2026年7月1日、ベトナムで新しい人口法が施行された。目玉のひとつが、第2子を出産した女性労働者の産休が6カ月から7カ月へ1カ月延び、妻が第2子を産んだ夫の休暇も5営業日から10営業日に倍増したことだ。あわせて社会保険の計算基礎になる「基礎給与(mức lương cơ sở)」も月234万ドンから253万ドンへ引き上げられた。ハノイやホーチミンで現地スタッフを雇う人、ベトナム人パートナーと暮らす在住者にとっては、休みの取り方も月々の保険料も変わる話になる。旅行で立ち寄るだけの人にはピンと来にくいが、この夏ベトナムに関わる予定があるなら、街の空気を読む材料として押さえておきたい。
7月1日、何が変わったのか
ベトナム国会が2025年12月に可決した人口法(全8章30条)が、2026年7月1日に効力を持った。従来は「二人っ子」を推奨してきた家族計画の枠組みを外し、むしろ子どもを産みやすくする方向へ舵を切った点が大きい。労働者に直接ひびくのは次の3つだ。第一に、第2子を出産した女性の産休が従来の6カ月から7カ月へ。第二に、妻が第2子を出産した男性労働者の休暇が5営業日から10営業日へ。第三に、35歳までに2人目までを産んだ女性などを対象にした出産一時金の新設である。いずれも「2人目を持つハードルを下げる」という設計思想で貫かれている。
なぜベトナムが出産を後押しするのか
背景にあるのは、日本や韓国と同じ少子化の足音だ。ジェトロの報告では、ベトナムの2025年の合計特殊出生率は1.93で、人口が維持される目安の2.1を下回る。前年の1.91からわずかに戻したとはいえ、都市部の低出生と地方の高出生という地域差を抱えたまま全体は下降トレンドにある。「豊かになる前に高齢化する」という言い回しがベトナム国内でも語られるようになり、長年続けた出産抑制策を一転させたのが今回の人口法だ。産休延長も出産一時金も、この方針転換を具体的な制度に落とし込んだものといえる。
産休・育休はどう延びたか
変更点を数字で並べると輪郭がはっきりする。
| Item | 改正前 | 2026年7月1日から |
|---|---|---|
| 第2子出産の女性の産休 | 6カ月 | 7カ月 |
| 妻が第2子を出産した夫の休暇 | 5営業日 | 10営業日 |
| 基礎給与(社会保険計算の基準) | 月234万ドン | 月253万ドン |
産休中の給付は、産休前6カ月の平均給与に産休の月数を掛け、さらに出産月の基礎給与2カ月分に相当する一時金を加える計算が基本だ。月数が1カ月増えれば給付総額もその分積み増しになる。基礎給与253万ドンは、日本円にすると1万5000円ほど(1円=約165ドン換算・本稿執筆時点の目安)。金額自体は小さく見えるが、これは各種給付や上乗せ手当の「単位」になる数字なので、月々の保険料や一時金の水準に静かに効いてくる。
出産一時金という新しい仕組み
もうひとつの柱が、女性への経済的支援だ。人口法の施行を案内する政令168号/2026/ND-CPにもとづき、少数民族の女性、出生率が置換水準を下回る省・市に住む女性、そして35歳までに2人目までを出産した女性などを対象に、出産時に最低200万ドンの財政支援が受けられるとされる。200万ドンは日本円でおよそ1万2000円(同換算)。地元メディアも「35歳までに第2子を産んだ女性に約1万2000円」という見出しで報じており、金額の水準は複数のソースで一致している。支援金の具体的な受け取り手続きは政令や実施ガイドで細かく定める形で、対象の絞り込みや必要書類は今後の運用で固まっていく。
How locals see it
ベトナムのSNSや生活情報の場では、この改正への反応が交錯している。「2人目を考えていた家庭には後押しになる」と歓迎する声がある一方、「1万2000円の一時金で出産を決めるほど話は単純じゃない」という冷めた見方も少なくない。都市部の子育て世代からは「保育や住宅の負担のほうが重い」という現実的な指摘が出ている。企業の労務担当の間では、夫の休暇が5日から10日に倍増したことで、繁忙期の人繰りをどう組むかという実務的な話題が先に立つ。制度の理念と現場のやりくりのあいだに温度差があるのは、少子化対策を進める他国と共通した光景だ。
ベトナムで働く人・雇う人への示唆
この改正が一番効くのは、現地でベトナム人スタッフを雇っている在住者や日系企業だ。第2子出産の従業員が出れば、女性は7カ月不在になり、その夫も10営業日休む。小さなチームほど、この空白を前提にした人員計画が要る。就業規則や雇用契約が旧来の「産休6カ月・夫5日」のままなら、7月以降の出産に合わせて文言を更新しておきたい。基礎給与253万ドンへの引き上げは社会保険料の会社負担にも波及するため、給与テーブルの見直しも早めに手をつけておくと後で慌てずに済む。ベトナムの入管手続きや税・年金の扱いもこの夏に変わっており、労務まわりをまとめて点検する好機だ。あわせて6月からVNeIDに一本化された入管手続きand7月から変わる所得税と年金の話も確認しておくと、生活と会社の手続きを一度に整理できる。
制度が社会に与える波及
産休延長と出産一時金は、単発の福利厚生にとどまらない。企業にとっては人件費と人員配置の前提が変わり、採用や配属の設計にじわじわ影響する。長い目で見れば、女性の職場定着や2人目のタイミングをどう支えるかという、社会全体の設計思想の転換点でもある。日本が長く議論してきたテーマを、ベトナムは経済成長の途上で先んじて制度化しようとしている。今回の改正がどこまで出生率を動かすかは数年見ないと分からないが、少なくとも「産みやすさ」を数字で示そうとする姿勢は、これからベトナムで暮らし働く人の環境を確実に変えていく。
これから確認しておきたいこと
まず、自分や周りが7月以降に出産に関わるなら、加入している社会保険の状況と勤務先の就業規則が新制度に対応しているかを確かめておきたい。産休や夫の休暇の申請は勤務先の人事を通すのが基本で、給付の計算根拠となる直近6カ月の給与記録も併せて押さえておくと手続きがスムーズだ。出産一時金の対象になりそうな場合は、政令168号の実施ガイドで対象条件と必要書類が示されるので、地元の社会保険窓口や勤務先で最新の案内を確認するのが確実だ。ベトナムの生活まわりのルールはこの夏に立て続けに更新されている。旅行や出張で短期に滞在するだけの人も、7月から復活した入国時の健康申告のように出発前にやることが増えている点は押さえておきたい。
