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毎年旧暦3月10日に当たるフン王記念日(雄王忌日)は、ベトナム建国の祖・フン王朝18代を祀る国家的な祝日だ。2026年は4月25日がその日にあたる。多くのベトナム人がフート省のフン王廟本殿を参拝するが、実はホーチミン市1区のグエン・ビン・キエム通り2番地に、知る人ぞ知るフン王廟が建っている。その起源は第一次世界大戦の戦没者記念碑──フランス植民地時代に「Temple du Souvenir Annamite」として建てられた建物だ。
この建物の歴史は1920年に遡る。第一次世界大戦では、フランス領インドシナから9万2,000人以上のベトナム人がフランス軍に動員され、約1万2,000人が命を落とした。戦後、コーチシナ(南部ベトナム)当局は彼らを追悼する記念碑の建設を決定し、1921年にサイゴン植物園に隣接する土地を確保した。
ル・ガレン総督の後援のもと設立された建設委員会は、サイゴンの富裕層から4万8,000ピアストルの寄付金を集めた。1927年11月、建築家オーギュスト・ドゥラヴァルに設計が委託され、トゥーザウモット工芸学校の木材フレームを用いたレンガ造りの構造が採用された。完成は1929年1月1日。隣接するブランシャール・ド・ラ・ブロス博物館(現ホーチミン市歴史博物館)と同時に落成式が行われた。
設計のモチーフはフエのグエン朝陵墓だ。三層の反り返った屋根には龍と鳳凰が装飾され、石段の両脇にも龍像が配されている。内部には十二支を表す12本の黒い木柱が立ち、龍・鶴・麒麟・亀・鳳凰といった霊獣のモチーフが随所に刻まれた。
建設当初、中央に設置された大理石の石碑には、レ・ヴァン・ズエット、ファン・タイン・ジアン、グエン・フイン・ドゥック、チュオン・ヴィン・キー、パウルス・クア、レ・クアン・ヒエンといった歴史的人物の名前と、大戦の戦没者名が刻まれていた。当時の新聞『Le Progrès Annamite』は「歴史上の偉人と大戦の戦死者を一つの公式な祭祀に統合する場所」と記し、「瞑想と巡礼の地」であると同時に「観光客のための文化的傑作」とも評した。
1955年、ベトナム共和国(南ベトナム)の成立後、この建物はフン王朝の始祖を祀る「國祖雄王殿(Đền Quốc tổ Hùng Vương)」として再奉納された。フランス植民地時代の戦没者記念という目的は消え、ベトナム民族のルーツである雄王崇拝の場へと性格が一変した。
しかし、地元の人々の間では旧名の「Đền Kỷ niệm(記念の廟)」という通称が長く残った。1975年の南北統一後には記念碑の石碑も撤去され、建物の「前世」は公式記録からほぼ消えた。歴史家Tim Dolingの調査によって、この建築物の二重のアイデンティティが改めて光を当てられている。
| 見どころ | 詳細 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| フン王祭壇 | 廟中央に配置。フン王朝18代を祀る | 毎年旧暦3月10日に正式な祭祀が執り行われる |
| ロー・ボー(鷺簿) | 青銅先端の儀仗武器8本 | 宮廷儀式の装飾品。両脇に4本ずつ配列 |
| ドンソン鼓レプリカ | 2基 | 紀元前のドンソン文化を象徴する青銅鼓の複製 |
| フート省本殿模型 | フン王廟本殿のミニチュア | 本殿を訪れられない参拝者のための代替的シンボル |
| 青銅象 | 重さ3トン、高さ約2m | 1930年4月14日にシャム(タイ)国王ラーマ7世から贈呈 |
| 三層屋根 | フエ・グエン朝陵墓様式 | 龍と鳳凰の装飾が残る。1929年建設当時のオリジナル |
フン王記念日に参拝に訪れた60代の男性は「毎年ここに来る。フート省の本殿は遠いから、サイゴンにいる私たちにとってはここが祈りの場。フランス時代の戦争記念碑だったとは知らなかった」と驚く。
ホーチミン市の歴史建築保存に取り組むNGOの研究員は「この建物は植民地時代と独立後のベトナムを繋ぐ生きた証人。撤去された石碑の内容を復元し、二重の歴史を併記する展示ができれば、教育的な価値は飛躍的に高まる」と提案する。
植物園散策中に立ち寄った日本人観光客(30代)は「ガイドブックには載っていなかった。植物園のすぐ隣なのに見逃すところだった。外観はベトナムの伝統建築そのもので、中に入ると厳かな雰囲気」と感想を述べた。
フン王廟はホーチミン市内の穴場スポットとして、以下の理由で訪問をおすすめする。
フン王廟の訪問は、1区東部の歴史・文化スポットと組み合わせると効率が良い。
| 順序 | スポット | 所要時間 | 入場料 | 円換算 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | フン王廟 | 20〜30分 | 無料 | – |
| 2 | ホーチミン市歴史博物館 | 60〜90分 | 30,000 VND | 約180円 |
| 3 | サイゴン動植物園 | 60〜90分 | 50,000 VND | 約300円 |
| 4 | ジャードゥック寺(玉皇殿) | 30分 | 無料 | – |
| 5 | 周辺カフェで休憩 | 30〜60分 | 40,000〜80,000 VND | 約240〜480円 |
ダラットのアドベンチャー体験のようなアクティブな旅とは対照的に、サイゴンの歴史建築を静かに巡る半日コースは、ベトナム旅行のもう一つの楽しみ方だ。
フン王廟の事例は、ベトナム全土で見られる「植民地遺産の再目的化」の典型例だ。フランス統治期に建てられた建築物は、独立後にベトナムの文脈で再解釈され、新たな機能を与えられてきた。ホーチミンの古い建物を活用したカフェも同じ文脈にある。サイゴン中央郵便局やノートルダム大聖堂が観光名所として残る一方、フン王廟のように宗教施設へ転用された建物は、その変遷自体が歴史の教科書になっている。
2026年現在、ホーチミン市はフランス植民地時代の建築遺産リストの見直しを進めており、保存対象の拡充が議論されている。フン王廟もこのリストに含まれる可能性がある。
グエン・ビン・キエム通り2番地のフン王廟は、ガイドブックの定番ルートからは外れた静かな場所だが、ベトナムの歴史の重層性──植民地時代・独立運動・建国神話──を一つの建物で体感できる稀有なスポットだ。第一次大戦で命を落とした1万2,000人のベトナム人兵士の記憶と、4,000年前の建国の祖フン王への崇敬が同じ屋根の下に共存している。次のホーチミン訪問時、歴史博物館や動植物園を巡るついでに、この隠れた聖地を15分だけ訪ねてみてほしい。三層屋根の下で線香の煙を見上げれば、教科書には書かれていないサイゴンの歴史が見えてくる。