ホーチミン市に住むロシア人のアナトリー・クスルコ(Anatolii Kusurko)さんがドローンで撮った1枚の道路写真が、外国人旅行者のベトナム旅行グループで7,000を超える「いいね」を集めた。撮影地はクアンチ省を走る「ホーチミン道路 西線」。道が急勾配の先まで果てしなく延びているように写ったため、閲覧者の一部はAIが作った画像だと疑った。VnExpressがベトナム語版を9月20日、英語版を9月23日に伝えている。
日本から行く人に効くのは、絵の美しさより場所の条件だ。この区間は全長約250km、コンクリートを打った区間の多くは車2台がすれ違うのがやっとの幅で、狭く急なうえ携帯電話の電波が届かない場所がある。組まれたツアーの多くは東線を通る。気軽に寄れる撮影スポットではなく、行き方を先に決める道だ。
AIと疑われた1枚は4月30日の朝9時に撮られていた
投稿は9月17日、外国人の旅行グループで7,000超の反応
クスルコさんは「ベトナムでいちばん孤独な道」という題で9月17日に画像を公開し、反応は7,000を超えた。撮影自体は春で、フォンニャ・ケバンへ向かう道中、同行者と車で走っていた4月30日の午前9時ごろ。本人はVnExpressに「目の前の光景は本当に信じがたく、どこか恐ろしくもあった」と語っている。人が住んでいない一帯の静けさに気づいて車を止めた、というのが撮影の経緯だ。撮影から投稿までは約4か月半空いている。
ドローンを路面より高く上げると道が急坂の先まで延びる
疑われた理由は撮り方にある。クスルコさんはドローンのカメラ位置を路面より高く取り、その結果、道が果てしなく延びて急勾配で落ちていくように写った。路面すれすれではなく少し上に置くだけで、緑の壁と一本の灰色の線だけの画面になる。地形が特別なのではなく、道以外に人工物がほぼ何もない環境がこの絵を成立させている。ベトナム語版によれば、ベトナム人の一部はカットバー島の島内横断道路と取り違えたという。
撮影者と運転手、ガイドの3人が語ったこと
記事には3人の話が載っている。撮影者は、密生した森と切り立った石灰岩の壁は自分の目で見ないと伝わらないとし、道の歴史を知ってから見方が変わったと述べた。ツアー運転手のグエン・トゥーさんは印象的なカメラアングルだと認めたうえで、この道は写真から受ける印象ほど危険ではないと述べた。ただし崩落の恐れがあるので雨のときは走らないほうがいい、と付け加えている。ベトナム語版では原生林の緑と空気の良さを、言葉にしにくい美しさだと表現している。
ガイドのグエン・ズイ・フアンさんの発言が最も実務的だ。西線を通るのは地元の少数民族住民が中心で、組まれたツアーはたいてい東線を使う。西線は狭く急で、コンクリートを打った区間の多くは車2台がすれ違うのがやっとの幅しかない。電波の届かない区間があるため故障が起きると厄介になる。だから2〜3台のグループで走るべきだという助言だった。
250kmの西線はケーガット三叉路から国道9号まで続く
起点はフォンニャ、終点はケサン、沿線に洞窟と飛行場跡
西線は歴史的なチュオンソン(長山)道路網の一部で、フォンニャ村(xã Phong Nha)のケーガット三叉路から、ケサン村(xã Khe Sanh)で国道9号に突き当たるまで約250km。xãは村レベルの行政単位だ。ルートはフォンニャ・ケバン国立公園を抜け、ティエンドゥオン洞(英名Paradise Cave)、ハンタムコー、タコン飛行場跡を沿線に持つ。写真1枚では戦時の細い運搬路をそのまま走っているように見えるが、記事が説明しているのはコンクリートを打った区間を多く持つ現在の道路だ。難しさは未舗装であることではなく、幅と勾配、人も電波もいないことに由来する。
フォンニャの住所はいま「クアンチ省」になっている
フォンニャ・ケバン国立公園は長くクアンビン省の名所として紹介されてきたが、公園の公式サイトは所在地を「Xã Phong Nha, tỉnh Quảng Trị」と表記する。ACV(ベトナム空港総公社)の空港一覧もドンホイ空港を「Phường Đồng Thuận, Tỉnh Quảng Trị」と書き、クアンチ省ポータルが載せる自身の住所は「Số 06 Hùng Vương – phường Đồng Hới – tỉnh Quảng Trị」だ。ベトナム語版の記事も、運転手とガイドの肩書きを「クアンビン(旧)」と書いている。西線の北端も南端も、いまは同じQuang Tri Provinceにある。旧省名で検索すると古い表記の記事が並ぶため、宿や車を手配するときに住所が噛み合わないことがある。
確認できた数字で西線の条件を並べる
距離・路面・電波・天候を1つの表にする
報道と公的サイトで裏が取れた項目だけを並べる。所要時間や標高、給油所の数は入れていない。
| Item | What we could confirm |
|---|---|
| 区間名 | ホーチミン道路 西線(đường Hồ Chí Minh nhánh Tây) |
| Distance | 約250km |
| 起点・終点 | ケーガット三叉路(フォンニャ村)/国道9号との接続点(ケサン村) |
| 行政区 | Quang Tri Province |
| 路面と幅 | 狭く急。コンクリートを打った区間の多くは車2台がすれ違うのがやっとの幅 |
| Telecommunications | 携帯電話の電波が届かない区間がある |
| Recommended | 2〜3台のグループ走行(ガイドの助言) |
| 走行を避ける条件 | 雨天。崩落の恐れがある(ツアー運転手の説明) |
雨の日に走らないほうがいい理由は崩落
運転手が挙げた危険は視界や渋滞ではなく崩落だ。石灰岩の急斜面を切って通した道なので、雨が降れば土砂が落ちる。2〜3台という助言は、心細さへの対処ではなく、電波のない区間での通信手段の代わりと読むほうが実態に近い。水が満ちるメコンの季節は水位が上がるほど小舟の見どころが増えるが、西線では降った雨がそのまま走行リスクになる。9月が本番と月で決められるマンデンのムア花の茶畑とは違い、西線は出発直前と当日の空を見て判断する道だ。話題の1枚も、雨の降っていない朝に撮られている。
日本の旅行者と撮影クルーが西線から持ち帰れるもの
「誰もいない道」は写真と動画でどこまで通用するか
この1枚が広がった理由を風景の珍しさだけで説明すると見誤る。強さの源は「人工物が道しかない」という引き算だ。看板、電線、家、対向車、人。そのどれも画面に入らないため、見る側は縮尺の手がかりを失い、結果としてAI画像に見えてしまう。日本の観光地で同じ絵を作ろうとすると、たいてい何かが写り込む。
撤収の難しさが撮影クルーの日程を決める
映像や写真を仕事にする人から見ると、西線は絵は強いが撤収が難しいロケ地だ。電波がない区間ではクラウド転送も遠隔の確認もできず、車が1台だと機材トラブルで撮影が終わる。運転と機体の操縦を1人で兼ねるのも現実的ではない。クスルコさんも同行者と2人で走っていた。
観光地化していない道を紹介する側が背負う責任
ガイドの説明では、この道を日常的に使うのは地元の少数民族住民が中心で、観光の流量に合わせて作られた道ではない。そこへ「AIみたいな絶景」の一言だけを添えて拡散させると、狭く急な道に不慣れな車が増える。読者に渡すべきは絵の美しさより、幅・勾配・電波・天候の4条件だ。VnExpressの記事は、美しさを伝える発言より、幅・勾配・電波・雨天という注意のほうに多くの行数を割いていた。転載や要約で落ちるのはたいていこの後半だ。
世界遺産の看板だけでは西線に人は来ない
沿線のフォンニャ・ケバン国立公園について、公園の公式サイトは、2003年に地質・地形の基準でUNESCOの世界自然遺産に登録され、2015年に生物多様性と生態系の基準で二度目の登録を受け、2025年にはラオスのヒンナムノー国立公園との越境世界遺産になった、と記載している。それでも西線に人が流れないのは、看板が足りないからではなく道路条件と情報の届き方の問題だ。走行上の注意、電波の切れる区間、雨天時の通行可否が公的な場所に出ていれば、拡散は集客に変わる。出ていなければ事故の確率だけが上がる。
実際に走るなら日程と装備をこう組む
玄関口はドンホイ、南端はケサン
手配前に押さえる実用情報をまとめた。
| Item | Guide |
|---|---|
| 空路の入口 | ドンホイ空港(CHK Đồng Hới)。ACVの一覧では所在地はクアンチ省ドントゥアン坊 |
| 北の起点/南の終点 | ケーガット三叉路(フォンニャ村)/ケサン村で国道9号に合流 |
| Weather | 雨の日は走らない。話題の写真は4月30日の午前9時ごろ |
| Filming | 運転と機体の操縦を分ける。ドローンの飛行可否は現地の規定に従う |
燃料と装備のチェックリスト
自走なら費用の読みも要る。燃料費は9月10日のE10値上げのように短い間隔で動く項目で、250kmを往復する行程では給油所が読めない区間の分だけ余裕を持たせた見積りが必要だ。
- 2〜3台で走る。1台単独は避ける
- 出発前に満タン。復路分の燃料も計算に入れる
- オフライン地図を落とし、紙に主要地点を書き写す
- 前日と当日朝に降雨と崩落の情報を確認し、雨なら日をずらす
- 運転担当と撮影担当を分ける
次の一手として現実的なのは、全線走破を最初の目標にしないことだ。ドンホイ側に入ってフォンニャ・ケバンの洞窟に1日を充て、翌日に西線の北側だけを2台で往復する。電波が切れる区間にいる時間を短く抑えたまま、話題になった何もない道の感触を確かめられる。全線を通すかは、その1回で路面と自分の運転を見てから決めればいい。


