ホーチミンやハノイの街を歩くと、若い人たちが手にしているのはコーヒーだけではありません。氷を浮かべたミルクティーに、太いストローで吸い上げる黒いタピオカ。ベトナムでは「トラースア(trà sữa)」と呼ばれるこの一杯は、いまや学生や会社員の日常に溶け込んでいます。その流れを牽引したブランドのひとつが、台湾発のGong Cha(貢茶)です。この記事では、メニューや店舗情報ではなく、タピオカミルクティーという飲み物がどこで生まれ、どんな道のりを経てコーヒー大国ベトナムに根づいたのか、その文脈をたどります。
タピオカミルクティーは台湾で生まれた
タピオカ入りのミルクティー、いわゆるバブルティーのルーツは1980年代の台湾にあります。経済成長で食文化が活気づいたこの時期、忙しい若者向けに、伝統的なお茶をもっと気軽に楽しめる形にできないかという試みが各地で生まれました。
発祥をめぐっては、台湾中部・台中の春水堂(チュンシュイタン)と、南部・台南の翰林茶館(ハンリン)という二つの茶館がそれぞれ「自分たちが考案した」と主張しています。春水堂では、ミルクティーに台湾のデザートであるタピオカを合わせたのが始まりとされ、翰林茶館では市場で見つけた白いタピオカをミルクティーに入れたのがきっかけだと伝えられています。両者の主張は法廷にまで持ち込まれましたが、2019年に「バブルティーは特許の対象にはならない」という判断が下されました。誰か一人の発明というより、台湾の茶文化のなかから自然に育った飲み物だと言えそうです。
甘いお茶に、もちもちとした食感のタピオカ。飲むだけでなく噛む楽しさが加わったこのスタイルは、台湾の外へと広がっていきました。
献上茶を意味する「貢茶」というブランド
Gong Chaは、2006年に台湾南部の高雄で創業しました。「貢茶」という名前は、かつて皇帝に献上された質の高いお茶を指す言葉に由来すると説明されています。日常の一杯でありながら、ブランドの名前には茶そのものへの敬意が込められているわけです。
創業以降、Gong Chaは台湾だけにとどまらず、アジアを中心に世界へ店舗網を広げていきました。看板はタピオカ入りのミルクティーですが、茶葉やトッピング、甘さや氷の量を選べる仕組みも各国の消費者に受け入れられた要素です。下の表は、Gong Chaの歩みのおおまかな流れを整理したものです。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1980年代 | 台湾でタピオカ入りミルクティー(バブルティー)が生まれる |
| 2006年 | 台湾・高雄でGong Cha(貢茶)が創業 |
| 2010年代 | アジアを中心に各国へ出店、複数の国・地域に展開 |
「献上茶」という出発点を持ちながら、街角で気軽に手に取れる飲み物として広がっていったところに、このブランドの性格が表れています。
コーヒーの国ベトナムに茶の文化はあった
ベトナムというと、濃いコーヒーや練乳入りのカフェスアダーを思い浮かべる人が多いかもしれません。ただ、ベトナムにはもともと根強いお茶の文化があります。
緑茶は日常的によく飲まれ、朝や食後、来客のもてなしの場で湯のみが差し出されます。北部のハノイでは、緑茶に蓮の花の香りを移した蓮茶(trà sen)が、上品な贈り物や特別な席のお茶として親しまれてきました。日本や中国のように形式ばった作法を重んじるというより、暮らしのなかにさりげなく溶け込んでいるのがベトナムの茶のあり方です。
街角でよく見かけるのが、低い椅子に腰かけてすするトラーダー(trà đá)と呼ばれる氷入りのお茶です。甘さを加えず、お茶本来のほろ苦さを楽しむこの一杯は、立ち話やちょっとした休憩の合間に飲まれてきました。コーヒーが目立つ国でありながら、ベトナムの人々は昔からお茶とともに時間を過ごしてきたのです。
なぜ若者は台湾ティーに惹かれたのか
台湾発のタピオカミルクティーがベトナムの大都市で売り出されたのは、2000年代に入ってからだと言われています。Gong Chaがホーチミンに進出したのは2010年代半ばごろとみられ、当初は数店舗だった店が市内に広がっていきました。
もともと甘いお茶や氷入りのお茶に親しんできたベトナムの土壌は、甘いミルクティーを受け入れやすいものでした。そこに、台湾ティーならではの新しさが加わります。もちもちのタピオカという食感、好みに合わせて甘さや氷を選べる仕組み、そして友人と並んで写真を撮りたくなるような店の雰囲気。これらが、無糖のトラーダーとは違う「選んで楽しむ一杯」として、若い世代の心をつかみました。
トラースアは単なる飲み物にとどまらず、友人と過ごす時間やSNSで共有する文化と結びついていきました。学校の近くの小さな店から、おしゃれなカフェ、デリバリーまで、飲む場面も広がっています。下の表は、伝統的なベトナムのお茶と、台湾発のタピオカミルクティーの性格の違いを整理したものです。
| 項目 | 伝統的なベトナム茶 | 台湾発のトラースア |
|---|---|---|
| 味わい | 無糖や控えめな甘さ、お茶のほろ苦さ | 甘いミルクティー、選べる甘さ |
| 食感 | 飲むことが中心 | タピオカなど噛む楽しさが加わる |
| 飲む場面 | もてなし、休憩、立ち話 | 友人との時間、SNS、デリバリー |
| 主な担い手 | 幅広い世代 | 学生や若い社会人が中心 |
興味深いのは、若者がトラースアに熱中する様子を見て、伝統的なお茶を扱う側もその嗜好を取り込もうとする動きが出てきたことです。茶葉を生かした新しいドリンクを若い世代向けに用意するなど、台湾ティーの流行がベトナムのお茶のあり方そのものにも影響を与えつつあります。
気軽に楽しむための小さなコツ
トラースアの楽しさのひとつは、自分好みに調整できるところにあります。甘さや氷の量を選べる店が多いので、初めてなら甘さを控えめにして、お茶の風味を確かめてみるのも一つの手です。
トッピングも、定番のタピオカのほかにいくつかの種類が用意されていることがあります。食感の違いを試しながら、自分の好みを見つけていくのも台湾ティーらしい楽しみ方です。ベトナムの若者が並んで一杯を選ぶ姿には、お茶を暮らしに取り入れてきた文化の延長線上にある、新しい形が見えてきます。
まとめ
タピオカミルクティーは1980年代の台湾で生まれ、2006年に高雄で創業したGong Chaなどの手で世界へ広がりました。コーヒーの印象が強いベトナムにも、もともと緑茶や蓮茶、トラーダーといった豊かな茶の文化があり、甘く食感のあるトラースアはその土壌のうえに新しい一杯として受け入れられてきました。台湾ティーがベトナムの若者をとらえた背景には、お茶を暮らしの一部としてきた長い歴史があります。Gong Chaの一杯を手にするとき、その向こうに二つの茶文化の出会いが見えてくるかもしれません。
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