1億人を超える人口を抱え、東南アジアの中でも特に若い国とされるベトナム。平均年齢はおよそ30歳前後と若年層の比率が高く、この世代のライフスタイルの変化が社会全体に大きな影響を与えています。都市化が急速に進むなかで、彼らが日常的に足を運ぶ場所のひとつが「カフェ」です。
ベトナムのコーヒー文化はフランス植民地時代に根付き、金属フィルター「フィン」で一滴ずつ抽出する濃厚なロブスタコーヒーが長らく親しまれてきました。いまもその伝統的な飲み方は街角の喫茶店に息づいていますが、同時に若者たちはそれを新しい形で再解釈し、自分たちの文化として進化させています。
夜遅くまで営業する都市部のカフェでは、コーヒーを片手に勉強や仕事をしたり、音楽やアートを楽しんだりする若者の姿が日常的に見られます。店内はもはや「飲む場所」にとどまらず、交流の場であり、SNSで発信するための舞台にもなっています。こうしてベトナムのカフェ文化は、人口増と若者の感性を背景に、伝統と革新が融合する新しい段階へと進化しているのです。

ゆっくりと味わう伝統的なコーヒー文化
ベトナム人のコーヒーの飲み方は、とにかく「ゆっくり」です。フィンと呼ばれる金属製のフィルターからコーヒーが一滴一滴落ちるのを待ちながら、友人と語らい、時間をかけて楽しみます。
この独特な抽出方法は、他の種類のフィルターよりもスピードがゆっくりで、出来上がったコーヒーはとても濃厚になります。完成まで待っていると時間を無駄にすると言われることもありますが、それもまた人生の楽しみ方の一つなのです。
朝早くから小さな喫茶店に集まり、コーヒーを飲みながら近所の人々と会話を楽しむ光景は、ベトナムの日常風景として今も健在です。1杯のコーヒーを飲むのにかなりの時間をかけるため、週末のカフェはいつも混雑しています。
あなたもベトナムを訪れたら、どこの喫茶店も人でいっぱいという光景をよく目にするでしょう。特に早朝なら、コーヒーを飲んでいる人よりも、待ちながら話している人のほうが多いかもしれません。

若者が創り出す新しいカフェ文化
現代のベトナム、特に都市部では若者を中心に新しいカフェ文化が花開いています。伝統的なコーヒーの楽しみ方を大切にしながらも、彼らは独自のスタイルでカフェ空間を進化させています。
夜も更けた23時頃、カフェに人の姿があるのは珍しくありません。ホーチミンの中心部のカフェは、夜中でもベトナム人の若者でいっぱいです。
驚くべきことに、カフェの中で犬を連れて楽器を持ってくつろぐ女性がいたり、人形に色を塗って工作をする人々がいたりします。一緒に映画を鑑賞したり、パソコンで作業を楽しんだりする姿も。
何をするというわけでもなく、ただそこにいるという感じの人も多く、カフェは完全に「居間」のような存在になっています。カフェに行くことが日常化し、公共の居間空間としてのカフェに進化したのです。

カフェはプライベートと公共をつなぐ場所
若いベトナム人にとって、カフェはもはや単にコーヒーを飲む場所ではありません。「休憩しよう!」「話そう!」という意味も含んでいます。
同僚や友達を誘う時、単純に「カフェ行く?」と言えば、みんな何がしたいのか理解します。ただし、喫茶店に入ったからといって、必ずしもコーヒーを注文する必要はないのです。
忙しい現代の若者たちは、伝統的な「ゆっくり」とした時間の過ごし方と、効率的に時間を使いたいという願望の間でバランスを取っています。出社途中にコーヒーを買って会社で飲む若者も増えていますが、それでも多くの人がカフェで時間を過ごすことを大切にしています。
カフェは家でもなく、職場でもない、その中間的な「第三の場所」として、若者の社会生活において重要な役割を果たしているのです。

ベトナムの大手カフェチェーンと最新トレンド
ベトナムでは、個性的なローカルカフェチェーンが数多く存在し、若者を中心に人気を集めています。2025年現在、主要なカフェチェーンには以下のようなブランドがあります。
人気のローカルカフェチェーン
ハイランズコーヒーは1999年に1号店をオープンし、2024年10月時点でベトナム国内に800店舗以上を展開する最大手です。ホーチミン市内だけでも250店舗以上が営業しています。
チュングエンコーヒーは約700店舗を持つベトナムの老舗カフェチェーン。フックロンコーヒー&ティーは約180店舗を展開し、2024-2025年には多くの店舗の内装・外装をリニューアルしました。
若い世代に特に人気なのがカティナットで、約70店舗を展開。店内外の装飾を背景に写真撮影する若者の姿が印象的です。
一方、スターバックスはベトナムで約120店舗を展開していますが、地元のコーヒーチェーンが優勢で店舗展開に苦戦しているようです。

注目の新しい抹茶トレンド
近年のベトナムでは、抹茶がコーヒーに並ぶ新しい定番ドリンクとして存在感を高めています。特に注目を集めているのが「ココナッツ抹茶」と「いちご抹茶」です。
ココナッツ抹茶は、ミルクではなくココナッツウォーターを合わせるのが特徴で、濃厚な抹茶のほろ苦さとココナッツの軽やかな甘みが絶妙に調和します。ホーチミン市のカフェでは、透明なココナッツウォーターと鮮やかな抹茶が重なる三層仕立てのドリンクとして提供され、爽やかな見た目と味わいで人気を集めています。暑熱多湿な気候に合う清涼感のある飲み口は、午後のひとときや屋外での利用にぴったりと評判です。
一方、いちご抹茶は果実の酸味と抹茶の深い香りを組み合わせ、デザート感覚で楽しめるドリンクとして若者を中心に支持されています。ベトナムの都市部では、フルーツやチーズフォームを合わせた新感覚の抹茶ドリンクが次々と登場しており、SNS映えするビジュアル性も人気の理由です。
こうしたアレンジ抹茶の広がりは、単なる流行にとどまらず、ベトナムの気候や食文化、そして健康志向やSNS発信を重視する若者世代のライフスタイルと密接に結びついています。抹茶は今や、伝統的な日本の飲み物から、ベトナムのカフェ文化を彩る革新的な存在へと進化しつつあるのです。

ベトナムカフェの価格帯と客層の変化
ベトナムのカフェは価格帯によって大きく異なる体験を提供しています。街角の小さなローカルコーヒー店では、10,000VND(約50円)程度でコーヒーを楽しめます。
一方、ベトナムのスターバックスなどの外資系カフェでは、フラペチーノが110,000VND(約500円)と、ローカル店の10倍以上の価格になることも。ベトナムのカフェでブラックコーヒーは10,000〜25,000VND(約50〜75円)ですが、イタリア式のコーヒーなら45,000〜55,000VND(約215〜265円)します。

若者と外資系カフェの関係
近年、外資系のコーヒーチェーンの参入も増えていますが、現時点ではローカルのコーヒー店と棲み分けができています。若い人にとって外資系コーヒーショップはおしゃれな場所で、ビジネスやプライベートなど、特別なシチュエーションで利用するケースが多いようです。
そういった付加価値を加味しても、10倍の価格差は大きいものの、若者たちは場面によって使い分けています。特に写真映えするカフェは、SNSでの発信を重視する若者に人気です。
それでも、ベトナム風のカフェは観光客だけでなくローカルにも高い人気を誇ります。歴史ある建物を改装したカフェや、ベトナムの戦士が戦争中によく通ったとされるカフェなど、歴史を感じられる場所は特に魅力的です。
忙しいホーチミンのビジネスマンは即座にコーヒーが欲しい時、「バイクコーヒー」によく頼ります。バイクにクールボックスが積んであり、どんなに暑い日でも30秒以内にキンキンに冷やしたアイスコーヒーが手に入るのです。
まとめ:進化し続けるベトナムのコーヒー文化
ベトナムのコーヒー文化は、伝統的な「ゆっくり」とした時間の過ごし方を大切にしながらも、若者たちの手によって新たな進化を遂げています。カフェは単なる飲食の場を超え、生活の一部、社交の場、そして第二の居間として機能しています。
伝統的なフィンを使った抽出方法から、エッグコーヒーやソルトコーヒーといった新しいトレンドまで、ベトナムのコーヒー文化は常に変化し続けています。
あなたもベトナムを訪れる機会があれば、ぜひ様々なタイプのカフェを訪れてみてください。そこには単なる飲み物を超えた、ベトナムの人々の生活や文化が息づいています。
コーヒーを通じて街や人々の息づかいを感じる。それこそがベトナムコーヒー文化の真髄なのかもしれません。