ヒマラヤの麓でフォー1杯1,480円、年の半分だけ開くベトナム食堂

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インド最北部ラダックの中心都市レーで、ベトナム人のタイ・タオさんが営む越料理店「サイゴンBBQ&ホットポット・イン・ラダック」が、今年も春に扉を開けた。標高3,500mを超える高地にフォーの寸胴を持ち込んだ店で、営業できるのは1年の半分だけ。雪が覆う11月から翌4月までは閉めてホーチミンへ戻る。Dân tríが7月26日に伝えたこの話は、秘境で奮闘するベトナム人という美談で片づけると損をする。旅行者には「4〜10月にしか使えない選択肢」であり、標高と物流が価格をどこまで押し上げるかを実額で見せる事例でもある。

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凍った配管が溶けてから、一日の営業が始まる

VnExpressによると、4月半ばのレーでは一晩で凍った配管が朝になってようやく溶け出す。38歳のタオさんと4人の従業員は食器の山の前で、シンクに水滴が落ちるのを待つ。水が流れになるのは気温の上がる昼前だ。開店準備より先に水を待つ時間があり、3年続く。

店はレー市街の中心部、市場から徒歩10分ほどの約800平方メートルの敷地にある。背後は雪山、正面はホテルと土産物店が並ぶ通りだ。営業期間は報道によって4月〜10月末、3月中旬〜11月中旬と幅があるが、旅行者が使えるのが夏をはさんだ半年である点は動かない。

2018年の旅行者が、2022年に店主になるまで

タオさんはホーチミン市サイゴン坊でホームステイ3軒を営んでいた。2018年にラダックを初めて訪れ、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれた平均標高3,500m超のこの土地に何度も戻る。冬は10月から翌5月まで続き、気温は氷点下30度まで下がることがあるという。

ツアーの仕事で通ううち、アジア系の旅行者が現地の食事になじみにくいことに気づいた。ラダックの食事は豆の煮込みに香辛料を効かせ、大麦や小麦のパンを添えるのが基本形だ。試しにバインミーを地元の人に出したら喜ばれ、店の構想が動き出した。

土地を借りたのは2022年。請負施工の業者がほとんどない土地で、木材の調達から製材所探し、職人の手配、砂と石の運搬まで自分で段取りした。無理が重なってタオさんは重い高山病を起こし、救急搬送されている。標高3,500m超のラダックは、平地より酸素が約35%少ないとされる。

完成は2022年7月、着工から4か月、費用は約9億ドン。1円=約162VND(2026年7月時点)で約556万円にあたる。席数は約60。海外で越料理を守る越僑の物語は米国の例がよく知られるが(光を失っても厨房に立つ──盲目の越僑シェフ、母の味を追い続けて)、インド内陸の高地では味の再現より前に、材料が届くかどうかが勝負になる。

フォー1杯240,000ドンは高いのか、ハノイと並べて数える

Dân tríによると、この店のフォーは1杯240,000ドン、鍋物が約600,000ドン、そのほかの単品は60,000〜80,000ドンに収まる。同じレートで換算するとフォーが約1,480円、鍋が約3,700円、単品が約370〜490円。ルピーで払う旅行者のために二重換算すると、1ルピー=約1.70円(2026年7月時点)でフォーはおよそ870ルピーになる。

Item 現地表記(ドン) Yen conversion 参考ルピー換算
フォー(牛・鶏) 240,000 約1,480円 約870ルピー
鍋物 約600,000 約3,700円 約2,180ルピー
その他の単品 60,000〜80,000 約370〜490円 約220〜290ルピー
ハノイのミシュラン掲載5店のフォー(参考価格) 25,000〜160,000 約150〜990円
開業費用(建設4か月) 約900,000,000 約556万円

ラダックの価格はDân trí、ハノイの相場は同紙のミシュラン2026掲載店まとめ。換算は1円=約162VND、1ルピー=約1.70円(2026年7月時点)。

Dân tríがまとめたミシュランガイド2026掲載のハノイのフォー5店は、参考価格が1杯25,000〜160,000ドン(特別な盛りは200,000ドン超)。ラダックの240,000ドンは、その上限すら超える水準にある。安い帯と比べれば約9.6倍、高い帯と比べても約1.5倍だ。本場の一杯がどれだけ手間をかけているかを知っていると(WINNERが探した最強フォー、看板なし西湖の18時間煮込み)、この倍率は割高というより輸送費の可視化に見える。牛肉と豚肉、レモングラス、タイ唐辛子はデリーから空路でレーへ上げ、香辛料やライスペーパー、エビの発酵調味料はタオさんが自分で運ぶ。航空貨物と手荷物が原価に乗った一杯だと考えれば、桁の意味が変わる。

デリー発の一便が飛ばないと、翌日の献立が消える

VnExpressは、吹雪でデリーからの野菜便が遅れ、在庫が尽き、着いたときには多くが傷んでいた日を伝えている。タオさんは店の裏庭で解凍中の箱をひとつずつ開け、使える部分を選り分けた。「あのときは行き詰まって、やめようかと考えた」と本人は振り返っている。

思いとどまるきっかけは客だった。数日後にインドネシア人の団体が入店し、味をしきりに褒め、近いうちにベトナムを旅すると言って帰ったという。タオさんは「もう一度チャンスをやろう」と決めた。2023年5月ごろからは近隣の村の女性たちにホウレンソウやニンジンの有機栽培を頼み、毎朝届けてもらう形に切り替えた。空路に全部を預けるのをやめ、傷みやすいものだけ現地調達へ寄せた判断が、供給を落ち着かせている。

ここで押さえたいのは、冬に空港が閉鎖されるという記述はどのソースにもない、という点だ。Dân tríが書いているのは、11月から翌4月にかけて雪が積もり、陸路がたびたび封鎖され、航空機の着陸が難しくなるということだ。レーの玄関口クショク・バクラ・リンポチェ空港(IXL)については、午後に山の風が強まるため全便が午前に運航されるという特性が知られている。閉じるのは空港そのものではなく、供給と客足のほうだ。

80キロ先の村から3年通う常連と、割れる客数

常連のひとりに、約80km離れたウレー村に住むヌルボさん(37)がいる。偶然この店を知り、初回で惚れ込んで3年通い続けている。フォー・ガーや揚げ春巻き、鍋には塩気と甘みと辛みの均衡があり、辛みに寄るラダックの味付けとは組み立てが違うと話す。建設過程も見てきた立場から、タオさんがヌクマムの香りや澄んだスープを崩さずにきたと証言する一方、インド人客には甘めの調整を入れたほうが受け入れられやすいとも指摘した。

興味深いのは、食事の時間の質が変わったという彼の指摘だ。ラダックでは長距離トレッキング客が多く、食事はサンドイッチや豆の煮込みで手早く体力を戻すものだった。そこに鍋が現れ、座り続ける時間が生まれた。「ベトナム人の食べ方は、食事をより結びつきのあるものにする」と彼は語る。地元客が繰り返し通うかどうかは、観光地の飲食店を見分けるいちばん素直な物差しでもある(客の40人中39人が地元民なら当たり——ベトナム良店選びの黄金律)。

客数は報道が割れている。Dân tríは夏場に1日およそ100人、従業員8人と書き、VnExpressは平均20〜50人、4月時点で従業員4人としている。取材が7月と5月で違うことを踏まえると、誤りというより季節の振れ幅が大きいと読むほうが実態に近い。端境期と最盛期では、待ち時間も品揃えも別物になる。

半年しか開かない店から、旅行者が受け取れる実利

この店の話を自分の旅程に落とし込むと、実利は3つに整理できる。ひとつめは日程が事実上固定されること。4〜10月を外すと、ラダックで越料理にありつく選択肢は消える。高地での長い移動のあと慣れた味に戻れる場所があるかどうかは、体調の立て直しに直結する。行程表を組むときは、店の営業期と自分の到着日を先に突き合わせておきたい。

ふたつめは価格の読み方だ。本場の最上位帯すら超えるという事実は、離島や山岳リゾートで日本食が高いときの判断にも横展開できる。運ぶ距離、運ぶ回数、傷みやすさ。この3つが揃えば価格は跳ね、村の野菜のように現地調達へ寄せた食材は落ち着く。材料の出どころを推測すれば、値付けの妥当性は自分で判断できる。

みっつめは高山病への構えだ。レー空港は標高約3,256mにあり、平地から飛行機で一気に上がる。店主自身が工事中に重症化して救急搬送された事実は、旅行者にとっても軽い話ではない。到着当日に予定を詰めない、初日は動きを最小にする。それだけで滞在の質が変わる。

6月に10万人が来る土地で、季節営業は何を先取りしているか

ラダックの観光は数字の振れが大きい。行政の公表値では、2025年のレーの国内旅行者は212,799人で、2024年の292,836人から約27%減った。2026年は1〜6月で225,286人(うち外国人13,641人)まで戻り、6月単月は107,740人と前年同月の75,089人から約43%増えている。当局は道路と空路の接続改善や受け入れ設備の整備を要因に挙げている。

Period 訪問者数 Year on year
2024年 レー(国内客) 292,836人
2025年 レー(国内客) 212,799人 約27%減
2026年5月 ラダック 72,834人 約121%増
2026年6月 ラダック 107,740人 約43%増
2026年1〜6月 ラダック 225,286人(外国人13,641人)

ラダック連邦直轄領の公表値および現地報道にもとづく。

外国人比率は約6%で、需要の大半は国内客だ。6月に月10万人が来る一方、冬はほぼ消える。この形の市場で通年営業を前提に固定費を組めば、閉じている月に体力を削られる。タオさんの半年営業は撤退でも妥協でもなく、需要曲線に合わせて営業日数のほうを可変にした設計だ。日本の山小屋やスキー場の飲食と構造は同じだが、そこに輸入した料理ジャンルを乗せている点が違う。インドの地方観光地で食を出したい事業者には、味の設計より先に、空路の欠航率と現地調達できる品目の線引きが計画の中心に来る。

4〜10月にラダックへ行くための実務メモ

Item Details Sources
店の所在 レー市街の中心部、市場から徒歩約10分。敷地約800㎡、席数約60 VnExpress
Moca Dining (formerly Moca Cafe) 4月〜10月末(Dân trí)/3月中旬〜11月中旬の6〜7か月(VnExpress) 両紙
Menu 約15品(Dân trí)/約20品(VnExpress)。フォー、ご飯もの、生春巻き、鍋、焼き物、煮物、スープ 両紙
Price guide フォー約1,480円、鍋約3,700円、単品約370〜490円(上表参照) Dân trí
玄関口の空港 クショク・バクラ・リンポチェ空港(IXL)、標高約3,256m。デリーから所要約1時間30分 空港情報
便と陸路の癖 午後の山風を避けるため全便が午前運航。11月〜翌4月は積雪で陸路が封鎖され、着陸も難しくなる 空港情報/Dân trí
高地対策 ラダックは平地比で酸素が約35%少ない。店主自身が高山病で救急搬送された経緯がある VnExpress

営業日・定休・電話番号は報道に記載がないため掲載していない。

Summary

ラダックのフォーが1杯約1,480円になるのは、標高でも希少性でもなく、デリー発の貨物便とホーチミンから運ぶ手荷物の合計が皿に乗っているからだ。旅先で価格に驚いたとき、材料の移動距離を数えるくせをつけておくと、納得できる出費とそうでない出費の線が引ける。

ラダック行きを検討するなら、動く順番はこうなる。まず4〜10月のどこに入るかを決め、5月や10月の端境期を狙うなら、混雑と価格が下がる代わりに開いていない店があると織り込む。次にデリー〜レーの午前便を押さえ、到着当日は移動も観光も入れない。あとはレー中心部・市場から徒歩10分という位置を覚えておけば、高地の疲れが出た日に戻れる場所がひとつ増える。

Sources:Dân tríVnExpressDân trí(フォー相場)ラダック連邦直轄領Greater KashmirOutlook TravellerKushok Bakula Rimpochee Airport

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In my third year living in Ho Chi Minh City, Vietnam. I launched this specialist Vietnam travel information site hoping to share local knowledge you simply can’t get by visiting as a tourist — the kind of thing you only understand by being here.

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