ハノイの製菓店のショーケースに、黒い毛玉をびっしりと乗せたケーキが並び始めました。遠目には人の抜け毛の塊にしか見えないその一品は、SNSで「見た瞬間に食欲が失せた」と言われながら数十万回再生され、若い世代の間で話題になっています。正体は中華食材の髪菜(ファッツァイ)。タイから伝わったこの「あえてドン引きさせる」スイーツは、日本の映え文化とは真逆の方向で人を動かしています。なぜ人はわざわざ食欲をなくす見た目に惹かれるのか。ベトナム発の新潮流と、日本の食トレンドとの距離を読み解きます。
「髪の毛ケーキ」とは何か——ハノイで250,000ドンから
ベトナムの報道によると、この「髪の毛ケーキ」は、誕生日ケーキやクリームケーキの表面に、乾燥させた髪菜をそのまま振りかけた見た目のインパクト重視の菓子です。糸状の黒い食材がケーキの白いクリームを覆うと、もじゃもじゃに絡まった黒髪そっくりの外観になります。奇抜さが売りですが、乗っているのは食べられる食材で、ゲテモノ演出でありながら中身はれっきとした洋菓子です。
ハノイでは複数の製菓店が提供を始めており、価格は種類によって1個あたり250,000〜450,000ドン(約1,500〜2,700円 ※1万ドン=約60円の概算)。主な買い手は若い世代で、TikTokをはじめ複数のSNSで拡散しています。動画のコメント欄では「ユニークで面白い」という好意的な声と、「一目見て食欲がなくなった」という拒絶反応が入り混じり、その賛否そのものが再生数を押し上げる構図になっています。
正体は「発菜」——財を招く縁起物だった
黒い毛のような食材の正体は、髪菜(はっさい)。中国語ではファッツァイと読み、「発菜」とも書きます。ベトナムの記事はこれを乾燥海藻の一種と説明していますが、植物分類上は海藻ではなく、乾燥した土壌の表面に育つ陸生の藍藻(シアノバクテリア)の仲間です。人の黒髪が絡まったような細い糸状の見た目から、この名が付きました。中華料理では乾燥品を水で戻し、蒸したり煮たりしてスープやシチューの具に使われてきた、決して珍しくない食材です。
面白いのは、この食材が中国で古くから縁起物として扱われてきた点です。「髪菜(ファッツァイ)」の発音が、財を成すことを意味する「発財(ファーツァイ)」に似ているため、春節や祝い事の席で好んで食べられてきました。つまり今回のトレンドは、忌避されがちな見た目の食材が、実は「金運を招く食べ物」という真逆の意味を背負っているという二重構造を持っています。ゲテモノに見えて縁起物、というギャップ自体がネタとして成立しているわけです。
なお中国では、髪菜の乱獲が砂漠化などの環境破壊を招いたため、2000年以降は採取が規制されています。流通しているものの多くは代替素材や養殖品とされ、この「希少性」もまた話題性の一因になっている可能性があります。
タイ発、成都経由——このトレンドがたどった道
ベトナムの記事によれば、この髪の毛ケーキはまずタイで流行し、そこからベトナムへ伝わりました。さらにさかのぼると、中国では2024年に四川省の成都で先に広まっていたとされます。中国発の食材と縁起文化が、タイのSNSカルチャーを経由して、ベトナムの若者に「新しい奇抜スイーツ」として着地した——という流れです。
ここに、東南アジアの食トレンドが持つ独特の伝播経路が見えます。日本の食ブームが欧米やSNS本国から直輸入されることが多いのに対し、ベトナムのそれはタイ・中国という地続きの近隣国を経由して入ってくる。しかも道中で「縁起物」という本来の文脈は薄れ、「見た目のヤバさ」だけが強調されて広がっていく。もとの意味が旅の途中で削ぎ落とされ、ビジュアルのショックだけが残る——これが今のアジアSNSグルメの典型的な広がり方です。
| Item | Details |
|---|---|
| 商品名(通称) | 髪の毛ケーキ |
| トッピングの正体 | 髪菜(発菜/ファッツァイ)。乾燥した藍藻の一種 |
| 本来の用途 | 中華スープ・シチューの具。春節の縁起物 |
| 伝播ルート | 中国(2024年・成都)→タイ→ベトナム |
| 提供エリア | ハノイ中心。複数の製菓店 |
| Price range | 250,000〜450,000ドン(約1,500〜2,700円) |
| 主な購買層 | 若い世代。TikTok等で拡散 |
「映え」の対極——ドン引きで売る逆張りの心理
日本の食トレンドは、長らく「映え」を軸に回ってきました。断面が美しいフルーツサンド、色鮮やかなドリンク、光を反射するツヤ。撮って誰かに見せたくなる美しさが拡散のエンジンでした。髪の毛ケーキは、その真逆を突いています。撮って見せたくなるのは事実ですが、動機は「美しいから」ではなく「気持ち悪いから」。共有される感情が、憧れではなく驚きと嫌悪に置き換わっているのです。
この逆張りには、SNS特有の合理性があります。美しいものは飽和していて埋もれやすい。一方、不快感や違和感は脳に強く引っかかり、コメントや引用リアクションを誘発します。「うわ、無理」という否定のコメントすら再生数と拡散に変換される。賛否が割れるほど伸びるアルゴリズムの下では、万人に好かれる映えより、半分に嫌われる奇抜さのほうが数字を稼ぐ場面があるのです。髪の毛ケーキは、その仕組みを食材の見た目一つで突いた事例と言えます。
日本でも、この「不快感マーケティング」の芽はすでにあります。真っ黒なイカスミバーガー、あえて崩したビジュアルの惣菜、SNSで話題になった各種の奇抜メニュー。ベトナムの盛り上がりを「向こうの話」と切り離すのではなく、日本の食ビジネスにとっての先行事例として読むほうが実りがあります。ベトナムの食文化の別の一面については、BGMをやめて朗読とアニメに切り替えたハノイのカフェの話や、臭いで敬遠されがちなドリアンを主役に据えたダクラクの新しい食体験も、常識を外して話題を作る同じ発想の延長線上にあります。
日本の食品・OEMプレイヤーが読み取るべき3つの示唆
この一過性のブームから、日本の食品メーカーや商品企画者が引き出せる論点は3つあります。
1つ目は、見た目の「引っかかり」を設計する視点です。髪の毛ケーキの中身はただの洋菓子で、差別化は完全にトッピングの見た目に集約されています。原料や製法を大きく変えなくても、既存商品に一つ視覚的な違和感を足すだけで話題化する余地がある。これはコストをかけずに商品を目立たせたい小規模メーカーにとって現実的な武器になります。
2つ目は、ギャップを言語化して売る発想です。髪の毛ケーキが単なる悪ふざけで終わらないのは、「見た目はゲテモノ、正体は財を招く縁起物」という物語があるからです。奇抜な見た目に、意味のある背景を後付けできると、一過性のバズが商品ブランドへと転がる可能性が出てきます。素材の由来やご当地の縁起、製法のこだわりといったストーリーは、日本の地域食材こそ豊富に持っている資産です。
3つ目は、近隣アジア発のトレンドを早めに拾う姿勢です。今回のブームは中国からタイを経てベトナムへ渡りました。日本に上陸するとすれば、その次かもしれません。欧米SNSばかりを見ていると、地続きのアジアで生まれ育ちつつある食の潮流を取りこぼします。乾物や乾燥素材を扱うメーカーにとっては、髪菜のような「見た目にインパクトのある乾燥素材」の使い方自体が、新しいヒントになり得ます。
ブームの持続性と、越えるべき一線
もっとも、この種の「見た目ショック」型トレンドは長続きしないのが常です。奇抜さは繰り返されるほど陳腐化し、驚きは一度きりで消費されます。髪の毛ケーキも、数か月後には別の奇抜スイーツに主役を譲っている公算が高いでしょう。ビジネスとして追うなら、ブームそのものに乗るのではなく、「なぜ人はこれを共有したのか」という原理のほうを持ち帰るべきです。
加えて、報道では専門家が一つの懸念を挙げています。ケーキに乗った髪菜を、子どもが本物の髪の毛と区別できない恐れがあり、提供側の適切な説明が必要だという指摘です。奇抜さで注目を集める商品ほど、「これは食べ物で、正体はこれです」という説明責任が問われる。話題性と安心の両立は、日本で同種の企画を考える際にもそのまま当てはまる論点です。ベトナムの他の食トレンド、たとえばミシュランに載った蒸し米クレープの老舗のように、伝統に根ざした食が着実に評価される流れと並べて見ると、奇抜さ一本で押すことのもろさも見えてきます。
まとめ——「気持ち悪い」を商機に変える読み方
ベトナムの髪の毛ケーキは、映えの飽和した時代に「あえて美しくない」ことで人を動かした一例です。正体は財を招く縁起物の髪菜で、その意味と見た目のギャップがブームの核にありました。日本の食品・OEMプレイヤーがここから持ち帰るなら、次の3つが実践的です。まず、既存商品に視覚的な違和感を一つ足せないか棚卸しする。次に、その奇抜さに縁起や由来の物語を紐づけられないか検討する。そして、欧米だけでなくタイ・中国・ベトナムの食トレンドを定点観測の対象に加える。奇抜さを笑って終わらせず、その裏側の伝播原理を仕入れることこそが、次のヒットを先取りする一歩になります。
