ホイアン旧市街を歩くと、寺でも民家でもない、瓦屋根の重い門構えの建物にときどき出くわす。ベトナム語で「đình(ディン)」と呼ばれる村の集会所だ。そのうちの一棟、レロイ通り27番地に建つ築200年超のディンが、2026年8月15日から16日にかけて竹細工や椰子紙の職人作品を並べる展示空間に姿を変えた。「Hoi An through Old Eyes(古い眼で見るホイアン)」と題した2日間の催しで、普段は素通りしがちな古建築が、旅程に組み込む価値のある目的地になった瞬間だった。ホイアンを再訪する日本の旅行者にとって、ランタンと仕立て屋だけではない古い町の別の顔を知る手がかりになる。
レロイ通り27番地、18世紀築のディンが会場になった
会場になったのはホイアン地区レロイ通り27番地のディン。18世紀に建てられ、樹齢でいえば200年をゆうに超える。行政区分の変更で、いまホイアンは中部の大都市ダナンの一部として扱われる。町の代表的な文化遺産のひとつで、これまでも節目の行事の舞台になってきた建物だ。今回はその内部に写真パネルと手仕事の品を持ち込み、「Art from the Hands of Hoi An(ホイアンの手が生む芸術)」という工芸の展示と、遺産をめぐる円卓の議論を組み合わせた。主催者は催しの狙いを、遺産を陳列棚に収めるのではなく、住民が使い続けることで生かす点に置いている。
ディンは寺ではない——村の守り神と共同体の家
日本の旅行者が誤解しやすいのだが、ディンは仏教寺院ではない。村の守護神(タインホアン)や開村の功労者をまつり、村人が集まって祭礼や寄り合いを開くための共同施設だ。位置づけとしては神社と公民館を足したような存在で、農村では最も格の高い建物として村の中心に据えられてきた。屋根の反りや木組み、まつられる神の性格には地域ごとの違いがあり、一棟ずつ表情が異なる。ホイアンのように港町として栄えた土地では、こうした共同施設が交易で集まった人々の結び目にもなった。
ディンを観光の目的地として開く動きは、いま各地に広がりつつある。ホーチミンから90kmのタイニンでは築140年の共同祠が三か所目の観光目的地に整えられた例もある。祈りと寄り合いの場だったディンを、住民が使いながら旅行者にも開く。今回のホイアンの2日間も、その流れの中に置くと狙いが見えてくる。単に古い箱を見せるのではなく、中で手を動かす人を見せることに意味を置いたわけだ。
竹・椰子紙・絵——3人の職人が並んだ理由
展示の柱になったのは、地元で活動する3人の作り手の仕事だった。竹細工のヴォ・タン・タン、椰子(ココナッツ)の繊維から紙を漉くチュオン・タン・トー、そして画家のヴァン・チーの三者だ。椰子から紙をつくるという発想は日本ではなじみが薄いが、ホイアン周辺の素材と手わざが結びついた土地固有の工芸だ。竹を割いて編む技も、絵筆でこの町の風景を写す仕事も、いずれも古建築の中で見せることで、作品と場所のつながりが立ち上がる。写真パネルは「古い眼で見るホイアン」の題どおり、いまの観光地になる前の町の姿を並べ、来場者が現在の町並みと重ねて見られるようにしていた。主催者が掲げたのは「遺産は、共同体が世話をし、実践し、受け継いでこそ本当に息づく」という一文で、完成品の鑑賞よりも、つくる手そのものを見せることに力点があった。円卓の議論も、遺産を博物館の展示物にとどめないための語り合いとして組まれていた。日本の旅行者にとっては、職人が目の前で手を動かす場に立ち会えるかどうかが、こうした催しを旅程に入れる価値を左右する。
ホイアンの古建築を旅程に入れるための実用メモ
今回の催しは2日間限りだが、レロイ通りのディン自体は旧市街の徒歩圏にある。ホイアンの古い町並みを見て回るなら、名物のバインミー巡りと組み合わせると効率がいい。旅の段取りは以下を押さえておきたい。
- 場所: ホイアン地区レロイ通り27番地。旧市街の中心部で、来遠橋(日本橋)や仕立て屋街から徒歩圏内。
- 回り方: 古い建築は日中の光が入る午前が見やすい。昼は値段つきで紹介したホイアンのバインミー名店で休憩を挟む動線が組みやすい。
- 入場: ホイアン旧市街は保存のための共通チケット制を採る区画が多い。ディンや会館の内部見学は対象になる場合があるため、現地の販売所で最新の扱いを確認したい。
- 合わせて見たい遺産: 海が掘り起こしたホイアン沖の古い沈没船の話題など、町には貿易港時代の痕跡が点在する。
ランタンの町の、もう一つの見どころ
ホイアンといえば夜のランタンと川面の灯籠が定番の絵になる。ただ、レロイ通り27番地のディンが2日間だけ職人の手仕事に開かれたように、古い建物の中で交わされる小さな催しにこそ、この町が守ってきたものが表れる。次にホイアンを訪ねるなら、旧市街の会館やディンの掲示に目を止めてみたい。会期限定の展示や祭礼にあたれば、ランタン写真とは別の一枚が旅の記憶に残る。
