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ベトナムの日常に溶け込むこの風景は、フランス植民地時代から続く長い歴史の中で育まれてきました。世界第2位のコーヒー生産国であるベトナムは、独自のコーヒー文化を築き上げてきたのです。
濃厚で香り高いロブスタ種を中心とした生産は、ベトナムコーヒーの特徴です。生産量の9割以上をこのロブスタ種が占めています。
どうしてロブスタ種なのでしょうか?
1980年代、ベトナム政府主導でコーヒー栽培が本格化しました。選ばれたのは病害虫に強いロブスタ種。中部高原地帯の気候と相性が良く、生産量は急増。わずか20年で世界第2位のコーヒー大国へと成長したのです。

伝統的なベトナムコーヒーといえば、独自の抽出器具「フィン」を使った淹れ方が特徴的です。フィンとは小さな金属製のドリッパーで、コーヒー粉の上からお湯を注ぎ、ゆっくりと一滴一滴抽出していきます。
そして忘れてはならないのが、練乳との組み合わせ。強い苦みを持つロブスタ種と甘い練乳のハーモニーは、多くの人を魅了してきました。エッグコーヒーやココナッツコーヒーといったユニークなバリエーションも、ベトナムコーヒー文化の豊かさを物語っています。
「サードウェーブ」という言葉を聞いたことはありますか?
コーヒー文化の変遷を表す言葉で、第三の波とも呼ばれています。これまでのコーヒー文化の歴史を振り返ると、大きく三つの波に分けられるのです。
第一の波は、コーヒーの大衆化。インスタントコーヒーの普及により、誰もが手軽にコーヒーを楽しめるようになった時代です。第二の波は、スターバックスに代表される「シアトル系」カフェの台頭。おしゃれな空間でカスタマイズされたエスプレッソドリンクを楽しむスタイルが広まりました。
そして現在の第三の波、サードウェーブは、コーヒー豆そのものの個性を楽しむ文化です。産地や品種の違いによる風味の変化を大切にし、一杯ずつ丁寧に淹れるスタイルが特徴です。

サードウェーブでは、深煎りに偏りがちだった焙煎度合いも、それぞれの豆の個性に合わせて変化させます。大量生産ではなく、少量でも高品質なコーヒーを追求する姿勢が特徴なのです。
興味深いことに、日本の喫茶店で一般的だった「一杯点て」のハンドドリップ方式は、世界的には珍しい淹れ方でした。今、このスタイルが逆輸入的に欧米で評価されているのです。
また、サードウェーブの広がりには、フェアトレードやカップオブエクセレンス(COE)などの活動も影響しています。生産者を尊重し、持続可能なコーヒー文化を築く動きが、高品質なコーヒーへの関心を高めているのです。
伝統的なロブスタ中心のコーヒー文化を持つベトナムに、新しい風が吹き始めています。
近年、ベトナムではアラビカ種の生産にも力を入れるようになりました。ホーチミンから北東に約300kmにあるダラット(ラムドン省ダラット市)は、標高1,500mの高原の街で、アラビカ種の主要生産地となっています。
この変化は、単なる生産の多様化にとどまりません。ベトナム国内のコーヒー消費スタイルにも大きな影響を与えているのです。

伝統的な練乳入りコーヒーが主流だったベトナムでも、欧米や日本のようにストレートで飲むスタイルが注目され始めています。ダラットをはじめ、ハノイやホーチミンでは、アラビカ種の高品質な味わいを楽しむニューウェーブカフェが続々とオープン。若者を中心に人気を集めているのです。
Market Lane Coffeeのキャッチコピー「We love to make coffee for the city that loves to drink it.(コーヒーが大好きな街のためにコーヒーをつくるのが大好きです)」のような、コーヒーへの情熱を前面に出したカフェも増えています。
サードウェーブの影響は、メニュー表記にも表れています。欧米のカフェでは「WHITE」「BLACK」「FILTER」といったシンプルな分類が増えており、これはベトナムの新しいカフェでも見られる傾向です。
このようなサードウェーブの波は、ベトナムコーヒーの新たな可能性を広げています。伝統的なロブスタと練乳の組み合わせから、多様な味わいを楽しむ文化への変化が始まっているのです。
世界のコーヒー市場において、ベトナムはどのような位置を占めているのでしょうか?
2025年現在、ベトナムはブラジルに次ぐ世界第2位のコーヒー輸出国として、国際市場で重要な役割を果たしています。特にロブスタ種の生産量では世界トップクラスを誇り、インスタントコーヒーの原料として世界中で使用されています。
近年の市場動向を見ると、伝統的な練乳入りコーヒーとモダンなサードウェーブ系アラビカコーヒーが並走する傾向が顕著です。この二極化は、ベトナムコーヒーの多様性を示すとともに、異なる市場ニーズに対応する戦略的な動きとも言えるでしょう。

価格動向を見ると、アラビカ種の生豆価格が2024年後半から急上昇しています。これはブラジルの乾燥天候やベトナムの生産量減少が背景にあるとされています。また、米国向けロブスタ関税10%などの貿易問題も価格上昇圧力となっているのです。
消費者ニーズの変化も見逃せません。ベトナムコーヒーに対するポジティブな評価として「香りの良さ」「味の濃厚さ」「価格の手頃さ」が上位を占めています。一方で「高級感あるパッケージ」への要望も増加傾向にあり、ブランド戦略の重要性が高まっています。
このような市場環境の中、ベトナムのコーヒー産業は「伝統の味を守りつつ、持続可能な高品質化」を軸に展開しています。ロブスタ生産の省資源技術導入やアラビカ種の単一園認証取得など、品質と持続可能性を両立させる取り組みが進んでいるのです。
伝統と革新が交差するベトナムコーヒー。その未来はどのように描かれるのでしょうか?
2025年末までにアラビカ種価格がさらに上昇すると予測される中、ベトナムのコーヒー産業は重要な岐路に立っています。モダンコーヒーショップの出店数は2024年比で15%増加しており、サードウェーブの波は確実に広がりを見せています。
特に注目すべきは、サステナブル農業認証の取得が輸出競争力の必須要件になりつつある点です。環境に配慮した生産方法への転換は、国際市場での評価を高める重要な要素となっています。
ベトナムコーヒーの魅力を多角的に伝えるメディアも増えています。カフェやショップの紹介、豆の種類や飲み方の解説、コーヒーが人々の生活にどのように根付いてきたかを丁寧に紹介するコンテンツが充実しているのです。
「コーヒーを通じて街や人々の息づかいを感じる」—このような体験を提供することで、ベトナムコーヒーの豊かな世界を伝える取り組みが広がっています。
今後のベトナムコーヒー業界は、伝統的なロブスタと練乳の組み合わせという強みを保ちながらも、サードウェーブの影響を取り入れた多様な展開が予想されます。高品質なアラビカ種の生産拡大、持続可能な農法の普及、そして国際市場でのブランド力強化が、ベトナムコーヒーの未来を形作る重要な要素となるでしょう。
ベトナムコーヒーは、伝統的なロブスタ種と練乳の組み合わせから、サードウェーブの影響を受けた多様な展開へと進化しています。世界第2位のコーヒー生産国としての強みを活かしながら、高品質なアラビカ種の生産にも力を入れる姿勢は、国際市場での競争力を高めています。
コーヒーを通じてベトナムの文化や人々の生活に触れる体験は、単なる飲み物以上の価値を提供しています。伝統を守りながらも革新を取り入れるベトナムコーヒーの姿勢は、これからのコーヒー文化の一つの方向性を示しているのかもしれません。
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