2026年7月25日、ベトナム中部フエ市フースアン坊のトゥオンバック公園で、北部・中部・南部から集まった30人超の職人と料理人がブンボーフエを一斉に仕込み、300杯を同時に仕上げた。ベトナム記録機構(VietKings)はこれを審査し、「一時点で最も多くの人が同時に味わうために調理・実演したイベント」としてベトナム記録に認定している。舞台はフエ市観光局が主催した「フエ・美食の都2026」で、7月23日から26日までの4日間に約4万8,000人が訪れた。フエの麺を目当てに旅程を組む旅行者にも、食の企画に関わる人にも、この4日間は「無形文化遺産の指定を、人が動く日付に変換した」実例として読める。
認定されたのは職人の人数でも鍋の大きさでもない
見出しだけを追うと「30人超の職人が記録」「300杯を同時調理」と読めてしまうが、VietKingsが認定した記録の中身はそこではない。記録名は「一時点で最も多くの人が同時に味わうために、ブンボーフエを調理・実演したイベント」。主語は同じ瞬間に何人へ供せたかであって、職人の頭数や器の大きさを競うものではない。300杯という数字は、その「同時に味わった人数」を支える実測値として出てくる。
当日の流れは各紙でほぼ一致している。VnExpressによれば、参加したのは北・中・南の3地方から集まった30人超の職人・料理人・食の専門家。VietKingsは提出書類の確認と会場での実地審査を経て記録を宣言し、主催者は31の職人・料理人・参加団体に参加証を渡した。会場には数百人の市民と旅行者が集まり、作る過程を見てからその場で食べている。
「料理の知識」と「麺の技術」、二つの遺産がそろった一年
この記録が2026年7月に置かれた背景には、直前の1年半に重なった二つの指定がある。ひとつは2025年6月27日、文化体育観光省が決定2203/QĐ-BVHTTDLで「ブンボーフエに関する民間知識」を国家無形文化遺産リストに加えたこと。区分は建築でも祭礼でもなく民間知識(tri thức dân gian)で、素材の選び方から仕込みの技術、食べ方までを、世代を越えて受け継がれた知識としてまとめて扱う枠組みだ。指定されたのは「フエで作られた一杯」ではなく、その一杯を成立させる知識のほうだった。
もうひとつが麺そのもの。フエ市フーンチャのフーントアン社にあるヴァンクー村の製麺技術が、2025年2月19日に国家無形文化遺産の証書を受けている。500年以上続くとされる村で、いまは125世帯・325人が製麺に従事し、フエ市内の麺店の多くがここの麺を使う。旧暦1月22日には、製麺を村に伝えたとされる女性を祀る「バー・ブン」の祭りが営まれる。
「フエ・美食の都2026」がテーマを1品に絞り、実景ショー「ヴァンクー伝説とフーン・グーの交響曲」で村の歴史から語り起こしたのは、この二つを一本の物語につなぐためだった。丼の中身だけでなく、麺が生まれる村まで含めて見せる構成になっている。
4日間で4万8,000人、観光収入は約120億ドン
| 項目 | 内容 | 出所 |
|---|---|---|
| 開催期間 | 2026年7月23〜26日(4日間) | Báo Pháp Luật |
| 会場 | トゥオンバック公園(フエ市フースアン坊) | VnExpress |
| 同時調理 | 300杯/職人・料理人30人超(参加証は31者) | Tiền Phong・VTC News |
| 出店規模 | 約80ブース。ハノイ、ハイフォン、ゲアン、ディエンビエン、フート、クアンチ、ダナン、ザライ、ホーチミンなどが参加 | Báo Pháp Luật |
| 来場者 | 約4万8,000人 | Báo Pháp Luật |
| 観光収入 | 約120億ドン(約7,400万円) | Báo Pháp Luật |
| 主催 | フエ市観光局 | Tiền Phong |
| フエ全体の上半期実績 | 来訪430万人超(前年同期比30%増)、観光収入10兆3,000億ドン(約636億円、同56.2%増) | Báo Pháp Luật |
| 2026年下半期(7〜12月)目標 | 730万〜750万人、観光収入20兆ドン(約1,235億円) | Báo Pháp Luật |
円換算は1円=約162ドン(2026年7月下旬)で計算。
目を引くのは、収入を来場者数で割った1人あたり約25万ドン(約1,540円)という水準だ。屋台で一品と飲み物を買って帰る額に近く、宿泊や周遊まで含んだ数字ではない。裏を返せば、4日間の120億ドンはフエが下半期(7〜12月)に掲げる観光収入目標20兆ドンの0.06%ほどにすぎない。売上そのものは小さい。効いてくるのは、全国紙が同じ週に一斉に「ブンボーフエ」を書いたという事実のほうだ。
行政・観光局・職人、三者で言い方がずれている
フエ市人民委員会のチャン・フー・トゥイ・ザン副主席は、この取り組みがブンボーフエのブランドを引き上げ、文化・観光の代表的な商品として位置づけ、地域と世界の美食地図の上での立ち位置を確かにしていくものだと説明している。行政の言葉は一貫して「地図の上の位置」に向いていた。
フエ市観光局のチャン・ティ・ホアイ・チャム局長が閉幕後に出したのは数字だった。4日間で約4万8,000人が訪れ、観光収入は約120億ドンと見込む、という内容である。「活動はおおむね滞りなく進んだ」という評価のほうは観光局としての総括であって、局長個人の発言としては報じられていない。
現場の職人の視点はもう少し細かい。ベトナム食文化職人のホー・ダック・ティエウ・アイン氏は、ブンボーフエの辛さはレモングラス、油で炒めた唐辛子、チリソース、そして添えるヌクマムに浮かべた生唐辛子から出るものだとしたうえで、「職人ごとに秘伝があり、同じ丼は二つとない」と語り、その差こそが料理の文化的な奥行きを作ると説明した。行政が均質なブランドを語り、職人が不均質さを誇る。この二つが同じ会場に並んでいたところに、今回の記録認定の性格が出ている。
指定を取ったあとに何をするか——日本側が持ち帰れる工程
日本の「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは2013年12月4日(農林水産省)。登録から10年以上が過ぎ、看板としての認知は定着した。ただ「登録されたから食べに行く」という動線は作りにくい。指定は資格であって、来店の理由そのものではないからだ。
フエがやったのは、指定の翌年に日付・場所・人を用意することだった。7月23〜26日という日付、トゥオンバック公園という場所、31の職人・団体という顔。記録認定は、その三つを1本のニュースにまとめる口実として働いた。日本の自治体や食品メーカーがGI(地理的表示)や各種の認定を取ったあとに詰まりやすいのは、この変換の工程にある。認定を取るところまでは支援制度があるが、認定を「行く日」に置き換える設計は自前で組むしかない。
商品開発の側から見て示唆的だったのは「同じ丼は二つとない」の扱い方だ。ブランドを全国に広げる局面では、ふつう味の標準化に向かう。フエは逆に、職人ごとの差を前面に出したまま80ブースを並べた。標準化された一つの味ではなく、差があること自体を体験の中身に据えている。個店の味を残したまま看板だけを共有するやり方は、家族経営の店が世代交代のたびに味を動かしていくベトナムの現実とも噛み合う(80年の味をTikTokで継ぐ、サイゴン4代目のフーティウ店)。日本の企画者が「本場の味を再現」と書くとき、再現すべき対象が一つに定まらない料理もある、という前提を持っておくと設計が変わる。
麺の村まで含めた「面」の観光に広がるか
波及の読み筋は二つある。ひとつは動線。ヴァンクー村は125世帯・325人という規模で、観光地として整えられているわけではない。ただ、旧暦1月22日のバー・ブン祭という明確な日付を持っている。フエが7月に「食べる日」を作り、旧正月明けに「作る現場を見る日」を持つ形になれば、丼一杯の体験が半日の行程に伸びる。
もうひとつはブランド管理。今回の80ブースには、ハノイ、ハイフォン、ゲアン、ディエンビエン、フート、クアンチ、ダナン、ザライ、ホーチミンの店や団体が並んだ。フエの外で作られる「ブンボーフエ」を締め出さず、むしろ全国から集めて一つの旗の下に置いた形になる。国家無形文化遺産の指定対象が「フエで作られた麺」ではなく「ブンボーフエに関する民間知識」だったことを踏まえると、この開き方には筋が通る。知識は移動できるからだ。半面、フエで食べる必然性をどう保つかという宿題は残る。ヴァンクー村を前面に押し出したのは、その答えの一つに見える。
フエ観光そのものは伸びている。2026年上半期の来訪は430万人を超えて前年同期比30%増、うち国際客が約150万人(25.1%増)、国内客が約280万人(30.1%増)。観光収入は10兆3,000億ドン(約636億円)で56.2%増と、人数の伸びを収入の伸びが上回った。単価が上がり続けるかどうかが、この種の食のイベントを毎年やる価値を左右する。
フエでブンボーフエを食べに行くための実務メモ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 記録の対象 | 「一時点で最も多くの人が同時に味わうために調理・実演したイベント」(VietKings認定、2026年7月25日) |
| イベント | 「フエ・美食の都2026」テーマ「ブンボーフエの日」/2026年7月23〜26日で終了 |
| 会場 | トゥオンバック公園(フエ市フースアン坊) |
| 主催 | フエ市観光局 |
| 国家無形文化遺産(料理) | 「ブンボーフエに関する民間知識」/2025年6月27日、文化体育観光省 決定2203/QĐ-BVHTTDL/区分は民間知識 |
| 国家無形文化遺産(麺) | ヴァンクー村の製麺技術/2025年2月19日に証書を授与 |
| 麺の村 | ヴァンクー村(フエ市フーンチャ、フーントアン社)。125世帯・325人が従事 |
| 村の祭り | 旧暦1月22日「バー・ブン」祭 |
| 公演 | 実景ショー「ヴァンクー伝説とフーン・グーの交響曲」 |
| 告知のタイミング | 2026年の日程が現地各紙に出たのは7月10日ごろ。開幕まで2週間ほど |
| 為替の目安 | 1円=約162ドン(2026年7月下旬) |
2027年に同じ規模で開かれるかどうかは、まだ発表されていない。今年の例で言えば、日程が現地紙に出てから開幕までは2週間ほどしかなかった。7月にフエへ行く予定を組むなら、航空券と宿を先に押さえ、直前に現地紙で日程を確かめる順番のほうが現実的だ。イベント期間の外でも、フエ市内の麺店は通年で開いている。1日で麺と米粉菓子をまとめて回る歩き方は別記事にまとめた(宮廷料理の街フエを1日1,200円で食べ尽くす麺と米粉菓子の旅)。店の当たり外れが気になるなら、客席に地元客がどれだけいるかを数える昔ながらの方法が手堅い(客の40人中39人が地元民なら当たり——ベトナム良店選びの黄金律)。
まとめ
今回の記録は、丼の大きさでも職人の人数でもなく、「同じ瞬間に何人が味わったか」を認定したものだった。この一点を取り違えなければ、現地の人と話すときの入り口になる。旅行者として動くなら、次の7月下旬にフエを置き、告知が出る7月上旬に現地紙を見る。ヴァンクー村まで足を伸ばすなら旧暦1月22日のバー・ブン祭に合わせる。食の企画に関わるなら、手元の認定案件を「日付・場所・人」の三点に分解し、どれが欠けているかを書き出すところから始めたい。フエは指定の翌年にその三点をそろえ、4日間で4万8,000人を集めた。
参照元:VnExpress/Tiền Phong/VTC News/Báo Pháp Luật Việt Nam/VnEconomy/Báo Chính phủ/VnExpress(ヴァンクー村)/Báo Pháp Luật Việt Nam(フエ観光統計)/農林水産省
