ワクチンを打つために国を選ぶ、という発想はこれまで日本ではなじみが薄かった。ところがベトナムでは、留学生や在住外国人が「せっかくベトナムにいる間に予防接種を済ませておこう」と考える動きが広がっている。背景にあるのは、同じワクチンでも国によって価格が大きく違うという現実だ。ベトナム系メディアVnExpressが2026年7月16日に報じた記事は、この静かな変化を具体的な金額とともに伝えている。在住・出張で行き来する日本人にとっても、他人事ではないテーマだ。
報道の要点:留学生がベトナムでワクチンを打つ理由
記事が紹介したのは、ベトナムに学びに来た2人の留学生の選択だった。ホーチミン市の大学でベトナム語を学ぶシンガポール出身のローレンス・クルニアワン・ウォンさん(36)は、9価のHPVワクチンをベトナムで接種した。理由は明快で、母国シンガポールより費用を抑えられるからだ。ハノイでベトナム研究を専攻するドイツ出身のミラ・ミュラーさん(28)は、地方や郊外へ実地に出向く機会が多いことから、日本脳炎ワクチンを接種した。
2人に共通するのは、留学という滞在期間を「健康の備えを整える時間」として使っている点だ。旅行者のように数日で去るのではなく、数か月から数年をベトナムで過ごす。その間に、母国では高額だったり順番待ちが長かったりするワクチンを、現地の価格とスケジュールで受けておく。予防接種の受け皿として、ベトナムが選ばれ始めている。
背景:ベトナムの予防接種事情と価格差の理由
ベトナムでは民間のワクチン接種チェーンが都市部を中心に広がっており、予約から接種までの導線が整っている。記事に登場する留学生も、都市部のVNVCなどの民間施設で接種を受けていた。輸入ワクチンの取り扱いも進み、9価HPVワクチンのように高価格帯のものも選べる。
では、なぜ価格に差が出るのか。ワクチンそのものの仕入れ価格に加え、各国の医療コストや人件費、施設の運営費が上乗せされて最終的な接種費用が決まる。物価水準の高いシンガポールと、相対的に安いベトナムとでは、同じ製剤でも患者が支払う金額が変わってくる。留学生たちは、この構造上の差額を実利として受け取っているわけだ。ただし、安さだけで飛びつくのではなく、正規の製剤か、保管や接種の管理が適切かといった点は、渡航先でも母国と同じように確認したい。
データ:HPVワクチンの価格をシンガポールと比べる
報道で具体的な金額が示されたのは、9価HPVワクチンの価格だった。シンガポールとベトナムの差を、円換算とあわせて整理する。円換算は2026年7月中旬のレート(1シンガポールドル≈125円、1万ドン≈61円)で計算した概算で、日々変動する。
| ワクチン/接種地 | 現地価格 | 米ドル換算 | 円換算(概算) |
|---|---|---|---|
| 9価HPV(シンガポール) | 700シンガポールドル | 約543米ドル | 約8.7万円 |
| 9価HPV(ベトナム) | 約800万ドン | 約304米ドル | 約4.9万円 |
金額だけを見れば、ベトナムでの接種はシンガポールのおよそ半分だ。HPVワクチンは複数回の接種が必要になるため、1本あたりの差額が積み重なると総額の開きはさらに大きくなる。なお記事では日本脳炎、MMR(麻しん・おたふくかぜ・風しん)、肺炎球菌、狂犬病、デング熱といったワクチンにも触れているが、これらの価格は明示されていない。金額を裏取りできないものはここでは扱わない。実際の費用は接種する施設や製剤で変わるため、見積もりは各医療機関で確認してほしい。
現地の声:留学生と接種センターの見方
ウォンさんは、HPVが女性だけの問題ではないと語る。「男性も尖圭コンジローマやHPV関連のがんにかかることがある」として、ベトナムで選択肢を調べたうえで9価を選んだという。ウォンさん自身は9価HPVにとどまらず、日本脳炎、MMR(麻しん・おたふくかぜ・風しん)、肺炎球菌、狂犬病、デング熱と、複数のワクチンをベトナム滞在中に接種したと報じられている。
ミュラーさんの動機は、留学生活を安心して送りたいという素直なものだ。「予防できる病気を心配せずにベトナムでの学びを楽しみたい」と話す。地方や農村部にも足を運ぶ彼女にとって、日本脳炎への備えは実地研究とセットの判断だった。
受け入れ側の見方も紹介されている。VNVCハイバーチュン接種センターのディン・キ・ナム医師は、ウォンさんやミュラーさんのように接種を求めて訪れる留学生は多いと説明する。そのうえで、必要なワクチンは出身国や接種歴、滞在期間、これからの移動予定によって一人ひとり異なると指摘した。何を打つべきかは画一的に決められない、という中立的な立場だ。
日本人在住者・出張者への実用情報
この話は、ベトナムに暮らす、あるいは頻繁に出張する日本人にも当てはまる。日本で受けそびれたワクチンや、任意接種で高額になりがちなものを、滞在中に現地で検討する余地があるからだ。実際に動く前に押さえておきたい点を挙げる。
接種先としては、都市部の民間ワクチン接種チェーンや、日本語対応をうたう国際クリニックが候補になる。予約時に、どの製剤を扱っているか、接種スケジュールが自分の滞在期間に収まるかを確認しておくと安心だ。HPVのように複数回の接種が必要なワクチンは、途中で帰国すると間隔が空いてしまうため、残りの回数をどこで受けるかまで見通しておきたい。
注意したいのは、接種の記録を必ず母国語と英語で残しておくことだ。日本の医療機関で続きの接種を受ける際や、体調に変化があったときに、いつ・何を・何回打ったかが分かる記録は欠かせない。持病がある人や妊娠の可能性がある人、常用薬がある人は、接種の可否や適応が変わることがある。打てるかどうか、自分に必要かどうかは、必ず現地の医師や日本のかかりつけ医に相談してから判断してほしい。価格の安さは選ぶ理由の一つにはなるが、それだけで決める話ではない。
周辺:医療をめぐるベトナムの変化
予防接種の受け皿が育ってきた背景には、ベトナムの医療制度そのものの動きもある。健康保険の運用が見直され、入国時の手続きも折々に変わってきた。こうした制度面の変化は、現地で医療を受ける外国人の動きやすさにも影響する。ワクチン一つをとっても、単なる値段の話ではなく、暮らしのインフラが整っていくプロセスの一部として見えてくる。留学生の選択は、その変化を映す小さな鏡でもある。
あわせて、ベトナムでの医療や生活の手続きに関する記事も参考にしてほしい。紹介状なしで大病院へ直行できるようになった健康保険の変更and入国時の健康申告をめぐる最新の扱い、VNeIDのシンガポール連携で変わる在住者の手続きなど、現地で暮らす前提の情報が役に立つ。
Summary
留学生がベトナムで予防接種を選ぶのは、9価HPVワクチンでシンガポールの約8.7万円に対しベトナムが約4.9万円という、はっきりした価格差があるからだ。滞在期間を健康の備えに充てる発想は、在住・出張の日本人にも応用できる。ただし医療は値段だけで決めるものではない。扱う製剤や接種スケジュール、記録の残し方を確認し、打てるかどうかは必ず医療機関に相談したうえで判断したい。
Sources
- VnExpress International「Why international students choose to get vaccinated in Vietnam」(2026年7月16日)https://e.vnexpress.net/news/life/wellness/why-international-students-choose-to-get-vaccinated-in-vietnam-5095489.html
