ベトナムに長く滞在していると、避けて通れない問題があります。髪が伸びるのです。
日本にいれば行きつけの美容院に行けば済む話ですが、異国でいざ「髪を切ろう」となると、どこに入ればいいのか、いくらかかるのか、そもそも言葉が通じるのか、意外とハードルが高く感じます。
結論から先に言ってしまうと、ベトナムで髪を切ると、なんだかベトナム人みたいな髪型になります。これは技術が低いという話ではまったくなく、文化の違いによるものです。この記事では、ベトナムの床屋を4つのタイプに分けたうえで、私が実際に行って体験したことを、そのままお伝えします。
ベトナムの床屋は、だいたい4タイプに分かれる
ひとくちに「ベトナムの床屋」と言っても、実態はかなり幅があります。私の見立てでは、だいたい次の4つに分けられます。
| Type | どんな店か | 価格帯の目安 |
|---|---|---|
| ① 路上 | 文字どおり路上や街路樹の下で切っている。鏡を壁に掛けただけのスタイル | 5万〜6万VND(250円ほど/2021年の報道値) |
| ② 屋根はある系 | 簡素だが一応屋根と壁がある。街のいたるところにある | 5万〜9万VND(500円前後) |
| ③ 店舗として成立 | きちんとした内装の理髪店。清潔で設備も整っている | 10万VND前後〜(1,000円あれば収まる) |
| ④ 日系・外資系 | 日本人や外国人が経営するサロン。日本の美容院とほぼ同じ | 2,000〜3,000円ほど(店やコースによってはさらに) |
※1万VNDはおよそ58円です(10万VNDで約580円)。為替や店によって変わるので、目安として見てください。
このうち私がよく行くのは、②か③です。①の路上はさすがに勇気がいりますし、④はたしかに安心ですが、せっかくベトナムにいるのに日本と同じ体験をしてもな、という気持ちもあります。以下では、実際に行ったことのある②③④について書いていきます。
ちなみに①の路上床屋は、ハノイの旧市街あたりを歩いていると今でも見かけます。街路樹や塀に鏡を一枚立てかけて、椅子をひとつ置いただけの、実にシンプルな”店”です。
これは単なる無許可の商売ではなく、ハノイでは1980年代後半から90年代初頭にかけて現れた街の風景のひとつとして語られています。報道によれば、担い手には退役軍人や年金生活者も多いそうです。料金は2021年時点の地元紙で大人5万〜6万VND(当時で250円ほど)と報じられていました。観光客が入るというより、近所の人が日常的に利用している場所という雰囲気なので、ベトナムの街の風景として眺めるだけでも面白いと思います。
なぜ「ベトナム人みたいな髪型」になるのか
先に、いちばん大事なポイントから説明します。私がローカルの床屋で切ってもらうと、日本でいう「すく」工程がほとんど入りません。すきバサミで毛量を調整する、あの作業です。
かわりにどうするかというと、まずバリカンで刈り、そのあと全体を短くする。この二段階です。つまり毛量を間引くのではなく、長さを落として整える。結果として、切り終わったあとの感想は「すっきりした」ではなく「短くなった」になりがちです。実際、たしかに短くはなっているのに、髪の量そのものはあまり減っていないな、と感じることが何度もありました。
最初は「すく技術がないのかな」と思っていたのですが、調べてみると、そう単純な話ではありませんでした。ベトナム語にもセニングバサミを指す言葉(kéo tỉa)や毛量を減らす技術(tỉa mỏng)はきちんとあり、理美容の教育でも扱われています。
興味深いのは、現地のバーバー養成機関が「ベトナム人男性の硬い髪では、すきすぎると伸びたときに余計に跳ねる。セニングは極めて慎重に」と教えていることです。つまり技術がないのではなく、髪質に合わせて”あえてすかない”という判断が働いている。日本人の私が「量が減っていない」と感じるのは、そもそも狙っているゴールが違うから、というわけです。
すく工程がないぶん、デザインの自由度も自然と絞られます。横を短くして、前髪をどうするか——その組み合わせで仕上げていくことになるので、どうしても似たような髪型に収束していきます。これが「ベトナムで切るとベトナム人みたいになる」の正体です。
④ 日系・外資系は、ほぼ日本と同じ
先に答え合わせが早いほうから書きます。日本人が経営しているようなサロンは、結論として日本の美容院とほとんど変わりません。カウンセリングがあり、すく工程もあり、仕上がりも想像どおりです。料金はカットで2,000〜3,000円ほどだったと記憶しています。
日本人の美容師さんに日本語で相談できる安心感は大きいので、「失敗したくない」「大事な予定が控えている」という人には、素直にこちらをおすすめします。ただ、体験としての面白さで言えば、やはり②③に軍配が上がります。
② ③ ローカルの床屋に入ると、何が起きるか
ここからが本題です。②の簡素な店も③のきちんとした店も、流れはだいたい同じなので、まとめて書きます。一言でいうと、いい意味でざっくりしています。
席に着くところから、もう違う
まず席に座ると、首に紙を巻かれ、そのうえからカバーをかけてもらいます。ここまでは日本と同じです。
違うのはここからで、髪を水で濡らして…という工程がありません。座ったら、いきなりバリカンです。バリカンを使わない場合でも、霧吹きで軽く水をかけて、そのままカットに入ります。シャンプー台で丁寧に濡らしてから、という日本の順番に慣れていると、最初は少し面食らいます。
椅子が、足踏み式で上下する
地味に印象的なのが椅子です。ベトナムの床屋の椅子は、足で踏んで高さを調整する式のものが多く、施術中に「とん、とん、とん」と踏んで上下させます。この音とリズムが、ベトナムの床屋の記憶としてけっこう残ります。
シェービングは、クリームなしでいきなり
シェービングもなかなか豪快です。シェービングクリームを泡立てて…ということはなく、手で水を塗って、そのまま剃り始めます。しかも顔全体を剃るというより、顔の横やヒゲ周りなど、必要なところだけ、というイメージです。
シャワーは、そのまま
洗髪も独特です。服の上に何かプロテクトをかける、ということは基本的になく、そのままシャワーをかけられます。顔にタオルを置いてくれることもあれば、置かれないこともあります。あとはシャンプーでごしごし洗って、終わり。そこから乾かして、スタイリングまでしてくれます。
日本の流れと並べてみる
文章だけだと伝わりにくいので、日本の理髪店・美容院の一般的な流れと並べてみます。あくまで私が体験した範囲での比較です。
| 工程 | 日本(一般的に) | ベトナムのローカル床屋 |
|---|---|---|
| カウンセリング | じっくり相談してから | 写真を見せるか、身振りで手短に |
| 最初の工程 | シャンプー台で濡らす | いきなりバリカン、または霧吹き |
| 毛量調整 | すきバサミで丁寧にすく | すく工程がない。長さで調整 |
| 椅子 | 油圧レバーで上下 | 足踏み式。「とん、とん」と踏む |
| シェービング | 蒸しタオル+クリームで泡立て | 手で水を塗ってそのまま剃る |
| 洗髪 | シャンプー台で服を保護 | そのままシャワー。タオルは有無どちらも |
| 所要時間・空気 | ゆったり、リラックス | てきぱき、賑やか |
ちなみに、私が入った店では付きませんでしたが、ベトナムの床屋では耳かき(lấy ráy tai)が標準メニューに入っていることも多いようです。国内最大手のメンズチェーンは、「カット・シャンプー・耳かき」をセットにしたコースを看板商品にしています。店によっては、頭や肩のマッサージまで付いてきます。
全体を通して言えるのは、日本のように静かにリラックスして身を委ねる時間ではない、ということです。店内は賑やかで、作業はてきぱきと進みます。感覚としては、QBハウスのような10分カットのほうが近いかもしれません。「癒やしの時間」ではなく「用を足しに行く場所」。その割り切りが、むしろ気楽でもあります。
ローカルの床屋で一番好きなのは、あの「とん、とん」と足で椅子を踏む音です。油圧レバーではなく足踏み式なので、切っている最中に高さを変えるたび、店の中に軽い音が響く。賑やかな店内で、こちらは言葉もろくに通じないまま椅子に座っていて、気づけばバリカンが入り、水をかけられ、20分ほどで「はい終わり」と鏡を見せられる。最初は面食らいましたが、何度か通ううちに、この潔さが心地よくなってきました。仕上がりは毎回だいたい同じ髪型になるのですが、それも含めてベトナムだな、と今では思っています。
最近の床屋は、若者カルチャーと混ざり始めている
もうひとつ、最近感じている変化があります。ホーチミンのタオディエンや1区といった中心エリアでは、③〜④の中間のような、イケてる若者が経営している床屋が増えている気がするのです。
技術的な話をすると、ベトナムの人はもともと手先が器用なので、仕上がりにそこまで大きな差があるわけではありません。ただ、内装や音楽、店の空気感を含めて、床屋という場所自体が若者カルチャーのひとつになりつつある、という印象を受けます。
この体感は、数字を見ても外れていないようです。ベトナム大手紙の報道によれば、メンズ専門チェーンの最大手は創業6年で84店舗まで広がり、2019年の年間利用者は330万人に達したとされます。創業者は1990年代生まれの世代。「路上の小さな店が中心だった業界が、専門性を持つ大型のメンズサロンへ移りつつある」と報じられていました。私が街で感じていた変化は、業界全体で起きていたことだったわけです。
象徴的だったのが、以前ハノイで入った店です。なんとクラフトビールバーが併設されていて、ビールを飲みながら髪を切ってもらうスタイルでした。日本ではなかなかない体験で、ここは日本とはずいぶん違う床屋カルチャーだな、と実感しました。
これは私が入った店がたまたま変わっていた、という話でもないようです。ホーチミンでも、1区やタオディエンのメンズサロンが公式サイトで「クラフトビールや冷えたウイスキーをどうぞ」と案内していたり、バーとテーラーが同じ建物に同居していたりします。髪を切る場所が、男性が一人で立ち寄って過ごす社交の場に近づいている——そんな流れが、たしかにあるように見えます。
考えてみると、これは理にかなっているのかもしれません。床屋は男性が定期的に、しかも一人で訪れる場所です。そこにビールやコーヒー、音楽といった要素が加われば、「髪を切るついでに過ごす場所」になる。ベトナムはもともとカフェ文化が根強い国なので、その感覚が床屋にも流れ込んでいるように見えます。別の記事で書いたセレクトショップの話とも通じますが、ベトナムの若い世代は「用を足す場所」を「過ごす場所」に変えるのがうまいな、と感じます。
旅行中に髪を切るなら
②③のローカル店であれば、だいたい1,000円出せば収まります。安い店なら、その半額ほどでも切れます。この値段でシェービングと洗髪、スタイリングまで付いてくるので、日本の感覚だと申し訳なくなるほどです。
店の選び方
看板に「Hớt tóc」「Cắt tóc」と書かれていれば、それが理髪店です。英語で「Barber」と掲げている店も増えました。初めてなら、外から中がよく見えて、清潔そうで、先客がいる店を選ぶのが無難です。不安であれば、Googleマップで写真とレビューを確認してから向かうと安心できます。
入る前に知っておきたいこと
- 仕上がりの傾向を知っておく:すく工程がないので、「軽くしたい」より「短くしたい」を伝えるほうが意図が通りやすい
- 写真を見せるのがいちばん早い:言葉が通じなくても、なりたい髪型の画像を見せれば話が早い
- 服装に注意:そのままシャワーをかけられることがあるので、濡れて困る服では行かないほうが無難
- 時間は短め:てきぱき進むので、観光の合間にも組み込みやすい
もし旅行中に髪型が気になってきたら、あるいは日本で切った髪型が気に入らなかったら、思い切って現地の床屋に飛び込んでみてください。多少「ベトナム人っぽく」なって帰ってくることになりますが、私はそれを、悪くない土産だと思っています。
Frequently asked questions
- ベトナムの床屋はいくらくらいですか?
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ローカルの店なら10万VND(約580円)前後が目安で、1,000円出せばまず収まります。簡素な店なら5万〜9万VNDほど。日系・外資系のサロンだとカットで2,000〜3,000円ほど、店やコースによってはさらに高くなります。
- 言葉が通じなくても大丈夫ですか?
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なりたい髪型の写真を見せるのがいちばん確実です。細かいニュアンスを言葉で伝えるのは難しいので、画像を用意していくことをおすすめします。
- 日本と施術の流れはどう違いますか?
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髪を濡らさずにいきなりバリカンから入ることが多く、シェービングもクリームを使わず水だけで行うことがあります。服の上にプロテクトをかけずそのままシャワーをかけられることも。一方で、店によっては耳かきや頭・肩のマッサージが付いてきます。
- 日本と同じような仕上がりにできますか?
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「すっきり軽くなる」というより「短くなる」仕上がりになりがちです。ベトナム人男性の硬い髪では、すきすぎると伸びたときに跳ねるため、現地では毛量調整を慎重に行うと教えられているのが理由のひとつです。日本と同じ感覚を求めるなら、日系・外資系のサロンを選ぶほうが確実です。
