タガメの香りは別料金——ハノイ旧市街、4代96年のバインクオンがミシュラン

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ハノイ旧市街のハンガー通りに、朝から蒸し器の湯気が絶えない小さな店がある。バインクオン・ジャチュエン・タインヴァン。2026年6月4日にハノイで発表されたミシュランガイド・ベトナム2026で、この店は新しくビブグルマンに選ばれた。祖母がベトチで蒸し始めたのが1930年、現在の店主チャン・ティ・ヴァンさん(69)は1973年、16歳のときから自分で蒸し布を握ってきた。旧市街に宿を取る日本の旅行者にとっては、ホテルから歩ける範囲で96年続く朝食に当たれるという話になる。なお本文の円換算は1円=約162VND(2026年7月時点)で計算した。

目次

ハンガー通りの角で、96年目の蒸し器が動いている

店はハンガー通りとハンガーヴァイ通りの交差点近くにある。ミシュランのビブグルマンは星とは別の区分で、質のよい料理を手頃な価格で出す店に与えられる。タインヴァンは2026年版で初めてこの区分に入った新規店で、同じ年にビブグルマン入りしたハノイの店は3軒だけだ。星付きを期待して行くと、実際の店構えとの落差に戸惑うことになる。

ミシュラン側の評価は、皮が手作りで柔らかく滑らかなこと、つけダレの調和、トッピングの選択肢の多さに向けられている。あわせて、ハノイの汁麺ブンタンも試すよう旅行者に勧めている。タインヴァンがブンタンを加えたのは2013年で、バインクオン専業の店ではない。

厨房の一日は午前5時ごろ、新鮮な豚肉が届くところから始まる。届いた肉はその場で挽き、揚げエシャロットやきのこ類、香辛料と炒めて具にする。粉を挽くのは前夜のうちだ。揚げエシャロットとルオック(豚肉のフレーク)は伝統の味を保つために自家製を通している。仕込みの前倒しは、朝と昼のピークをさばく前提の作りだ。

ベトチの1930年から、旧市街の一等地を買うまで

4代の流れを整理すると、起点は1930年、ヴァンさんの祖母が北部ベトチでバインクオンを蒸し始めたところにある。母の代の1955年にハノイへ出て販売を始め、ヴァンさん自身は1973年から蒸し手に加わった。当初はトゥオックバック通りの歩道での営業で、固定店舗ではなかった。現在のハンガー通りの物件を買って腰を据えたのが1993年。歩道からハンガー通りの角まで、38年かかっている。

「歩道から店舗へ」という順序自体は旧市街の食べ物屋にありがちだが、一等地の物件を自前で持てたかどうかはその後の展開を分ける。タインヴァンは現在ハノイに4店舗を構え、運営はヴァンさんの子と孫が担っている。69歳のヴァンさんは店を回って仕事を見る立場に移り、「昔は一日中蒸していましたが、今は1〜2時間しかできません」と話す。

家業を次の代に渡す方法は一つではない。サイゴンでは4代目がTikTokで店の歴史を発信し、客層を作り替えた例がある(80年の味をTikTokで継ぐ、サイゴン4代目のフーティウ店)。発信で新規客を取りに行くその型と、立地と店舗数で日常客を抱えるタインヴァンの型は、旧市街という場所の強さをどう見積もるかの違いに見える。

値段で読むタインヴァン——ハノイのミシュラン掲載バインクオン3軒

ハノイでミシュランに載っているバインクオンは3軒ある。区分も価格帯も違うので、並べておくと選びやすい。

店名 所在(通り) ミシュラン区分 価格帯(VND) 円換算の目安
タインヴァン ハンガー通り(ホアンキエム) ビブグルマン/2026年・新規 45,000〜65,000 約280〜400円
バーホアイン トーヒエンタイン通り セレクテッド/2024・2025・2026 1皿30,000〜60,000(カークオン丸ごとを含む全部乗せは最大120,000) 約190〜370円(全部乗せ 約740円)
バースアン ホエニャイ通り セレクテッド/2023〜2026の4年連続 公表情報になし

タインヴァンの単品価格は、豚肉入り45,000ドン(約280円)、鶏肉入り50,000ドン(約310円)、海老入り65,000ドン(約400円)。チャークエ(肉桂入り豚のすり身)、チャーコム(青米入り豚のすり身)、ヨールア(豚の蒸しかまぼこ)、ラップスオン(腸詰)、鶏卵といった付け合わせは1個10,000ドン(約60円)から足せる。ヴァンさん自身が「うちの値段は選んだ材料を使っている分、市場の平均より高いのですが、お客さんが受け入れてくれてうれしい」と語っているとおり、街の相場より上に置いた価格だ。

それでも、日本円に直せば朝食1食が300円台に収まる。ミシュランガイド・ベトナム2026は全体で193軒、うち一つ星11軒、ビブグルマン72軒、セレクテッド110軒。手頃な価格を評価するその区分の中でも、下寄りの価格帯に収まっている。

常連は「慣れた味」、観光客は「接客が惜しい」

店の評価は、立場によってきれいに割れている。ハンカー通りに住む73歳のヴァン・アンさんは、この店に50年近く通っている常連だ。近所の人たちと連れ立って朝や昼に寄るといい、「食べ慣れているから口に合う。バインクオンを食べようと思ったらここに来る」と話す。旧市街に暮らし、日常の食事としてこの店を使っている側の言い分だ。

一方、タイニン省からハノイに4日間の旅行で来ていたキム・ゴックさん一家は、旧市街のホテルに泊まっていて「人が多かったから」という理由で入った。感想は「料理はおいしくて自分の好みに合いました。ただ、スタッフの接客をもう少し良くすれば完璧だと思います」。混雑時の回転を優先する旧市街の店では、この種の指摘は珍しくない。ここを減点と取るか、朝食屋の性格と取るかで満足度は変わる。

「人が多かったから入った」という選び方自体は筋が通っている。客席の顔ぶれで実力を測る見方は現地で広く共有されていて(客の40人中39人が地元民なら当たり——ベトナム良店選びの黄金律)、ヴァン・アンさんのような近所の常連が朝から座っている時点で条件は満たしている。

カークオンをどう頼むか——別料金の香りは30円から試せる

この店で旅行者が迷うのがカークオン(タガメ)の扱いだ。カークオンはハノイの料理に使われてきた伝統の香味原料で、つけダレに数滴落として香りを立たせる。手に入りにくく値が張る素材とされ、それでもハノイの古い味を語るときには外れない材料として扱われてきた。

タインヴァンでは、丸ごと1匹が60,000ドン(約370円)、エッセンス(精油)が5,000ドン(約30円)。丸ごとはバインクオン本体より高く、エッセンスなら30円で試せる価格構造だ。初めてならエッセンスをタレに落として香りを確かめ、気に入れば次の訪問で丸ごとに進めばいい。ヴァンさんは、風味が少し刺激的で慣れない人は不快に感じることがあるため、使う前に一度試すよう勧めているとVnExpressは伝えている。逆に合えば、つけダレの椀が一気に香り立つ。店主側が先に断りを入れる種類の香りだと理解して注文したい。

逆に言えば、ここを飛ばすとタインヴァンに来た意味の半分を落とす。本体を頼めば自動で付いてくるものではなく、別料金で自分から選ぶ形だからだ。30円の追加は、古いハノイの香りに触れるための入場料に近い。

旧市街の朝食をどう組み立てるか——時間・足・順番

実際に行くとなると効いてくるのは時間帯と移動手段だ。まず時間。VietnamNetによれば営業は6時半から14時と、17時から22時の2部制。朝と昼のピークには15〜20分の待ちが出る。店は2階建てで各階に約8卓、同時に50〜60人が座れるので行列が長時間続くわけではないが、次の予定を詰めているならピークは外したい。夜は客層が観光客中心に寄る。

次に足。店の前に車を停めるスペースはなく、車で来る客は約200m離れたフンフン通りに停めている。バイクは店前と向かいの歩道に10台以上並ぶ。つまりタクシーやGrabで乗り付けても店の真ん前では降りにくく、手前で降りて歩く前提で考えたほうがいい。ハンガー通り一帯は旧市街の中心部で、週末の夜間には車とバイクの進入を制限する動きも始まっている(金土日の夜、ハノイ旧市街から車が消える——低排出ゾーン試行の歩き方)。徒歩圏に宿を取っている旅行者ほど有利な立地だ。

順番も効く。バインクオンは1皿が軽く、付け合わせを足しても腹に余裕が残る。朝いちばんにここを済ませて旧市街を歩き、コーヒーに移る組み立てなら1食300〜500円の範囲で午前中が回る。ブンタンまで頼むと満腹になるので、汁麺は別の日に回したほうが旧市街の朝食を数多く踏める。

ビブグルマン1軒が、旧市街の朝食経済に効くこと

ミシュラン掲載が街の食べ物屋に与える影響は、単純な集客増だけではない。ベトナムでは2026年版でビブグルマンが72軒に増え、新規11軒のうちハノイが3軒、ホーチミン市が5軒、ダナンが3軒という配分になった。同じ2026年の新規ビブグルマンにはホーチミン市のバインクオン店も入っていて、南北のバインクオンが同じ年に評価された形になる(蒸し米クレープの老舗がミシュラン、サイゴン朝食の狙い目)。米粉を蒸すという同じ技法が、街ごとに違う具とタレで成立していることを、ガイド側も認識し始めている。

掲載側の店にとって現実的なのは、値上げ余地より回転の設計が問われる点だ。タインヴァンはすでに市場平均より高い価格を通し、常連がそれを受け入れている。ここに掲載後の新規客が乗ると、増えるのは客単価ではなく待ち時間になる。50〜60席は旧市街では大きいほうだが、朝と昼のピークだけを見れば足りていない。多店舗化を先に進めていたことが、負荷を分散する側に働く可能性はある。

日本の食品事業者から見て面白いのは価格の置き方だ。街の相場より高い値段を、材料の選別という一点で説明し、宣伝ではなく店主の言葉で客に伝えている。原価を上げた分を説明できる形で価格に乗せ、常連が離れないところまで持っていく——4代96年で積んだ信用がないと成立しない売り方で、短期の施策では代替が効かない。

行く前に押さえておく実用情報

項目 内容
店名 バインクオン・ジャチュエン・タインヴァン(Bánh Cuốn Gia Truyền Thanh Vân)
場所 ハノイ市ホアンキエム区ハンガー通り。ハンガー通りとハンガーヴァイ通りの交差点近く
ミシュラン ビブグルマン(2026年版で新規選出。2026年6月4日発表)
豚肉入り 45,000ドン(約280円)
鶏肉入り 50,000ドン(約310円)
海老入り 65,000ドン(約400円)
付け合わせ チャークエ・チャーコム・ヨールア・ラップスオン・鶏卵など 1個10,000ドン(約60円)から
カークオン 丸ごと1匹 60,000ドン(約370円)/エッセンス 5,000ドン(約30円)
その他 ブンタン(2013年からメニューに追加)
席数 2階建て・各階およそ8卓、同時に50〜60人
混雑 朝と昼のピークは15〜20分待ちになることがある。夜は観光客が中心
駐車 店前に車の駐車スペースなし。車は約200m離れたフンフン通りへ。バイクは店前と向かいの歩道
営業時間 6:30〜14:00/17:00〜22:00 の2部制(VietnamNet)。変更の可能性があるため当日に確認を
系列 ハノイ市内に4店舗。運営は店主の子と孫

換算は1円=約162VND(2026年7月時点)。ドン表記の下3桁を落として6倍すると、店頭でも近い数字がすぐ出る。

まとめ

タインヴァンは、星を取った店ではなく、手頃な価格で質を出す店としてビブグルマンに入った。その前提で行けば、期待と実物がずれにくい。旧市街に泊まるなら、初日の朝食をここに当てるのが一番組み立てやすい。ピークを外して入り、豚肉入り45,000ドンを頼み、カークオンのエッセンスを5,000ドン足してタレの香りを確かめる。ここまでで約310円、待ち時間を含めても30分あれば済む。

気に入ったら2回目に丸ごとのカークオンか海老入りへ進み、ブンタンは別の朝に回す。車で向かうならフンフン通りで降りて歩く、週末の夜に旧市街へ入るなら車両規制を先に確かめる——この2点で当日に慌てる場面はほぼなくなる。

参照元:VnExpressMICHELIN GuideVietnamNetVietnamNet

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この記事を書いた人

ベトナム・ホーチミン在住3年目|旅行で来るだけでは知ることができない、現地にいるからこそわかるローカル情報を中心に発信していければと思いベトナム旅行の専門情報サイトを立ち上げました。

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