これまでベトナムの街を歩いていて、雑草に埋もれて歩けない歩道や、標識が草に隠れて読めない交差点に出くわした人は少なくないはずだ。その光景が、いま少しずつ変わり始めている。動かしているのは行政でも大企業でもなく、20代の若者たちだ。仕事の合間に自分でゴミ袋と鎌を持ち、放置された歩道や側溝を数日がかりで元に戻していく。その様子を短い動画で投稿すると、同じことを始める人が次々に現れる。ベトナムの街並みが、下からゆっくりと塗り替えられている。
VnExpress(2026年7月13日)は、この自発的な清掃の広がりを一本の記事にまとめている。象徴的なのが、ハノイ近郊フンイエン省に暮らす28歳の配達員ホアン・バン・フン氏だ。彼は6月、雑草で埋もれた約500メートルの歩道を独力で刈り込み、歩ける道に戻した。この動きに刺激を受けたヴァンザン地区の若者10人以上が加わり、フン氏の作業は個人の善意からチームへと育ちつつある。「もっと大きな案件も引き受けられる、組織立ったチームにしたい」という彼の言葉に、この現象の方向性がにじむ。
踏まれない歩道と、SNSが変えた「掃除」の意味
ベトナムの都市部で歩道が歩けない理由は、単純なゴミの多さだけではない。バイクの駐輪や露店に占領され、そもそも人が通る前提で維持されてこなかった区画が多い。行政の清掃が届きにくい路地や側溝、墓地の周辺、郊外の通学路では、雨季を挟むと一気に雑草が繁茂し、標識さえ覆い隠す。誰かが手を入れなければ、放置は年単位で続く。
この構図を崩したのがSNSだった。清掃前と清掃後を並べた「ビフォー・アフター」の短尺動画は、視覚的な変化がはっきりしているぶん拡散しやすい。運河や川のゴミ回収に取り組む「サイゴン・サン(Sai Gon Xanh)」や「ハノイ・サン(Ha Noi Xanh)」といった団体は2022年から活動しており、こうした先行事例が「自分でもできる」という空気を作った。いまでは清掃に特化したSNSチャンネルが約30に上るという。掃除は地味な奉仕から、共有し称賛される行動へと意味を変えつつある。
興味深いのは、この変化が「募金してください」「参加者募集」という呼びかけから始まっていない点だ。まず一人が黙々と手を動かし、その結果だけを短い動画で示す。見た人は言葉ではなく、目に見えた変化に反応して自分も鎌を手に取る。称賛や共感が先にあるのではなく、具体的な成果が先にあり、それが次の行動を引き出す順番になっている。SNSがネガティブな話題の拡散装置として語られがちな中で、街の物理的な改善が連鎖していく回路が生まれているのは、ベトナムの若者文化の一面を映している。
| 団体・担い手 | Base | 主な活動内容 | 裏取りできた数値 |
|---|---|---|---|
| サイゴン・サン(Sai Gon Xanh) | Ho Chi Minh City | 運河・河川のゴミ回収 | 2022年から活動 |
| ハノイ・サン(Ha Noi Xanh) | Hanoi | 河川・水路の清掃 | 2022年から活動 |
| ホアン・バン・フン氏(28) | フンイエン省 | 放置歩道の草刈り | 6月に約500m復活 |
| ヴー・ズイ・ニャット氏(25) | Hanoi | 歩道・通学路の清掃 | 動画1本が1900万回再生 |
| 清掃系SNSチャンネル | Nationwide | ビフォー・アフター動画の発信 | 約30チャンネル |
担い手と市民の声
この動きを支えているのは、時間に余裕のある人ではなく、むしろ日々働く若者たちだ。ハノイの25歳、ヴー・ズイ・ニャット氏は配達の仕事の傍ら、2025年末から歩道や道路の清掃を続けている。通学路をきれいにした動画は1900万回再生に達した。「国内外の視聴者からの励ましが、続ける原動力になっている」と彼は語る。個人の行動が、他人の行動を呼ぶ連鎖になっている。
カフェを営む26歳のダム・クアン・リン氏は、これまで7回の清掃活動に参加した。「お金を出すより、自分の時間と労力を使って地元をきれいにしたい」。掃除は寄付やボランティア募集ではなく、身体を動かす直接参加として受け止められている。
周囲の住民の反応も、この動きを後押しする。グエン・チャイ地区に住むクオック・チュン氏は、清掃する若者たちに水や保護具を差し入れながらこう話した。「彼らがやっていることは、地域にとって計り知れないほど価値がある」。行政を待つのではなく、目の前で街が変わる様子を見た住民が、小さな支援で加わっていく。
在住者・旅行者が感じる「街の変化」
この現象は、ベトナムで暮らす日本人や旅行者にとっても他人事ではない。これまで「歩道は歩くところではない」というのが半ば常識で、駐輪と露店をよけて車道すれすれを歩くのが当たり前だった。若者による清掃が入った区画では、その前提が崩れ、実際に歩ける歩道が戻りつつある。街を移動する体験そのものが変わっていく可能性がある。移動といえば、ハノイでは路線バスの電気化も進んでおり、足元の歩道と公共交通の両方から、都市の日常が更新されつつある。
変化は掃除だけにとどまらない。放置された空間を若者が自分たちの手で作り替える動きは、たとえばカントーで若者が伝統音楽をバーで蘇らせるような文化面の再生とも重なる。眠っていた場所や慣習に、若い世代が主体的に手を入れ直すという点で、根は同じだ。旅行者にとっては、観光地だけでなく、こうした日常の街角にこそ、いまのベトナムの熱量が表れている。
実務的な視点でも、この流れは無視できない。ベトナムに拠点を置く日本企業や飲食店にとって、店の前の歩道が歩ける状態かどうかは集客に直結する。これまでは行政の対応を待つしかなかった区画が、地域の若者の手で整えられる事例が出てきたことは、店舗運営の環境が住民主導で改善し得ることを意味する。反対に、自分の店の周りだけ荒れていれば目立つ時代になったとも言える。街の見た目に対する住民の目線が、確実に上がっている。
環境意識と、行政との距離
この草の根運動は、ベトナム社会の環境意識が次の段階に入りつつあることも示している。ホーチミン市経済財政大学の講師レー・アイン・トゥー氏は、ビフォー・アフターの短尺動画が運動の普及を加速させたと分析したうえで、清掃後の状態を保つには地方行政との連携を密にすべきだと指摘する。一度きれいにしても、維持の仕組みがなければ雑草はまた戻ってくるからだ。
個人の熱意が起点である以上、持続性は最大の課題になる。だが行政の側から見れば、市民が自発的に街を掃除するこの流れは、都市の再開発や交通整備と並ぶ「街づくりの担い手」の一角になり得る。実際、ホーチミンでは地下鉄駅前の大規模再開発のような上からの都市計画が進む一方で、歩道の草刈りという最も身近な単位の改善が下から立ち上がっている。上下から街が同時に整えられていく構図は、これからのベトナムの都市を見るうえで見逃せない。
Summary
歩けなかった歩道が、若者の手で数日のうちに戻る。ベトナムで広がる自発的な街清掃は、単なる美談ではなく、SNSが行動を連鎖させ、市民が街の担い手になり始めた社会現象だ。維持の仕組みや行政との連携という課題は残るものの、街を歩く体験そのものが変わりつつある。次にベトナムを訪れたとき、以前は通れなかった歩道を歩けたなら、それは誰かの休日の汗の跡かもしれない。
Sources
- VnExpress International「From overgrown sidewalks to cleaner streets: young Vietnamese spark grassroots clean-up movement」(2026年7月13日)
