2026年7月1日、ベトナムで会社の口座から送金するときのルールが変わりました。ベトナム国家銀行(中央銀行)の通達77号(Circular 77/2025/TT-NHNN)が施行され、一定額を超える法人・個人事業の送金は、法定代表者(người đại diện theo pháp luật)本人の顔認証とワンタイムパスワード(OTP)がないと承認できなくなります。生体認証を登録していない会社は、ネットバンキングそのものが一時停止される可能性があります。現地法人を持つ日本人経営者、経理を任されている駐在員にとっては、旅行や出張で代表者が不在のあいだに支払いが詰まる、という実務の話です。この記事では、どの取引にいくらから顔認証がかかるのか、誰が登録すべきか、間に合わなかったときに何が起きるかを、旅行や短期滞在でベトナムに関わる人にも分かるように整理します。
7月1日に何が始まったのか
今回の起点は、国家銀行が2025年12月31日に公布した通達77号です。これは2024年の通達50号(Circular 50/2024/TT-NHNN、オンライン銀行サービスの安全・セキュリティを定めたもの)を改正・補足するもので、2026年7月1日から効力を持ちました。狙いは、なりすましや口座の又貸しによる不正送金を減らすこと。個人口座では2024年から一定額超の送金に顔認証が導入されていましたが、今回はその考え方を法人・個人事業(hộ kinh doanh)にも広げた形です。
ポイントは、送金の承認ボタンを押すのが「誰でもいい」ではなくなった点にあります。閾値を超える取引は、会社の法定代表者が自分の顔をスマホやアプリのカメラにかざして本人確認し、そのうえでOTPを入れて承認する。経理担当者が代わりに叩いて終わり、という運用が使えなくなる場面が出てきます。
いくらから、どの会社に顔認証がかかるのか
閾値は会社の属性によって段階が分かれています。中央銀行が上限の枠を示し、各銀行がその範囲内で自行の基準を決める仕組みのため、取引銀行によって細かい数字は前後します。報道で共通して挙げられている代表的なラインは次のとおりです。
| Target | 顔認証が必要になる金額 | 参考円換算 |
|---|---|---|
| 個人事業・零細企業(簡易会計を採用) | 1回1,000万ドン超、または1日合計2,000万ドン超 | 約6.1万円 / 約12.3万円 |
| 設立・口座開設から12か月未満の法人 | 1回5,000万ドン超、または1日合計1億ドン超 | 約30.7万円 / 約61万円 |
| 請求書払い・国際送金 | 1回または1日1億ドン超が目安 | 約61万円 |
円換算は2026年7月上旬の1円≈163ドンを前提にした概算です(為替は日々動くため目安)。この閾値を下回る取引は、これまでどおりの方法で送金でき、顔をかざす必要はありません。逆に言えば、日常的に数十万円単位の支払いを回している会社ほど、代表者の顔認証が承認フローの通過点として毎回入ってくることになります。国際送金や高額の請求書払いは、金額が大きくなりがちなだけに引っかかりやすい取引です。
未登録だと何が止まるのか
もう一つ見落とせないのが、生体認証データそのものを登録していない会社への措置です。法定代表者の本人情報と生体認証の更新が済んでいない場合、7月1日以降、オンライン送金や出金を含む電子バンキングサービスが一時停止される可能性がある、と各行が案内しています。つまり「閾値超えの取引だけ止まる」のではなく、登録が丸ごと未完了だと窓口以外の送金経路が使えなくなる、という重い話になり得ます。給与振込や取引先への支払いをネットバンキングに頼っている会社ほど、影響は大きくなります。
How locals see it
ベトナムの銀行側は、施行前から法人顧客に登録を急ぐよう繰り返し呼びかけてきました。TPBankをはじめ複数の銀行が、法人向けアプリで生体認証と権限管理を先取りして標準化する動きを見せ、経済メディアでも「通達77号への備え」として特集が組まれています。中小の経営者からは、代表者が地方出張や海外にいるときに承認が回らなくなるのでは、という不安の声も出ています。一方で、口座の又貸しやなりすまし送金の被害が続いてきた実情を踏まえ、本人が顔で承認する仕組みは詐欺の抑止になるという評価もあります。実務担当のあいだでは、代表者一人に承認が集中する運用をどう分散するかが当面の悩みどころになっています。
日本人経営者・駐在員が今週やること
現地法人を持つ、あるいは個人事業として口座を持つ日本人にとって、確認すべきことはシンプルです。第一に、法定代表者の生体認証登録が取引銀行で完了しているか。まだなら、代表者本人がベトナムにいるうちに、有効期限内のチップ入りICチップ身分証やパスポートを手元に、法人アプリで顔登録を済ませておくことです。ベトナムでは身分確認の基盤がVNeIDや電子ID(eID)に一本化される流れが進んでおり、口座まわりの本人確認は今後もこの方向で厳格化していきます。会社としての入国・在留の手続き面についてはベトナム入管手続きが6月からVNeIDに一本化、駐在員と会社の対応はも合わせて押さえておくと、身分確認まわりの全体像がつかめます。
第二に、承認体制です。代表者が日本本社にいて現地には常駐していない会社では、閾値超えの送金のたびに代表者の顔認証が要る運用は現実的に回りません。よく使う支払いを閾値以下に分けられるか、あるいは複数名で承認を回せる権限設計に切り替えられるか、取引銀行に相談しておくのが安全です。第三に、資金繰りのカレンダー。代表者が長期で国外に出る予定があるなら、その期間に大口の支払いが重ならないよう前倒しで処理しておくと、承認が詰まって支払いが遅れる事故を避けられます。
2026年ベトナムの「本人確認シフト」の一部として
今回の通達77号は、単発の銀行ルール変更というより、2026年にベトナムが進めている本人確認のデジタル化・厳格化の一部です。同じ7月には在住者向けの所得税・社会保険の扱いも変わり、手取りに影響が出ています。会社の口座、個人の税・年金、入国時の申告と、生活と事業の各所で「本人であることをどう証明するか」が更新されている局面です。手取りや社会保険の変化については7月からベトナムで手取りが変わる──在住者が知っておく所得税と年金の話で整理しています。銀行だけを見て対応すると、税や入管で別の手続き漏れが出やすいので、7月まわりの制度変更はまとめて棚卸ししておくのが得策です。
短期の旅行者はどう関係するか
純粋に旅行で数日滞在するだけの人は、今回の顔認証ルールの直接の対象ではありません。対象はベトナムで会社や個人事業の口座を持つ人です。ただし、ベトナムでは入国時の健康申告の復活や、都市部の交通・空港まわりの変更など、2026年7月に旅行者向けの制度も同時に動いています。ビジネスと観光が半々の滞在をする人は、出発前にこの時期の変更点をまとめて確認しておくと安心です。渡航前の手続きの増減についてはHealth declarations return for entry to Vietnam from July, adding one more thing to do before departurefor reference.
まとめ:代表者の顔登録を「不在になる前」に
2026年7月1日から、ベトナムの法人・個人事業は一定額超の送金に法定代表者の顔認証とOTPが必須になり、生体認証が未登録の会社はネットバンキング自体が止まる可能性があります。閾値は個人事業・零細で1回1,000万ドン超、設立12か月未満の法人で1回5,000万ドン超が目安です(1円≈163ドン換算・2026年7月上旬)。やるべきことは三つ。取引銀行で法定代表者の生体認証登録が完了しているか確認する、閾値超えの承認が代表者不在でも回るよう権限設計を見直す、代表者が長期不在になる前に大口支払いを前倒しする。会社の口座は代表者の顔とひもづく時代に入りました。次にベトナムを離れる前に、まず自社の登録状況を一つ確認しておくことをおすすめします。
