「アメリカの人口1人の町を買った実業家のコーヒー」。PhinDeli(フィンデリ)を知る入口は、そんな少し意外な物語です。ホーチミン市の実業家がワイオミング州のバフォードを競り落とし、後にベトナムコーヒーの発信拠点にしたことで知られています。ただし、町を買ったという表現と、自治体を所有したという話は別です。その違いも確かめながら、名前の由来、カップの中のベトナムらしさ、今のホーチミンで訪ねる手がかりをたどります。

The man who bought a town with a population of one
話は2012年4月にさかのぼります。アメリカ・ワイオミング州のバフォード(Buford)は、当時、人口1人の集落として知られていました。所有者のドン・サモンズ氏は1980年に家族で移り住み、1992年に「バフォード・トレーディング・ポスト」を購入した人物です。初めから20年間ずっと一人暮らしだったわけではありません。競売に出されたのは約10エーカーの土地と、ガソリンスタンド兼雑貨店、住居など。行政上の自治体ではなく、小さな集落を形づくる私有地と建物をまとめた売買だったのです。
この競売を90万ドルで制したのが、ホーチミン市の実業家ファム・ディン・グエン氏でした。ABC Newsの当時の報道によれば、オンラインで競売を見たり参加したりした人々は46か国に及びます。46か国すべてから入札があった、という意味ではありません。もう一つ大切なのは、購入時点でコーヒー事業の具体的な計画が決まっていたわけではないこと。翌年の本人への取材では、珍しい場所が持つ知名度に可能性を見ていたと分かります。完成した事業計画に町を当てはめたというより、町を手に入れた後にコーヒーの物語がつながった、と捉える方が経緯に沿っています。
町の看板にブランド名を掲げた日
落札からおよそ1年半後の2013年9月、グエン氏は現地でPhinDeliのお披露目を行いました。当時のブランド発表には、州や郡の関係者、地元住民、ベトナム系アメリカ人のゲスト、報道陣が参加したと記されています。掲げた名称は「PhinDeli Town Buford」。ただし、これはブランドを打ち出す呼称で、正式な地名のBufordが置き換わったわけではありません。サモンズ氏も「共同町長」と紹介されましたが、自治体の公職として読むのは適切ではありません。町の正式な改名ではなく、町の看板を使ったコーヒーの発信だった、という点を押さえると、この大胆な宣伝の仕組みが見えてきます。
ブランド名の「PhinDeli」は、金属製の滴下式フィルター「phin(フィン)」と、英語の「delicious」に由来する「Deli」を合わせた造語です。Deli単独を「美味」という英単語として使った名前ではありません。2013年のブランド発表によると、会社は同年3月にサイゴンで設立され、アメリカとカナダへベトナム産の焙煎・挽き済みコーヒーを届けることを掲げていました。フィンという身近な道具を名前に残しながら、売り場は海の向こうへ。町を買った話題性は、新しいブランドが北米市場のドアを叩くための、大胆な名刺がわりになったわけです。
The brand philosophy shown in the idea of "buying a town"
コーヒーの広告だけを見る場合と、「人口1人の町を買った人が届けるコーヒー」と聞く場合では、記憶への残り方が違います。PhinDeliの出発点を面白くしているのは、この順番です。豆の産地や焙煎の説明をする前に、どんな人物が、なぜこの場所から売ろうとしたのかに目が向く。ベトナム産という出自を、原料の表示だけで終わらせず、ブランドの物語として前に出した試みと読むことができます。ただ、話題になったことと、一杯の味が自分に合うことは別。物語は興味を持つ入口にして、飲み物は好みで選ぶくらいが、このブランドとの付き合い方として自然でしょう。
背景には、出自を隠さず、むしろ売りにする姿勢が読み取れます。ベトナムの飲み方を名前に取り込み、ベトナム産の豆を前面に出す。世界に届けるために個性を薄めるのではなく、土地の文化を覚えてもらう方向を選んだ、と考えられるのです。現在のPhinDeli Caféの公式紹介でも、フィンの文化を現代的に楽しむ考え方が示されています。町の逸話だけでなく、フィンという名前が今の店づくりにも残っているところに、ブランドのつながりを見つけられます。
The Vietnamese character in the cup
フィンは、カップやグラスの上に金属製フィルターを置き、お湯を注いで滴下させる道具です。コーヒーと加糖練乳を合わせる飲み方も、ベトナムらしい楽しみ方の一つ。PhinDeliの公式メニューで最初の一杯を選ぶなら、コーヒーを中心に楽しみたいときは「Cà Phê Đen」、練乳入りなら「Cà Phê Sữa」、ミルク寄りの飲み物が好みなら「Bạc Xỉu」が候補になります。2026年9月28日に確認した公式サイトの掲載価格は、順に25,000VND〜、30,000VND〜、30,000VND〜。「Phin Sữa Foam Trứng」は55,000VND〜で、卵のフォームを合わせるアレンジを試したいときの選択肢です。価格はサイトの最低価格表示で、支店やサイズによる違いは注文時に確認してください。ラテやカプチーノもあり、すべての商品が同じ焙煎やフィン抽出という意味ではありません。
北米向けに始まった焙煎・挽き済みコーヒーと、カフェで注文する一杯は、同じ名前でも商品の形が異なります。Nova Consumer Distributionの2022年の商品公表資料には、PhinDeliの挽き済み、豆のままの商品、2in1・3in1のインスタントが記載されています。お土産に選ぶなら、まず袋の中身と淹れ方を見てください。フィンで淹れたいのにインスタントを買ったり、ミルを持っていない相手に豆のまま渡したりすると、せっかくの贈り物が使いにくくなります。店頭の一杯と袋入りの商品が同じ配合・味になるとも限らないので、ブランド名に加えて商品名を控えておくと、気に入った味を探す手がかりになります。
From town to street corner. Where you can drink today's PhinDeli
バフォードの逸話から数年を経て、ブランドは新しい局面に入りました。2021年にはNova ConsumerによるPhinDeliの取得が報じられ、創業者も取引を認めています。同時期にはデザインや商品を見直し、Nova F&Bによるカフェ展開が進みました。その後、2023年にはPhinDeliを含むNova F&Bの飲食事業の買収とIN Diningへの改称が報じられ、PhinDeli Café自身も2024年の公式案内でIN Diningの会員制度を紹介しています。袋入りコーヒーの事業とカフェ運営を一括りにせず、時期を分けて見ることが大切です。遠いアメリカの町で注目を集めた名前が、ホーチミンの街角で飲める一杯にもなっていった。その変化も、このブランドの物語の続きです。
訪問先を探す手がかりとして、2026年9月28日に公式サイトで確認できたホーチミンの3店舗を挙げます。Soho店は100 Cô Giang、Orchard Parkview店は130–132 Hồng Hàで、掲載営業時間はいずれも毎日7時〜22時。Aeon Mall店は30 Tân Thắngで、平日10時〜21時30分、土日9時〜21時30分と案内されています。中心部の散策に組み込むならSoho、Hồng Hà通り周辺に用事があるならOrchard、買い物と合わせるならAeonというように、その日の行き先と組み合わせると選びやすくなります。これは公式掲載を確認できた店舗の紹介で、全営業店舗数の断定ではありません。営業時間の変更や臨時休業は掲載とずれることもあるため、早朝・夜の訪問は公式窓口1900 292 977で確認を。「人口1人の町」の話を思い出しながら、まずは好みに合う一杯を選んでみてください。
Summary
PhinDeliの面白さは、2012年のバフォード購入が、翌年にベトナムコーヒーを発信する舞台へとつながったことにあります。正式な町名の変更や、最初から完成していたコーヒー事業計画の話ではありませんが、実際の経緯を知っても十分に意外な物語です。ホーチミンで試すなら、まず行きやすい支店を選び、ブラック、練乳入り、ミルク寄り、フォームを使うアレンジから好みに合わせて一杯を。お土産なら豆・粉・インスタントの違いを確認する。由来を楽しむことと、自分や贈る相手に合う商品を選ぶことを分けると、PhinDeliをより身近に味わえます。
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