ベトナムの英語メディア Saigoneer が2026年7月22日、丸い食盆「カイマム(cái mâm)」を主題にした食文化記事を公開した。書き手の Trang Six 氏は、父と妹の話を交えながら、一枚の盆が家族をどう座らせてきたかを追う。ホームステイの夕食、招かれた家の食卓、地方の祝いの席——盆を囲む場面は、滞在が長くなるほど出くわしやすい。そして原文は、この盆に「突出した席がない」という面と「上下がある」という面の両方を書いている。旅行者が現場で戸惑うのは、たいていこの二面性のせいだ。
サイゴニアが一枚の盆から書き起こしたもの
マムは料理を載せる円形の盆で、原文はこれを「結局のところ、台所と食事の場のあいだで料理を運ぶ簡素な盆にすぎない」とも書く。素材は最初が木製で、多くはジャックフルーツ(パラミツ)の木が使われた。原文は Tuổi Trẻ を引き、古い型には富を示すために深紅の塗りと細かな文様が施されていたと紹介する。青銅器時代により丈夫な型が現れ、数世紀を経てアルミ製に置き換わった、というのが原文の整理だ。
少数民族は別の素材を選ぶ。北部の一部と中部沿岸では、タイ(Thái)族の男性が籐を編んだ盆を手がけ、原文はこれが最長20年もつと書く。ムオン(Muong)族は祝いの席で軽く炙ったバナナの葉を盆に敷き、地域の料理を葉の上に並べるという。
盆の上に何が載るかについて、原文が挙げる最小構成は、旬の野菜・たんぱく質の一皿・スープの椀の三つ。その中心に唐辛子を入れたヌクマムの小鉢が据わり、周りの皿が小鉢を回るように並ぶ。夏なら空芯菜の炒めもの、冬ならナマズの煮付け、という例が添う。
「突出した席がない」は誰の読みなのか
原文の中核にあるのは、円い盆には突き出た位置がないから地位や年齢に関わらず同じ円に入れる、という読みだ。これは Trang Six 氏の解釈であって、調査や統計の結論ではない。
その解釈を支える材料として原文が置くのが、60代になる父親の記憶だ。父の両親と9人のきょうだいは、鶏の鳴く時刻から昼まで働き、ゆで卵2個と薄めたヌクマム、それに野の草で一日をつないだ。父は共同で食べる習慣がベトナムの稲作文化から育ったと考えている、と原文は説明する。父本人の言葉として原文にあるのは一文だけで、「なぜか満たされていた。皿にあったものを、みんなで分け合った」(英語原文からの訳)。
作法の描写も、規則ではなく情景として書かれている。若い者が年長者に敬意を示し、年長者は軽くうなずいて返す。手が届かない皿があれば、気づいた身内が箸で挟んで盆越しに渡す。遅れる人の分は蓋つきの器に取り置く。テトは、真夜中の食事に全員が間に合ってはじめてテトの味がするという。
アルミは数百円、籐は一万円台から
盆そのものの相場を調べると、素材で桁が二つ変わる。調理器具店 Tiamo.vn はアルミ製のマムをサイズ4から7まで73,000〜135,000ドンで並べる。1円=約162ドン(2026年7月時点)で約450〜830円、金物店で買える生活雑貨の値段だ。
籐編みの盆(mâm mây)は工芸品の値段になる。Báo Sơn La が2017年に伝えたソンラー省フーイエン県クアンフイ社バンモ4村の作り手 Lừ Ngọc Khánh 氏の場合、直径80cmから1mの盆を1枚4〜6日かけて編み、大きい盆が250万ドン、小さい盆が150万ドン。原料の籐はスオイト(Suối Tọ)の森で採るか、ハノイ近郊の工芸村から1kgあたり80,000ドン(約490円)で仕入れる。同紙が2020年に取り上げた同じ社バンモ2村の Si Văn Hoan 氏は、月に約8枚を作り1枚200万〜500万ドンで売る。
| 種類 | 素材 | サイズ | 実勢価格(VND) | 円換算(1円=約162VND) | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 家庭用の盆 | アルミ | 直径16〜30cm | 20,000〜55,000 | 約120〜340円 | BigGo Việt Nam(価格比較) |
| 家庭用の盆 | アルミ | サイズ4〜7 | 73,000〜135,000 | 約450〜830円 | Tiamo.vn(調理器具店) |
| 大型の盆 | アルミ | 直径46〜72cm | 160,000〜545,000 | 約990〜3,400円 | BigGo Việt Nam |
| 籐編みの盆(小/大) | 籐 | 直径80cm〜1m | 1,500,000/2,500,000 | 約9,300円/約15,400円 | Báo Sơn La(2017年) |
| 籐編みの盆 | 籐 | 各種 | 2,000,000〜5,000,000 | 約12,300〜30,900円 | Báo Sơn La(2020年) |
上下の盆は、ベトナム自身が議論している
原文は円の平等さを書いた直後に、その反対側も書く。地方の祝いの席では今も mâm trên(上の盆)と mâm dưới(下の盆)が分かれ、上の盆の年長者と男性が飲み食いを終えてはじめて、下の盆の女性と子どもが席を立てる、という記述だ。
ここで「ベトナムはそういう社会だ」とまとめると、事実からずれる。まず民族と地域で違う。VietnamPlus は2023年6月28日、ザオ(Dao)族の食卓を扱った記事で、かつては上の盆を男性と高齢者に、下の盆を女性と子どもに割り当てたと説明したうえで、今日では文化の混じり合いのなかで上下の分けをやめて一緒に食べており、大きな祝祭日や特別な日にだけ盆を分ける、と書いている。日常の食卓からはすでに退いた、という記述だ。
次に、この慣習はベトナム国内で肯定的に扱われていない。Báo Văn Hóa は2021年12月8日、テレビ番組の出演者が女性は下の盆に座るべきだと述べたことを取り上げ、社会発展研究所(Viện Nghiên cứu Phát triển Xã hội)の Khuất Thu Hồng 所長の批判を伝えた。所長の言葉は「彼の考え方は、まるで15〜16世紀に生きているかのようだ」(越語からの訳)。
つまり mâm trên / mâm dưới は実在する慣習であると同時に、ベトナムのメディアが批判の対象として書く論点でもある。一度の宴席で見た配置を、その家や村、ましてや国全体の姿として読むのは早い。
ソンラーの職人が変えたのは、盆ではなく仕上げだった
籐の盆を作る側の話も、「伝統」という言葉から想像するものとは少しずれる。Báo Sơn La が2025年8月6日に載せた記事は、ソンラー省の12民族の多くが籐・竹編みの技を持つとし、タイ族のほかザオ、ラハ(La Ha)、カン(Kháng)、モン(Mông)を挙げる。ムオンサイ社ブアボン村の Quàng Văn Ứt 氏は、素材を干し、割き、水に浸して柔らかくする工程が続き、籐を折らずに編むには細かさと手際が要ると説明する。編んだ品は台所の棚の上で煙に当て、虫害を防ぐ。
ところが2020年の記事の Si Văn Hoan 氏は、原料をハノイ近郊の工芸村から仕入れ、燻す代わりに塗装で仕上げている。本人の説明は「原料の処理に時間を取られないので、製品の文様づくりに集中できる」。守られているのは編み方と文様で、動いていたのは調達と仕上げの工程だった。
箱膳からちゃぶ台へ、日本側も一本道ではなかった
日本の食卓を横に置くと、マムの立ち位置が見えやすくなる。日本では長く一人ひとりが自分の膳で食べ、江戸期から大正にかけて箱膳が使われ、大正末から昭和初めに家族が一つの卓を囲むちゃぶ台へ移り、昭和30年代以降はダイニングテーブルと椅子が広がった——という整理が、自治体の資料や食文化の解説で共有されている。ただし全国一律の年表ではなく、時期にも普及度にも地域差・階層差があったとされる。日本側についても断定はできない。
並べて見えるのは順番の違いだ。日本は個別の膳から共有の卓へ動き、そこからまた個別化した食事へ向かったと説明されることが多い。ベトナムのマムは、共有の段階に主軸を置いたまま、外食と個人化の圧力を受けている最中にある。原文が終盤に置いた妹の話——大学2年生で、家にいると気疲れするので路上の店で友人と食べるほうが楽しい、というのは Trang Six 氏の地の文であって本人の発言の引用ではない——は、その圧力が家庭の内側から出ていることを示す例だ。
同じ緊張は店の側にもある。四代続いた味をTikTokで継ぐ道を選んだサイゴンのフーティウ店(80年の味をTikTokで継ぐ、サイゴン4代目のフーティウ店)や、家族の料理そのものを書き直す料理人の仕事(全盲のマスターシェフが書き直す、家族のベトナム料理)と並べれば、マムの話は器ではなく、誰と食べるかの話だと分かる。
「円」が商品になったあとの見分け方
原文は結びの手前で、モダンなベトナム料理店の店主が料理をマムに載せて出すことに触れる。それが商談相手を信頼の円へ招き入れる働きをし、ホームステイの共同夕食では旅行者に「本物」のベトナムを味わわせる、という書き方だ。店舗数や市場規模の話ではなく、あくまで原文の観察である。
裏返すと、旅行者にとっての含意は単純になる。マムで出てくる店は、演出としてマムを選んでいる。値段には演出の分が乗る。演出でないマムを見たいなら、地元客だけで回っている場所に行くほうが早い。中部の食材と惣菜が路地に集まる在住者向け市場(サイゴンの路地に中部が丸ごと引っ越した在住者市場チョ・バーホア)には、演出のない代わりにその地方の食卓が置かれている。
盆を囲む席に呼ばれた日の実務
| 場面 | 起きること | できること | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 家庭・ホームステイの夕食 | 盆を中心に円になり、床にあぐらで座る場合がある | 靴の扱いと座る位置を家の人に確認する | 席の決まり方は家ごとに違う。自分で「上座」を探しに行かない |
| 箸と碗が配られる | 束ねた箸から一膳ずつ配り、別の人が碗にご飯をよそう(原文の描写) | 配られるのを待ち、勧められてから食べ始める | 手伝いたいときは先に一声かける |
| 料理の並び方 | 旬の野菜・たんぱく質の皿・スープが同時に並び、中央にヌクマムの小鉢 | 中央の小鉢は共用の調味料として使う | コース仕立てではない。次の皿を待つ前提で構えない |
| 手が届かない皿がある | 気づいた人が箸で挟んで渡してくれることがある | 渡されたら受け取る | 取り箸の有無は家庭差がある。家の人の手元を見る |
| 遅れて来る人がいる | その人の分を蓋つきの器に取り置くことがある | 自分が遅れるなら事前に伝える | 取り置きの器には手をつけない |
| 祝祭・冠婚の席 | 盆が複数に分かれ、年齢や続柄で組まれることがある | 案内された盆に座る | 分け方には地域差・民族差・世代差がある |
| 盆を土産に買う | 市場や金物店にアルミ、山間部の工芸店に籐 | 日常使いはアルミ(約450〜830円)、飾りなら籐(約9,300円〜) | 籐は直径80cm〜1mの大型がある。持ち帰り方法を先に決める |
婚約の儀(lễ ăn hỏi)で運ぶ盆の数は、ベトナムの婚礼サービス各社の解説では北部で奇数、南部で偶数が選ばれることが多いとされるが、意味づけは業者や地域で説明が食い違う。招かれた側が数を数えて解釈する必要はない。
まとめ
マムをめぐる原文の面白さは、平等の象徴として書きながら、同じ盆が序列を可視化することも自分で書いている点にある。使える結論は、盆の形から人間関係を推測せず、目の前の家のやり方に合わせることだ。
次に動くなら、順番はこうなる。家庭やホームステイの食事の予定があるなら、座る場所と食べ始めるタイミングだけを先に聞いておく。土産に盆を買うなら、日常使いのアルミと飾り用の籐で予算が二桁違うので、目的を決めてから市場に行く。籐が目当てなら、越紙が繰り返し取り上げるソンラー省フーイエン県クアンフイ社が産地で、直径80cm前後の大型が主流だと知っておくと値付けを判断しやすい。そして上下に分かれた盆を見かけても、その一場面を国の姿として持ち帰らないでほしい。
参照元:Saigoneer/Báo Sơn La(2017)/Báo Sơn La(2020)/Báo Sơn La(2025)/VietnamPlus/Báo Văn Hóa/Tiamo.vn/BigGo Việt Nam/せいか舎(箱膳とちゃぶ台)
