1月から半年以上続き、米海兵隊の拠点となったタコン基地(ケサン戦闘基地)は激しい砲爆撃にさらされた。金属板を敷き詰めた約3kmの滑走路や掩体壕の跡が今も残り、史跡として公開されている。爆撃で荒れた高原が、半世紀を経てアラビカの畑へと戻り、その畑で穫れた豆を戦場跡で飲む——この対比こそが、ほかの産地観光にはない強い吸引力を生んでいる。
規模と品質、数字で見るケサンのコーヒー
Thanh Nienが示す数字を中心に、ケサンのコーヒー産地としての輪郭を整理する。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 栽培開始 | 1926年(種9粒から) |
| 100周年 | 2026年10月24日 |
| 栽培面積 | 約3,900ha |
| 関わる農家 | 約6,000世帯 |
| 主な品種 | アラビカ |
| 体験ツアーの稼働 | 約3年前から |
品質面では、地元ブランドのPun Pun Coffeeが2022年のフランス・パリで開かれた国際コンテストAVPAで受賞した実績がある。約6,000世帯という担い手の厚みは、単なる観光の飾りではなく、産地として継続的に豆を供給できる基盤があることを示している。なお、ケサン産アラビカの世界ランクやスコアを掲げる情報も流通しているが、出典が販売事業者に限られ裏が取れなかったため、本記事では扱わない。
地元と業界の受け止め
現地での反応は大きく三つの方向に整理できる。第一に、農家にとっては収入源の多角化だ。豆を売るだけでなく、収穫体験や焙煎体験そのものが収入になるため、相場変動の影響を受けにくくなる。第二に、史跡を管理する立場からは、戦跡が「重い記憶を学ぶ場」だけでなく「土地の再生を感じる場」として再評価される流れがある。第三に、コーヒー業界からは、知名度の高い南部のバンメトート(ロブスタ中心)とは異なる、中部高原のアラビカという別の物語で勝負できる点が評価されている。国際的なコンサルタントも、来訪者が求めているのは飲むことではなく土地を理解することだと指摘しており、体験設計の方向性に手応えがあるようだ。
日本人旅行者にとっての意味
日本からケサンを訪ねる価値は、コーヒーと歴史を一度に深く体験できる希少さにある。ベトナムのコーヒー観光は、ジャライ省の移動カフェのように街なかで気軽に楽しむ形も広がっている。ジャライ省で話題の移動式コーヒートラックのようなカジュアルな体験と、ケサンのように産地で収穫から抽出までを一日かけて学ぶ体験は、同じ「ベトナムコーヒー」でも旅の重みがまるで違う。前者が日常の延長なら、後者は学びと記憶の旅だ。
都市型の大箱カフェとの比較も参考になる。ハノイの巨大店舗のように規模で魅せるハイランズコーヒーの大型出店が「ベトナムコーヒー文化の今」を見せるとすれば、ケサンは「その文化がどこから来たのか」を畑と史跡で見せてくれる。両方を旅程に組み込めば、ベトナムコーヒーを表と裏の両面から理解できる。フエやダナンといった中部の主要観光地からクアンチ省へ足を延ばす行程なら、世界遺産観光と産地体験を一筆書きでつなげられる点も、滞在日数の長い日本人旅行者には相性がよい。
市場への波及——「物語で売る」産地の手本
ケサンの取り組みは、産地観光のひとつの型として他地域への波及力を持つ。豆の品質や価格だけで勝負するのではなく、土地の歴史と結びついた物語で付加価値を作る発想は、後発の産地や中小ブランドにとって現実的な差別化策になる。日本の食品・飲料の事業者にとっても、原料調達と観光を掛け合わせて産地の顔を見せる手法は、トレーサビリティやストーリー性を重視する消費者向けの商品開発のヒントになる。戦跡という強い文脈は再現できないにせよ、「その土地でしか語れない物語を一杯に乗せる」という考え方自体は応用が利く。
行き方と楽しみ方の実用情報
ケサンはクアンチ省北西部、ラオス国境に近い9号線(ルート9)沿いに位置する。中部の玄関口であるドンハやフエ方面から陸路でアクセスするのが一般的だ。コーヒーの収穫体験を目当てにするなら、チェリーが熟す収穫シーズン(おおむね年末ごろ)に時期を合わせると、摘み取りから抽出までの一連の流れをフルに体験できる。2026年10月24日には栽培100周年の節目を迎えるため、この前後は記念的な催しが組まれる可能性がある。最新の催行日程や受け入れ条件は流動的なので、訪問前に現地の運営主体へ確認したい。旧タコン空港跡の史跡見学とコーヒー体験を一日でつなぐ前提で、午前に畑、午後に史跡といった時間配分を組むと無理がない。
まとめ——次のベトナム中部の旅に一日足す
ケサンは、戦争の記憶とコーヒー100年の歴史が同じ高原の上に重なる、ほかにない目的地だ。フエやダナンを起点にした中部の旅程に、産地で淹れる一杯のためにクアンチ省への一日を足してみてはどうだろう。収穫シーズンと100周年の時期を意識しつつ、現地運営に催行を問い合わせるところから始めれば、ガイドブックには載りきらないベトナムコーヒーの原点に出会えるはずだ。
