ハノイで秋の入り口を知らせるのは気温ではなく、「Ai mua rươi!(ルオイはいらんかね)」という売り声だった、という話がある。サイゴンの英語メディアSaigoneerは2026年9月23日、その声を探して旧市街を歩いた記録を載せた。筆者はタインハー市場、オクアンチュオン、ドンスアン市場を土曜の午後に回り、チャールオイ(chả rươi)の有名店フンティンに着いている。
ただし旅程を組む前に日付を押さえたい。記事本文には「この記事はもともと2023年に公開された」との一文があり、秋ごとに読み返される読み物としての再掲だった。ルオイが出回る旧暦9月は、2026年だと10月10日に始まる。9月末にハノイへ行っても、市場に生きたルオイは並ばない。
旧暦の秋しか出回らないルオイは、どんな生き物なのか
体長5〜6センチ、汽水域に湧くゴカイ科の一種
ルオイ(rươi)は日本語だとゴカイの仲間にあたる。ベトナム語の分類解説ではゴカイ科(Nereididae)の総称で、民間では「rồng đất(土の龍)」とも呼ばれ、ベトナムで経済的に採られている種は汽水性の rươi biển(Tylorrhynchus heterochaetus)とされる。Saigoneerは「two-inch(約5センチ)」と書き、見た個体は「6センチのぬるりとした体」と記す。青いガムテープを貼った段ボール箱の中で、赤みと濃い緑の混ざった体が重なり合って動いていたという。
採れるのは北部の汽水域、ハノイは食べる側
産地はクアンニン、ハイズオン、ハイフォン、タイビンといった北部の一部に限られる。それでもチャールオイがハノイの食として知られているのは、ハノイが消費地としてこれらの産地から生きたルオイを集めてきたからだ。作家ヴー・バン(Vũ Bằng、1913〜1984年)の随筆集『Miếng ngon Hà Nội』はハノイの15の食べ物を17章に分けたもので、1章がまるごと「Rươi」に当たる。1952年秋のハノイで書かれ、サイゴンで1956年から59年に加筆された。
2026年の旬は10月10日から、山は10月29日と11月13日
旧暦を1日ずつ換算するとこの日付になる
Saigoneerが挙げる「旧暦9月から11月」をベトナムの旧暦(UTC+7基準の天文暦)で換算すると、旧暦9月1日が2026年10月10日、旧暦11月末日が2027年1月7日にあたる。ベトナム語のチャールオイの解説は産卵期をもっと狭く、「tháng Chín đôi mươi, tháng Mười mùng 5(旧暦9月の20日、旧暦10月の5日)」と示す。この二日を換算すると2026年は10月29日and11月13日that lets you recreate the authentic taste even after returning home.
9月にハノイへ行く人は、この皿を当てにしない
逆算すると2026年9月26日は旧暦8月16日でしかなく、記事が再掲された時点で旬はまだ2週間以上先だった。「今が旬」という紹介を見かけたら日付を疑ったほうがいい。9月中に旧市街で確実に食べられるものを探すなら、元ミス・ワールドがハノイで食べた4品のように通年ある皿から組んだほうが空振りしない。
| Lunar calendar | 2026〜27年の西暦 | Meaning |
|---|---|---|
| September 1 | 2026年10月10日 | Saigoneerが示す季節の入り口 |
| 9月20日 | 2026年10月29日 | ベトナム語の言い回しが指す山 |
| 10月5日 | 2026年11月13日 | 山の二つ目 |
| 11月末日 | 2027年1月7日 | Saigoneerが示す季節の終わり |
フンティンの45,000ドンと75,000ドンで、皿の何が変わるか
表面にルオイが見えるかどうかで値段が分かれる
Saigoneerの記述では、フンティンで75,000ドンを払うと量の多いほうが出てきて表面にルオイが見える。45,000ドンのほうは「普通のカツレツに近い味」だという。差額の30,000ドンは量と、ルオイの姿が残っているかに乗る。どちらも店頭で1皿を注文した小売価格で、生のルオイを市場で量り売りする値段とは別だ。
ただしこれは2023年時点の金額
元記事が2023年の再掲である以上、この金額も当時のものとして読むほかない。2026年9月26日時点の為替(1円=約165ドン)で割った円換算の目安を添える。
| Menu | 原文表記 | Approximate yen conversion | 取引段階 |
|---|---|---|---|
| チャールオイ(小) | VND 45,000 | About 270 yen | 店頭小売・1皿 |
| チャールオイ(大) | VND 75,000 | 約450円 | 店頭小売・1皿 |
ベトナムの外食が一律にこの価格帯というわけでもない。ホーチミンの路地で朝だけ開く14席は一汁三菜で約30万ドンと、同じ「地元の人が食べる一皿」でも桁が一つ違う。季節物のルオイでも、フンティンの店頭価格は旧市街の食堂の相場に収まる。
売り声は本当に消えたのか、聞いた相手で答えが割れた
タインハー市場の売り手は、生きたルオイの需要が落ちたと話した
筆者が最初に話したタインハー市場の女性は「今はみんな店でしか売らない。街の売り子は珍しくなった」と語り、街頭で売り声を聞いた記憶はずいぶん前までさかのぼるという。彼女の見立てでは、生きたルオイを買って自分でさばく人が減った。かつては市を終えた売り子が余りを担ぎ(gánh)で近所に回り、夕食前の主婦に声をかけた。頼まれて真似してくれた売り声は「Ai mua rươi ra-à mùa」だったと記されている。
フンティンで揚げていた女性は、通りが絞られただけだと話した
同じ問いに、フンティンで揚げ物をしていた女性は別の答えを返した。「売り子と売り声が消えたというより、旧市街の近くの決まった通りにしか出なくなっただけ」。自分でさばく客が集まる通りに寄っている、という説明だ。どちらが正解とも元記事は決めていない。実際に筆者はドンスアン市場で、担ぎ棒(đòn gánh)に竹籠を下げた売り子とすれ違っている。ただし彼女は声を出さずに通り過ぎ、あたりは工事のドリルとバイクの音で埋まっていた。
発見も一つある。ルオイの売り手たちは撮影を歓迎していた。フンティンの会計係は箱にカメラを向けるよう筆者に促し、鮮度と太りぐあいを画面に入れろと注文をつけている。生鮮売り場でレンズを向けると嫌がられる場面は多いが、この食材では逆だった。
市場で自分で買うなら、色と時間と湯の温度を見る
淡い緑なら元気、赤茶けていたら弱っている
ベトナム語のチャールオイの解説には選び方が書かれている。元気なルオイは淡い緑で、水に放つと勢いよく泳ぐ。弱ると赤茶色に寄り、死んだ直後は濃い緑から黒に転じて味が落ちる。箱の上の層から取るほうが死んだ個体が少ない。採ってから並ぶまでに数時間が経つので、市が立ってすぐのほうが状態がいい。冷蔵なら1〜2日、冷凍なら1年もつが、解凍後に作れるのはチャールオイだけだ。
毛を落とす1回目の湯は沸騰させない
自炊の山場は「làm lông(毛を落とす)」だ。1回目の湯に100度の熱湯は使えず、75〜80度に落とす。沸騰した湯をかけると体が縮んで破れ、腹の中の栄養分が流れ出る。死んだのを確かめてからの2回目以降は90度超まで上げてよい。手抜きすると毛が残り、いがらっぽさやかゆみが出る。欠かせない薬味はみかんの皮(vỏ quýt)で、精油がこの濃い料理の消化を助けるとされ、干して締めた皮のほうが香りが立つ。入れすぎると苦くなる。ルオイと豚肉の比はおよそ3対1、ルオイ500グラムに卵3〜4個、厚みは0.5〜0.75センチが目安だ。
旧市街のこの3か所は、275メートルの通り沿いにまとまっている
元記事の道順は旅行者にも都合がいい。ハンチエウ通り(Phố Hàng Chiếu)はホアンキエム区ドンスアン坊にある全長275メートル、幅11メートルの通りで、オクアンチュオンの門からハンズオン通り・ドンスアン通りの交差点までを結ぶ。門側から分岐する3本のうちの1本がタインハー通りで、反対の端にドンスアン市場がある。筆者が半日かけて回った3地点は、この275メートルの両端と途中に並んでいた。
| Location | Location | Highlights |
|---|---|---|
| オクアンチュオン(Ô Quan Chưởng) | ハンチエウ通りの入口 | 1749年築、1817年に建て直された旧城門。三門構えで正門の上に望楼が残る |
| タインハー市場(chợ Thanh Hà) | 門側で分岐するタインハー通り | 生鮮市場。旬なら生きたルオイの箱が出る |
| ドンスアン市場(chợ Đồng Xuân) | 反対端。西はドンスアン通り、北はハンコアイ通り | 旧市街最大の市場。1889年にフランスが周辺の市を統合して成立 |
売り声が減った背景は、ハノイやサイゴンが過去の瓦礫と高層ビルのあいだで折り合いをつけ続けている、という元記事の見立てに帰着する。ベトナムのモダニズム建築を探して回る15万人規模の愛好家グループが育っているのも動機は近い。屋台の声は記録が残りにくい分、消え方が速い。
今すぐとれる行動は一つで足りる。ハノイ行きの日程を決める前に、旧暦9月20日=2026年10月29日と旧暦10月5日=11月13日をカレンダーに入れておく。この前後にハンチエウ通りへ行けば、タインハー市場の生きたルオイとフンティンのチャールオイの両方に当たる確率が高い。9月中や1月半ば以降に旧市街を歩くなら、ルオイは旅程から外したほうがいい。


