メコンデルタの海辺、バクリウ(Bạc Liêu)のヒエップタン(Hiệp Thành)地区に、樹齢100年を超える龍眼(ロンガン、nhãn)の古木が数千本残る古龍眼園がある。19世紀に北部・中部から移り住んだ人々が海辺の砂地を拓いた土地に根を張った木々で、地元では「古龍眼園(vườn nhãn cổ)」として知られてきた。その一角、4,000平方メートルを、客室乗務員から転身した青年が2021年に整備し、収穫と南部の暮らしを味わう観光農園として開いた。名前はミン・ドゥック龍眼園(vườn nhãn Minh Đức)。ドリアン園のような派手さはないが、メコンを旅する日本の旅行者には、混雑した定番スポットとは違う静かな一日を過ごせる穴場になる。
チュオン・ミン・ドゥックさんが空港勤務を辞め、祖父の4千㎡を作り替えた
園を営むのはチュオン・ミン・ドゥック(Trương Minh Đức)さん。もとはタンソンニャット空港を拠点にする客室乗務員だった。2021年に故郷へ戻り、祖父が遺した4,000平方メートルの龍眼園を作り替える。木を切って新しい作物に植え替えるのではなく、100年以上生きてきた古木をそのまま生かし、入園料を取って人を招く道を選んだ。子ども向けの遊び場を設け、木陰を歩きながら熟した実を自分の手で摘めるようにした。祖父から受け継いだ在来の風景を、伐採ではなく公開という形で残す判断だった。
果物狩りに郷土食とドンカータイトゥを重ね、旬は毎月2000人が来る
体験できるのは果物狩りだけではない。実をつけた古木の下を歩いて完熟の龍眼を摘み、南部の郷土料理を口にし、園内でドンカータイトゥ(đờn ca tài tử、南部の伝統音楽で世界無形文化遺産)に耳を傾ける。バクリウという土地がどう拓かれたかの歴史を聞き、稀有な姿を残す古木を背景に写真を撮る。果実の売り買いではなく、時間と体験そのものを売る作りだ。龍眼が実る季節には、この園だけで毎月およそ2,000人の来園があるという。
行政区分としては、バクリウは2025年の再編でカマウ(Cà Mau)省に統合された。ただ「バクリウの古龍眼園」という呼び名と、海辺に100年以上立ち続けてきた木々そのものは変わらない。塩気を含む海辺の砂質土でも育つ龍眼は、開拓以来この土地の暮らしを支えてきた作物でもある。
観光収入が果実販売を上回り、100年の樹齢が真似できない壁になる
この園が示すのは、農地の使い方の転換だ。樹齢100年の木は生産効率でいえば若木に劣る。それでもドゥックさんは伐採ではなく公開を選び、入園料・飲食・体験という別の収入軸を立てた。報道では、観光サービスから得られる収入が果実の販売を上回るとされる。古さそのものが商品になり、100年という時間は植え替えでは買えないため、他の園が簡単に真似できない参入障壁になる。
同じ発想は、いまメコンデルタの各地で動いている。ミトーのトイソン島では小舟の川下りに2時間待ちの列ができ、カントーでは食フェスと水上市場が観光の軸になっている。有名スポットが飽和していくなか、「まだ知られていない一次産業の現場」を体験に変える動きが、次の受け皿として立ち上がりつつある。
木を伐らずに公開する選択が、静かな一日の体験を生んでいる
100年以上の古木は、いちど植え替えれば二度と戻らない。ドゥックさんが伐採ではなく公開を選んだことで、混雑した定番スポットとは違う、古木の下をゆっくり歩いて完熟の実を自分の手で摘む静かな時間が観光商品になった。全国紙のThanh Niênなどもこの園を、珍しい果樹園としてだけでなく守るべき地域資源として現地取材で取り上げている。
バクリウ行きはGrab前提、龍眼の旬(夏)に合わせて訪ねる
ミン・ドゥック龍眼園はバクリウ市街から海側のヒエップタン地区にあり、市内からはGrabの四輪かバイクタクシーが現実的だ。龍眼の旬はおおむね夏場に集中するため、収穫体験を目当てにするなら時期を選ぶ。ホーチミンからは長距離バスでバクリウへ入り、そこから園へ向かう組み立てになる。アンザンのロンスエン式コムタムなど、メコン各地の郷土食と合わせて周遊すると、遠出の一日が濃くなる。龍眼は日本のスーパーではほとんど見かけない果物で、木から直接摘んで食べる経験自体が旅の記憶になる。
