ベトナム中部・クアンガイ省の山あいに、車で近づくまで存在を想像しにくい草原がある。ブイフイ高原(Bui Hui)だ。2026年8月8〜9日、この100ヘクタールの草原で開かれた「高原祭」に、推定8,500人が集まった。ハノイやホーチミンからの旅行者に加え、地元の人々がテントを張り、凧を揚げ、朝は雲海を眺めた。ダナンやホイアンには毎年多くの日本人が足を運ぶのに、そこから南へ車で数時間のこの草原の名前を知る人はまだ少ない。
本記事では、現地紙トゥオイチェー(Tuoi Tre News)の報道と観光情報をもとに、祭りで何が起きたのかを整理したうえで、日本人旅行者がブイフイ高原を訪れるためのアクセス・時期・見どころを実用情報としてまとめる。
100ヘクタールの草原に8,500人、クアンガイの二日間で起きたこと
祭りの正式名称は「2026年ブイフイ高原祭」。開催地はクアンガイ省ダンティ・チャム社で、テーマは「雲に触れ、記憶に触れ、未来に触れる」。会場となった高原はおよそ100ヘクタールに広がり、そのうち約20ヘクタールがシム(rose myrtle、和名テンニンカの近縁)の低木に覆われた丘だという。
二日間の主役はシンプルな遊びだった。草原に点在するテント。空に浮かぶ色とりどりの凧。トレッキング、雲を眺める時間、望遠鏡で遠くの山と森を覗く体験。夜には山や森、Hre(フレ)族の文化に着想を得た歌と踊りのプログラムが組まれた。派手なアトラクションではなく、標高の高い草原そのものを楽しませる設計が、8,500人という数字を引き寄せた。
この祭りは、ダンティ・チャム社の発足1周年に合わせて開かれた点も見逃せない。社名は、ハノイ出身で1970年に戦地で命を落とした医師ダン・トゥイ・チャムにちなむ。地域の新しい行政単位の門出と、これまで観光地図に載っていなかった草原の売り出しが、一つの祭りに重なっている。
Figures we could verify
| Item | Figures and details | Sources |
|---|---|---|
| Attendance | 推定 約8,500人 | Tuoi Tre News(2026-08-09) |
| 草原の面積 | 約100ヘクタール(うちシムの丘 約20ha) | Tuoi Tre News |
| Dates | 2026年8月8〜9日 | Tuoi Tre News |
| クアンガイ市街からの距離 | 南西へ 約60キロ | Tuoi Tre News / VietnamNet |
| Elevation | 700メートル近く | VietnamNet |
なお、入場料・出店価格・宿泊費などの金額は一次ソースに記載がなかったため、本記事では触れていない。数字は確認できたものだけを載せている。
クアンガイ市街から約60キロ、曲がりくねった山道を1時間登る
ブイフイ高原はクアンガイ省の省都から南西へ約60キロ。行政再編で現在はダンティ・チャム社に属するが、地理的には従来バートー(Ba To)県として知られてきた山岳地帯にあたる。VietnamNetによれば市街からの所要時間は「約1時間」で、丘陵をくねくねと縫う、ところどころ荒れた道を登っていく。
日本人旅行者にとっての現実的な入口は、まずダナンかホーチミンへ飛び、そこからクアンガイを目指す形になる。クアンガイは南北を貫く鉄道と国道1号線が通る町なので、ダナンから鉄道やバスで南下してアクセスできる。省都から高原までは公共交通が薄く、車のチャーターかバイクが前提になる。舗装が万全ではない登り道なので、雨季を外し、運転に慣れたドライバーを手配するのが安全だ。
標高が700メートル近くあるぶん、平地のクアンガイより空気は冷たい。夜間は気温が下がり、風が出る。キャンプや朝の雲海を狙うなら、薄手の防寒着と、湿った草地に耐える靴を持っていきたい。
Hre族のゴング演奏と、野草が並ぶ「雲の市場」
ブイフイ高原を単なる草原と分けるのは、麓に暮らすHre(フレ)族の存在だ。祭りの夜のステージには、この地の歌と踊りが並んだ。Hre族の伝統芸能である銅鑼(ゴング)の演奏は、ベトナムの国家無形文化遺産に登録されている。棚田を耕し、赤い屋根の集落を谷あいに築いてきた人々の暮らしが、草原の風景に厚みを与えている。少数民族の文化と絶景を一度に歩ける点は、北部のサパ観光と重なる魅力だ。
祭りに合わせて開かれた「ブイフイ・雲の市場(Bui Hui Cloud Market)」では、地元の人が山の幸を売った。並んだのは野草や山の特産品、そして高原の代名詞になりつつあるシムの実だ。紫色のシムの花は5〜6月に咲き、その後に熟す実は生食のほか果実酒や加工品に使われる。観光客が土産に買って帰れる「その土地でしか手に入らないもの」が育ちつつある。
サパやクイニョンとは違う、まだ観光地図に載っていない中部の草原
ベトナムの「草原・少数民族・絶景」といえば、多くの人が北部のサパを思い浮かべる。標高約1,600メートルのサパはすでに世界的な観光地で、モン族やザオ族の村を歩くルートも整っている。ブイフイ高原はその対極にある。標高は半分ほど、インフラも道もこれからで、代わりに人混みのない草原と、まだ観光ずれしていない祭りが残っている。
中部の海側では、クイニョンがロンリープラネットの2026年「世界の行くべき25選」にベトナムから唯一選ばれた。ダナンやホイアンの混雑を避けたい層の受け皿として、中部の「次の一手」を探す動きは強まっている。クイニョンが世界25選に入った理由と同じ文脈で、山側の受け皿としてブイフイ高原が押し出されているとみるのが自然だろう。海のクイニョン、山のブイフイ、という中部の二枚看板の芽が出はじめている。
食からこの地域に入るのも一つの手だ。クアンガイの北隣クアンナム省を発祥とする黄色い麺ミークアンは、中部で土地ごとに味を変える郷土料理として知られる。ミークアンの食べ歩きガイドを片手にクアンガイ周辺を回れば、高原の草原と平地の食文化を一度の旅でつなげられる。
日本人が今ブイフイ高原を訪れるなら
訪問の狙い目は、祭りが開かれた夏から秋にかけて。VietnamNetは5〜6月のシムの開花期を見どころに挙げており、紫の花を狙うならこの時期、雲海とキャンプを楽しむなら乾いた季節を選びたい。高原の夜は冷えるため、日中の暑いクアンガイの感覚で荷造りをすると寒さで後悔する。
設備が整った観光地ではないので、水・食料・防寒・照明は自分で用意する前提で動くのが無難だ。トイレやシャワーなどの常設インフラは期待しにくい。裏を返せば、8,500人が集う祭りの日を外せば、100ヘクタールの草原をほぼ独り占めできる贅沢がある。ダナンやホイアンの喧騒に食傷したリピーターにとって、クアンガイのブイフイ高原は「日本人がまだ写真に撮っていない中部」を歩く数少ない選択肢になる。
