2026年7月25日の午後、ダナン市ホイアン西坊(旧クアンナム省ホイアン市カムアン坊)の海岸を歩いていたダナン市観光協会のレー・クオック・ヴィエット副会長らが、砂から出た木造船の骨組みを見つけた。Thanh Niên紙が翌26日に報じたところでは、船は3年近く前に見つかった位置のまま動いておらず、木肌は一面の緑の藻に覆われている。ただし露出した木材は天候と海水の影響で劣化の兆候が出ているという。今回の露出について寸法は公表されていない。最初に見つかったのは2023年12月26日の朝で、そのときは露出部が長さ約15メートル・幅約3メートル、木の骨組みは比較的そのまま残っていた。そこから2年7か月がたつが、この船はまだ一度も本格的な発掘を受けていない。7月15日に文化スポーツ観光省が緊急発掘の方針を承認する文書を出したものの、着手は市の承認待ちのままだ。世界遺産ホイアンの海岸で起きているこの足踏みは、旅行者にとっては「行っても見られないかもしれない現場」の話でもある。
波が砂を削るたびに現れて、また埋まる船
船体が地表に出るかどうかは、その時々の波と砂しだいだ。2023年12月末に初めて確認されたあと砂に埋まり、2024年2月に一度計測されてまた消えた。2025年8月に再露出し、11月初旬の台風13号が海岸を大きく削ったことで、船体上部がほぼ全面に現れた(Nhân Dân)。そして2026年7月25日、また波が砂を持っていった。
船の特徴が分かっているのは、2024年にホイアン文化遺産保存センターがクアンナム省博物館(現ダナン博物館)などと組んで行った詳細調査による。船首側の稜(ソンムイ)と何層にも重ねた外板という東南アジア系の造りであること、骨組みにはバンラン(サンレー)材、外板にはキエンキエン材という熱帯の堅木が使われていること。ダナン市文化スポーツ観光局のグエン・トゥー・フオン副局長は、新しい文化遺産保護法の手続きがあるため緊急発掘にすぐ着手できないと説明している。
2年7か月の空白が生まれた事情
2年7か月の空白は、誰かが放置した結果ではない。2025年7月1日にクアンナム省がダナン市へ統合され、ホイアン市も坊単位に再編された。船が眠るのはホイアン西坊の海岸だが、発見当時の管轄はクアンナム省であり、調査主体もホイアン世界文化遺産保存センターと、いまはダナン博物館に統合されたクアンナム省博物館にまたがる。
制度も動いた。文化遺産保護法が2025年7月1日に施行され、水中遺跡の発掘手続きが新しい枠組みに置き換わっている。VietnamNetが7月23日に伝えたところでは、7月15日付の文化スポーツ観光省の文書がこの法的な引っかかりを外した。同紙の取材にフオン副局長は、書類と計画を急いで仕上げ、市人民委員会の承認にかけている段階だと答えている。
その一方で、発掘の設計自体が難物だ。2025年11月には、ラーセン鋼矢板で水を止め、格子状の区画ごとに土を剥がし、木の表面に15〜20cmの保護土を残しながら12月から約45日かけて掘る案が示された。それが実行されないまま、Dân trí紙が2026年4月17日に報じた時点では2026〜2027年と2028〜2030年の二段階案が浮上している。同紙は露出面に苔とカビが出て、波で分離した構造材があることも伝えている。
15メートルか17メートルか、数字が動く理由
報道に出る寸法がそのつどぶれるのは、測っているのが「そのとき砂から出ている部分」だからだ。船全体の長さは確定していない。各時点で公表された数値を並べておく。
| 時点 | 公表された寸法 | 出典 |
|---|---|---|
| 2023年12月26日(発見時) | 露出部 長さ約15m・幅約3m | Thanh Niên(2026年7月26日) |
| 2024年2月 | 幅4.7m/露出部の長さ16m超(16.15mとする報道も) | VnExpress(2025年5月12日)・Công an Đà Nẵng |
| 2025年11月 | 幅5m超/露出部の長さ17.4m | Thanh Niên(2025年11月20日) |
| 2026年7月25日 | 寸法の公表なし。位置は動かず、露出部の木材に劣化の兆候 | Thanh Niên(2026年7月26日) |
構造の細部は2024年の調査に記録がある。VnExpressによれば、肋材にあたるジャン(giang)が28本あり、厚さ11.5〜16センチ・幅25〜31.5センチのバンラン材。外板は厚さ7センチのキエンキエン材で、船体の一部は二重張りになっている。隔壁は松材で、区画は12、区画の深さは約1.6メートル。接合には鉄釘が使われている。
この組み合わせが、年代推定の根拠になっている。ホイアン文化遺産保存センターがホーチミン市人文社会科学大学、クアンナム省博物館と共同で行った調査は、東南アジアと中国の造船技術が混ざった造りで、14世紀半ば〜後半から16世紀のものとみられるとしている。船首の稜、何層もの外板、主材に熱帯の堅木を使う点が東南アジア系。横隔壁で区画を仕切り、鉄釘で固定し、板の縁に斜めに釘を打ち、温帯材(松)を使う点が中国系という読み方だ。いずれも構造・技法・材質からの推定で、確定した年代ではない。ホーチミン市人文社会科学大学考古学科のグエン・ティ・ハー講師(修士)が率いた調査班が、2023年に採取した試料でC14年代測定、樹種同定、花粉分析を進めているとNhân Dânは伝えている。堆積試料に花粉が残っていなかったことから、沈没したのは海中だったと判断されている。1905年の時点では、船が見つかった場所は波打ち際から700〜800m内陸の陸地だった。その後、海が数百メートル分の陸を削り取った。
船種も断定されていない。Nhân Dânによれば、長さ17m超・幅5m超という規模から、沿岸の漁船である可能性は多くの研究者が退けている。堅木で組まれている点も、長期の航海と積荷の輸送を前提にした船だという見立てにつながる。ただし積荷は未発掘で、商船か軍船かといった性格は確認されていない。
研究者は「急げ」、行政は「手順」と答える
- 東南アジア先史研究センターのグエン・ヴァン・ヴィエット所長は、専門家の一致した見方として、船の原型のとどめ方が驚くほどで、ほとんど位置がずれていないと説明した。安全に掘るには防護の護岸を直ちに造ることが要で、船を独立した区画に分けて一区画ずつ処理する方法、発掘中の全体3Dスキャン、掘削坑の脇に仮設の処置室を置くことを提案している。「われわれは、かけがえのない遺産を救い出すかつてない好機の前に立っている」(Thanh Niên・2025年11月20日)。
- ベトナム社会科学院考古学院のグエン・ゴック・クイ博士は、この船をクアン地域の在来船「ゲーバウ」の文化圏に属する唯一の現存物であり、代わりの利かない史料だと述べ、ホイアン旧市街と結びつければ新しい文化・観光の拠点になりうるとしている。
- 文化遺産局のチャン・ディン・タイン副局長は、船体を丸ごと引き揚げる案と、番号を振って記録しながら解体し後日組み直す案を並べ、実現性と安全性から二つを並行して準備すべきだとしている。保存については日本などの薬剤処理と脱水の手法が水中の木造遺構に有効だとしつつ、ベトナムにはまだ標準化された手順がないと指摘する。
- ホイアン世界文化遺産保存センターのファム・フー・ゴック副所長は、難しいのは引き揚げそのものより引き揚げた後の保存で、置き場の条件が悪ければ取り返しがつかないと語る(Nhân Dân・2025年12月5日)。
行政側の説明も、後ろ向きというより順番の話に読める。フオン副局長が挙げたのは、考古調査から発掘、保存、展示、活用までが一続きの技術的に込み入った事業であること、遺物の量が多く費用がかさむこと、専門性の高い助言事業者が要ることだ。海水に長年浸かった木材は、掘った瞬間から劣化との競争が始まる。Nhân Dânは、古い木材は数時間空気に触れただけで割れて崩れることがあると書いている。
掘らない判断を、日本の読者はどう読むか
第一に、「保存できる目処が立つまで掘らない」という判断が公然と取られていること。ホイアン沖のクーラオチャム沈没船は1997年から2000年にかけて発掘され、約24万点の遺物が出た。量が出た分だけ保存処理と収蔵の負荷も残る。数字の大きさが成功の指標にならないことを、同じ町がすでに経験している。
第二に、制度の切り替わりが実務を止める期間は想像より長いこと。文化遺産保護法の施行とクアンナム省・ダナン市の統合が、同じ2025年7月1日に重なった。省庁の承認が出ても市の承認が要る二段構えは、遺跡でも事業でも同じ形で現れる。
第三に、露出のタイミングは制御できないこと。この船が見えるかどうかは、台風と波と潮に握られている。浜の表情が一日で最も動く夜明けの時間帯(夜明けの浜で漁師と網を引く、ダナン7月の朝いちばん)と同じで、砂の量は朝と夕で違う。
ホイアンに新しい「見どころ」は生まれるか
ベトナムは、地下と水中に眠る遺跡を観光の資源に変える方向へ舵を切っている。メコンデルタの扶南期の港町オケオが世界遺産登録に向けて動き出したこと(メコンの地に1500年、扶南の港町オケオが世界遺産へ動く)は、その一例だ。ホイアンの船も、発掘から保存・展示・活用までを一本の計画に組み込む建て付けだとVietnamNetは伝えており、将来の見学対象になる可能性はある。ただし展示場所も規模も時期も、現時点で公表されたものはない。
現実的な波及は、ホイアンの物語が「日本橋と旧市街の町並み」から「海に開いた港湾都市」へ広がることのほうだろう。Nhân Dânによれば、14〜16世紀のホイアンには中国・日本・シャム・インドネシア方面から数百の商船が集まっていた。町並みだけを歩くと陸の遺産に見えるが、この船が語っているのは、その町を成り立たせていた海側の技術だ。ホイアンの貿易陶磁博物館は、クーラオチャム沖の沈没船の引き揚げ品を含む陶磁器368点を展示している。海の話を先に押さえてから旧市街を歩くと、展示ケースの見え方が変わる。
現地に向かう前に押さえる事実
現場について、いま公表されている条件を整理する。円換算は1円=約162VND(2026年7月時点)。
| 項目 | 内容(2026年7月時点) |
|---|---|
| 現場の所在 | ダナン市ホイアン西坊の海岸(旧クアンナム省ホイアン市カムアン坊、タンタイン/ティンミー海岸一帯) |
| 見学の可否 | 公表されていない。現場は区域を区切ってロープを張る保護措置が取られており、ホイアン西坊のグエン・ドゥック・チュン党書記は、警告看板を立てて住民に周知したと説明している(Nhân Dân) |
| 露出のタイミング | 台風や高波が砂を削った直後に現れる。確認された露出は2023年12月、2025年8月・11月、2026年7月 |
| 発掘の状況 | 2026年7月15日に文化スポーツ観光省が緊急発掘の方針を承認。ダナン市人民委員会の承認待ち |
| 旧市街の共通入場券 | 外国人12万VND(約741円)で対象施設5か所、ベトナム人8万VND(約494円)で3か所。いずれも購入から24時間有効 |
| 関連する展示 | ホイアンの貿易陶磁博物館が9〜10世紀から19世紀までの陶磁器368点を展示。クーラオチャム沖の沈没船から引き揚げられた15〜16世紀の品を含む。共通入場券で回れる施設に含まれる |
浜へ行くこと自体を止める話ではない。ただ、ロープの内側は保護対象で、近づいて撮る・触るという行為は想定されていない。旧市街のバインミー巡り(1日6個完食が話題、ホイアンのバインミー名店を値段つきで巡る)のついでに海岸へ足を延ばすなら、見えたら幸運、というくらいの構えがちょうどいい。
まとめ
2026年7月25日の露出は、ホイアンの海岸に14〜16世紀のものと推定される船が残っていることを、あらためて確認させた。省の承認は7月15日に出た。残っているのは市の承認と、掘った後に木をどう守るかという設計だ。
ホイアンへ行く人が今できることは三つある。ひとつ、現場の見学可否は公表されていないので、旅程に「沈没船を見る」を入れない。ふたつ、貿易陶磁博物館を共通入場券の5か所のひとつに選び、クーラオチャムの引き揚げ品から海側のホイアンを先に押さえる。みっつ、渡航前に「tàu cổ Hội An」で検索し、発掘が始まっていないかを確かめる。発掘が始まれば、海岸の一部が立ち入り制限になる可能性もある。
参照元:Thanh Niên/VietnamNet/Dân trí/VnExpress/Thanh Niên(2025年11月)/Nhân Dân/Công an Đà Nẵng/ホイアン世界文化遺産保存センター
