ベトナムで8月から、通達29号(Thông tư 29/2026/TT-BXD)第10条が動き出す。市民や事業者が撮影した写真・動画などのデータを、当局が交通違反の摘発材料として正式に受け取れる、という内容だ。ドラレコやスマホで撮った映像が通報の正規ルートに乗る一方、道路上を走る自分の運転も誰かの記録に残る。ハンドルを握る在住者にとっては、取り締まりの前提が静かに一段変わる話になる。
第10条は市民提供の映像を「即罰金」ではなく検証を経た立件材料と定めた
通達29号の第10条が置いた枠組みは、意外と抑制的だ。市民や組織から提供された車載・撮影機器のデータは、当局が受理・記録・分類したうえで、有効性を評価し、規定に沿って検証してから処理する。つまり、送られてきた映像がそのまま罰金通知に直結するわけではない。第10条第4項では、違反を写したデータと提供者の情報を、個人データ保護の法令に従って管理・保存・保護すると明記している。通報した側の身元がむやみに表に出ない建て付けだ。
この「受け取るが、確かめてから使う」という順番は、映像の切り取りや加工、状況の誤認をふるいにかけるための時間でもある。撮った本人の主観だけでは違反を確定させない、という線を制度側が引いている。
提供先は中央・省・地区の3窓口、VNeIDからの通報も受け付ける
では映像はどこへ送るのか。公安省が示す受付は、大きく3つの窓口に整理されている。電話・郵送・メール・公式ポータルなど複数の手段が公開され、24時間体制で受け付ける形が案内されてきた。2026年に入って本人確認アプリVNeIDから交通違反を申告する導線も整備が進み、スマホ一つで写真と位置情報を添えて送る流れが現実味を帯びている。
| 受付レベル | 担当部門(目安) | 在住者から見た使い方 |
|---|---|---|
| 中央 | 道路交通警察の巡視管制指導室 | 省をまたぐ幹線道路や高速での事案 |
| 省・中央直轄市 | 各公安局の交通警察室 | ホーチミン市・ハノイ市など都市部の通報 |
| 基礎(社・坊) | 地域を管轄する公安の交通・秩序担当 | 自宅周辺の生活道路・裏路地の危険運転 |
数字や部門名は当局公表ベースだが、実際の連絡先や運用は地域差がある。通報を考えるなら、住んでいる区の公安が公開するホットラインを一度確認しておくと動きやすい。
検証は原則30日以内、複雑な案件でも最長60日という時間の壁
映像を送っても、処理には時間がかかる。関連規定では、当局が案件を受理した日から検証はおおむね30日以内、確認や照合、証拠収集に時間を要する複雑な案件でも上限60日とされている。撮って送れば翌日に相手へ罰金が飛ぶ、という即効性のある仕組みではない。
この時間差は、通報する側にも意味を持つ。事故現場やあおり運転の一部始終を撮っても、その場で決着はつかない。日付・時刻・場所が分かる形で映像を残し、加工せず原本のまま提出できるよう保管しておくことが、後々の照合で効いてくる。
ドラレコが「他人を撮る道具」から「自分の運転も残る記録」へ変わる
制度が両刃であることは、走る側なら誰でも気づく。前の車の割り込みや信号無視を記録できるということは、自分の車線変更や一時停止の甘さも、後続車のカメラに同じ精度で残るということだ。ベトナムの都市部はバイクの数が多く、車とバイクが至近距離で流れる。撮る・撮られるの密度は日本より高い。
在住者コミュニティでは、ドラレコ導入が加速するとの見方と、通報合戦や私的な報復に使われないかという懸念が同居している。現地で交通案件を扱う実務家からは、映像はあくまで端緒であって、当局の検証を経ないと違反にはならない点を冷静に押さえるべきだ、との指摘も出ている。過度に身構えるより、日ごろの運転の質を上げるほうが結局は近道になる。
在住ドライバーが8月から手元で押さえておく実務
8月のベトナムは交通まわりのルールが束で動く時期にあたる。個人車で客を乗せて金銭を受け取る行為への罰則強化や、チャイルドシート関連の扱いの見直しなど、通達29号とは別系統の変更も並走する。制度ごとに施行日も罰則も違うため、まとめて一つの「厳格化」と捉えると細部を取りこぼす。今回の通達29号は、あくまで市民提供の映像を立件の入口に組み込むという一点に絞った話だ。
同じ8月の変更でも、たとえば助手席のチャイルドシートを巡る扱いは別ルールとして押さえておきたい(8月15日のチャイルドシート新ルール)。罰則を伴う新制度という意味では、9月に罰金が動く暗号資産のルール変更(在住者はどこまで対象か)も、対象範囲を自分事として確かめておく価値がある。通報や申告の入り口になるVNeIDは、手続きが年々広がっているので、対応機能を把握しておくと動きが速い(VNeIDの手数料ゼロ条件)。
結局のところ、8月以降のベトナムでハンドルを握る在住者にとって必要なのは、身構えることではなく、映像が双方向に残る前提で運転を組み直すことだ。自分の走りが記録される時代に入ったと受け止めておけば、通報が正規ルートになったこと自体は、そう恐れる変化ではない。
